BAD END HAPPY

 騒然としている周囲を余所に、一人笑い続ける青年。明るい太陽の色をした髪とは裏腹に、彼に残された時間は少ない。
 苦手な事に自ら進んで関わりたくなんてないけれど……彼があまりに楽しそうに笑うから、少しだけ話をしてみたい気分になった。
「今晩和」
「あれぇ、アンタ……」
 腹部から溢れ出る赤さで白い手を染め上げ、彼は深い笑みで口元を彩る。
「前に、会ったよな」
「ええ、多分」
「はは……なんだよ、それ」
 顔見知りと呼ぶには時間が足りなさすぎて、すれ違っただけと形容するにはインパクトが強すぎて。彼のサーヴァントである青髭は個人的に関わり合いたくないと避け続けていたから、マスターである彼と遭遇する機会はほとんどなかったハズなのに、それでも互いの名前を知る程度の面識は有してしまった。
「ちゃんと覚えてるわ、雨生さん」
「なーんだ。焦って……損した」
「焦ってたの?」
「まぁ……それなり、に?」
 腹部から流れ続ける生命力の前に、人である彼は無力だ。額に浮いた脂汗が彼の容体を雄弁に語っているし、楽し気な色を宿していた瞳は現在の未遠川のように濁っている。
「一つ、聞いてもいいかしら」
「んー?」
「貴方は――」
 死にたくないと、当然の問いを投げかけるのは失礼な気がして口を噤む。
 彼が……彼等が何を求めていたのかなんて知らないし、知りたいとも思わないけれど、彼が現状に満足しているのは嫌と言うほど伝わってくる。死というのは人生の終焉を指す言葉だが、常識が適応されない存在など五万と居るわけで。
「今、楽しい?」
 自分でもどうかと思う質問に案の定彼は目を瞬かせ、ただでさえ少ない時間を消費するかのよう乾いた笑いで体を揺らす。
「ッ、ごほっ、あー、まじ、アンタ面白いなぁ」
「……面白いって単語は言われる場合が多いけれど、私はつまらない人間よ?」
「人間……? あれぇ、人間、だったの?」
「これでもれっきとした人間なんですけどね」
 心外だと眉を寄せ答えれば真っ赤な手を私の方に伸ばす彼。
「なぁ」
 小刻みに揺れる真っ赤な指先を掌で受け止めれば、冷たさと生温かさが同居しているような奇妙な感覚を受ける。数分もしない内に彼の命は尽きるだろう。マスターを亡くせばサーヴァントの暴走もいずれ収まるだろうし、他のマスターに召還された英霊達がなんとかして場を収めるだろう。
「はなの、匂いが……する」
「え?」
 濁りつつある瞳を細め、彼は殊更楽し気に笑う。
「オレからも、一つきーていい?」
「なにかしら」
「アンタは……っ、ぐ」
 言葉と共に大量の血液を吐き出し、背を震わせる。全身黒づくめの私が彼の血によって汚れることは厭わないが、投げかけられた質問を最後まで聞くことが出来ないのは気持ちが悪い。
「大丈夫?」
「っ……はっ……ぁ……。きれーだ」
「……大丈夫?」
 先程とは違うニュアンスの同音語を投げかけるが、物理的に聞こえているのかいないのか、それとも自分の世界へ入ってしまったのか、彼が私の方に視線を向けることはなかった。触れた手に縋るよう、ぐらりと傾く彼の体。思わず受け止めてしまった私の肩口で苦しそうな息が繰り返される。
 力を失った人の体は重い。抱えるよう空いた手を彼の背に回し撫でてやると、苦しい息遣いの合間に笑い声が混じった。
「死神ってのが居たら……きっと、アンタみたいな人の事を……言うんだ、ろうな」
「カミサマ、は信じないんじゃないの?」
 青髭と呼ばれた彼は、神に裏切られ神という存在を憎んでいたはずだ。
「それは、それ。これは、これ……って、やつ」
 彼等が為してきた事は法的にも許されることではないけれど、それでも「何か」を求め足掻く気持ちだけは嫌というほど分かってしまうから。
「今回だけは、許してあげる」
 人の事を死神呼ばわりした失礼な発言も、今だけは水に流してあげよう。
「はは……そりゃ、どーも」
 肩に埋めたままの顔をのろのろと上げ、未遠川を見つめる彼。呼吸とも笑いとも取れるような微妙な声を発しながら、耳元でも聞き取るのが困難な小さな声で彼は何かを呟いた。
「え?」
 途端に重みの増す体を抱きしめ、これからどうすべきか考える。
 現界したままのキャスターは相変わらず暴れているし、遠巻きにこちらを伺う民衆の視線も煩わしいし。彼の腹部を打ち抜いた銃弾は綺麗に貫通しているようで、落とした視線の先にある布の解れが妙に目についた。
 汚れた背中とは裏腹に、太陽の色は何に染まることもなくさらさらと流れ続ける。それがなんだか悔しくて、ため息混じりに完全に力の抜けた彼の横顔を伺えば、人の気も知らずに満面の笑みを浮かべていて苛立ちを覚えつつも羨ましいと素直に思う。
 幸福の定義なんて人それぞれで誰かが決めた事を押しつけるなんて迷惑極まりないけれど、己が満足するエンディングに到達出来たならばそれはきっと幸せなのだろう。
 でもまぁ、とりあえず。
『おやすみ――彩香サン』
「おやすみなさい、雨生さん」
 耳朶に残る掠れ声に返事をすれば、動かぬ骸が笑った気がした。
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