十月末の

 七の月想海はいつ来ても美しい。敵のために誂えられた擬似太陽だと理解していても、夕焼けにも朝焼けにも見える熟れた果実のような色は食欲を誘う。
 気配の無くなったアリーナの上部に位置取り、外側に広がっている沈まぬ太陽をのんびり鑑賞するのが最近のお気に入りだ。
「焼き芋が食べたいなぁ……」
 熱せられた石で焼かれたほくほくの芋を堪能したい。どういうシステムなのかは分からないが、電子の世界にも食料はあり食事は出来る。
「柿でもいいかも」
 秋の味覚を次々と口にすれば減らぬお腹が空腹を訴えてきて、やはり此の世界においては肉体よりも精神の干渉が大きいのだと実感した。
 ゼロとイチで構成された世界に紛れ込んだ異物。自分ではない誰かの為に動いてきた聖杯戦争。
 作り物の太陽に掌をすかせば、どこかで聞いた童謡のように体を流れる血液が透けて見えた。全てが作り物の世界において、唯一の本物である私が何故システムからの排除対象にならないのか。抱いた疑問は解決されないまま、時間だけが過ぎ此処まで辿り着いてしまった。
「何を……させたいの?」
 答えのない問いを口に出し、微動だにしない太陽に目を眇める。
 ああ、なんだかとても鬱陶しい。いっそのこと壊してしまえば、この気持ちも晴れるだろうか?
「サーヴァントも連れずなにをなさっているのですか」
「それに関してはお相子だと思うけれど?」
 絶妙のタイミングで掛けられた音に振り向かず、瞬きを一つ。
「貴女は人間であり、私はサーヴァント。その違いがあるだけでも差は十二分だと思われますが」
「あら、心配してくださるの? 流石騎士様、フェミニストなのね」
 振り向いた先に立っていたサーヴァントを前に目を細めてしまったのは、多分彼が太陽の加護を受ける存在だからだ。
 電子の海に召還された英霊は白を基調とした色合いに身を包んでおり、鎧が擬似太陽の光を受け黄金色の光を放つ。直視したくない柔らかな色合いに胸中をざわめかせながら、私は彼と一線を引く言葉を口にした。
「何かご用ですか?」
「我が王の為に死んで頂けますか」
「貴方の願いを叶えて上げても良いけれど、ちょっとばかり難しいわね。それに小さな王様は正々堂々とした戦いを望むのではなくて?」
「安心致しました」
 敵対心だけが一人歩きしている会話のどこに安堵を覚えたのか。
 初めて見た時から思ったが、この白騎士はサーヴァントらしくない。自らの欲というよりも、もっと他の……例えるならば彼の仕える小さな王の行く末を見守っているような。
「頭は大丈夫?」
 つい攻撃な台詞を吐いてしまうのも、私が決して手に入れられぬものを彼が保持しているからだろう。だからこそ、死した英霊だというのに羨ましくもあり妬ましいとすら思う。
「お相子、ですね」
「……そうね」
 折角綺麗な世界を眺めに来たというのに台無しも良いところだ。彼は……否、主に忠誠を尽くす彼だからこそ、マスターの傍を離れないと思い込んでいたのに。
「読みが外れたわ」
「そのようですね」
「ねぇ、本当のところ何をしにきたの」
 アリーナ内を散策するのは自由だが、マスターならまだしもサーヴァントが一人で彷徨いているというのは如何なものだろうか。キーとなるアイテムは互いに取得済みだし、決戦当日まで暇なのは分かるが邪魔しに来なくても良いだろう。
「貴女に聞きたい事があります」
「何かしら」
「衛宮彩香、貴女は何者ですか」
「随分と抽象的な問いですこと」
 自分が何者かと聞かれ、即座に答えられる人の方が少ないのではなかろうか。このような奇異に溢れた世界では、特に。
「貴女の素性はハーウェイの総力を持って調べ上げても何も出てこないと、主がおっしゃっておりました」
「当然だわ」
 私はこの世界の人間ではないのだから、徹底的に調べ上げたところで埃一つ出てこないのは当たり前。
「でも、教えてあげない」
 作り物の笑みで武装しても、太陽の騎士は眉一つ動かさない。
 きっと彼のような存在をつまらない、と称するのだろう。私自身感情のブレ幅が少ないと言われるが、彼は確実に私以上だ。自我を殺しただひたすら主と認めたものに尽くす存在。盲目なまでの忠誠心は神職者と良く似ている。
 怒らせてみたいと思っても、確実に無駄足を踏む。結果が分かっているからこそやりたくもあり、無視したくもなる。やりたい、とやりたくない。相反する感情が同時に湧き出るのは非常に厄介だ。
「私には貴女が何をしたいのか理解出来ません」
「当然だわ」
 同じ言葉を繰り返し、邪魔をされたことの仕返しも含め、眼前に立つ騎士へと指先を向ける。
「私は貴方と一番相容れないタイプの人種ですもの」
 理解なんていう無駄な行為は初めからしなければいいのだ。
「時間は有限なのに、無駄遣いしていても良いのかしら? ガウェインさん」
 初めて口にした彼の名に、微動だしなかった騎士の表情が一瞬動いたような気がしたが……恐らく気のせいだろう。
「無駄なことなど、なにも」
「そう」
 完璧な世界に余分な音が存在しないように、完璧な存在である彼に余分な感情はないのだろうか。
「ねぇ」
 私の貴重な時間を邪魔したのだから意趣返しをされて文句は言えないはずだと、柔らかな色に染まった彼に胡散臭い笑みを向け、想像するのは季節的なイベント事。
「お菓子と悪戯、どちらがお好み?」
 空腹感から発生する僅かな苛立ちを、オレンジ色に支配された祭りの定型句に変換し眼前の騎士へと叩き付ける。
「私は――」

 提示された答えは、私だけの秘密として心の片隅に記憶した。
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