Green

 特に何をすべきでもなく、ぼんやりと歩き続ける。誰かに創られた青い空間は何処までも無機質で、息が苦しくなるのは何故だろう。
「マスター、ねぇ」
 歪な聖杯戦争は月という舞台に場所を移し、終わることなく続いている。違和感の上に違和感を重ねたような不安定さが面白くもあり、気持ちが良い。
「末期だわね」
 負に連なるものを心地良いと感じるなんて、私という存在も救いようがない場所まで落ちたものだ。といっても、元々誰かさんと違って善意や善行をしたいとも、しようとも思っていないのだから……今更といえば今更だ。
 頬を撫でる風も眼前で揺れる小さな花も全て作り物だというのだから、興味深い。そして、サーヴァントを連れず独りで歩く私を先程から監視している存在にも興味がある。さて、どうやって声を掛けようか。
 視線の主の方へと顔を向け、とりあえず挨拶をしてみることにした。
「今晩和」
 誰も居ない空間に話掛ける姿を見られたら、おかしな奴と思われるだろうか。それとも元々聖杯戦争という曰く付きの戦場に身を投じている存在達は、おかしいという概念すら持ち合わせていないのだろうか。
「変な奴だな、アンタ」
「褒め言葉として受け取っておくわね」
 空間から滑るように出現したのは、全身を緑色に染めたサーヴァント。何処か「彼」に似た雰囲気を纏っているのが心地良い。
「監視してた理由を聞いても良い?」
「アンタ馬鹿か? 単独行動してるマスターなんて殺してくれって言ってるようなモンだぜ」
 皮肉な笑みを口端に乗せながら、緑色のサーヴァントは語る。彼の言うことも一理あるが、校舎内での戦闘は禁止されているのではなかっただろうか?
「アウトローってわけ」
「リアリストって言ってほしいね」
 彼の言い分も一理ある。己がマスターの勝利を願うならば、敵は一人でも少ない方が良い。
「見つからなければ、処罰はされないものね」
「そーいうこと」
 今までにもアリーナと呼ばれる場所以外で戦線離脱しているマスターはいると聞く。何処の誰が何の為に殺しているのか分からないが、殺し屋当人と出会っていない私は単に運が良いのだろう。
「私と貴方が当たるかどうかも分からないのにね」
「一つずつ着実に消化してくタイプなの、オレ」
「なるほど」
「なるほど、ってさぁ……もっと危機感とか持たないわけ?」
 手にした小型の弓をちらつかせるのは、彼が何のクラスに当たるサーヴァントか主張しているようなものだが……一応気付かないフリをしてあげておくのが優しさというものだろう。
「叶えたい願いがあるわけじゃないしね」
「へぇ? じゃあ死んでくれって言ったら、死んでくれんの、アンタ」
 照準を私の胸に合わせ、緑のサーヴァントは暗い笑みを張り付ける。
「多分、無理じゃないかな」
 こちらにいる凜ちゃんは魂を電子化して乗り込んでいると説明してくれたが、此処に在る私は魂だけの存在ではないと断言出来る。私は私という姿と内面を保ったまま、月の舞台へと連れてこられた。誰が、何の為に。その疑問を解決するまで退場するのは得策ではないが、他の参加者のように明確な願いをもっていないという事実が少しばかり心苦しい。
「なら、殺ってみるか」
「物騒だこと」
 射貫く為の眼がこちらをじっと見据える。正面から向けられる殺意は小気味よく、思わず口元を彩った笑みに彼が息を呑む気配がした。
「やーめた」
「あら、生かしてくれるの」
 お優しいことで。続けた言葉に緑色のサーヴァントが顔を顰める。
「優しいとか、そーいうのヤメテ欲しいんだけど」
「むず痒い?」
 皮肉な口調の英霊様が、付き合い切れぬと頭を掻く。そういう仕草も「彼」を連想させ、月の舞台にいながら懐かしい気持ちになった。
「んだよ、さっきから」
「貴方が知り合いに似ているものだから、ついね。気分を悪くしたらごめんなさい」
「アンタといると、調子が狂う」
 深い森の色を身に纏うサーヴァントの名を、私は多分知っている。彼の人が歩んだ人生も、逸話も、多分知っている。
「貴方にも望みはあるの?」
「……何?」
「サーヴァントは願いがあるから契約するのでしょう?」
「――」
 口を閉ざした彼から視線を外し、音無く揺れる花を見つめる。
「んなモン……ねぇよ」
 ぽつりと投下された音に目を伏せ「そう」と言葉を返せば、後に残るのは沈黙だけ。風が頬を撫でる感触はあるのに音は無く、代わりにするはずのない深緑の香りが鼻腔に届く。
「私は貴方のマスターじゃないから、貴方の行動が命令によるものなのか独断なのか分からないけれど」
 一度外した視線を戻し、先程されたように彼の胸元へ指先を突きつけた。
「諦めるには、早いんじゃない?」
「はぁ? わけワカンネーんだけど」
 彼の願いなんて知らないし、絶対知りたいなんて思わないけれど……諦めきってしまっている瞳が悲しいから、これは私の自己満足。
「貴方が誰に召還されて、どんな願いを持っているのか知らないけれど……それでも、貴方を英雄だと認めた者がいたから今此処ににいるんでしょ」
 だから、諦めるのは勿体ないと続ければ、彼が驚きゆえか僅かに目を見開いていた。
「……敵のサーヴァントにハッパかけてどーすんだって話なんだけど」
「言われてみれば」
 変な奴と笑う彼は年相応の表情を浮かべていて、少しだけ気持ちが軽くなる。
「あー、マジ変な奴だな、アンタ」
「変、変、って連呼されると微妙な気分なのだけど?」
「変なモノは変だから、仕方ねーよ」
 不可思議な空間で遭遇した緑のサーヴァントから漂う懐かしい香り。忘れかけていた情景を思い起こさせてくれるソレに、様々な思いを吐き出すよう深呼吸を一つ。
「ねぇ、もし貴方と対戦することになったら」
「うん?」
 記憶の中を彩る音に耳を傾け、いつか見た深緑を思い出す。
「貴方の願いを、叶えてあげる」
「はぁ!? アンタ頭大丈夫か?」
 他人事なのに本気で心配するような雰囲気を醸し出す緑のサーヴァントに微笑を漏らせば、此処にはない木々のざわめきが耳の奥で木霊する。
「これでも正気なんだけど」
「――はっ! やっぱ変だぜ、アンタ!」
 我慢出来ないと笑い出した深緑の英霊に釣られるよう声を上げれば、聞こえるハズのない風の音が耳朶を擽り宙に溶けた。
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