祭リク45

「以前から思っていたのだがね」
 アーチャーさんが喋る度に伝わる振動に瞬きを繰り返し、先を促す言葉を返す。この世界に来てからというもの、魔力供給が上手くいかない。身の内を満たす力はそのままなのに世界観や概念が違うせいか、契約したサーヴァントに上手く流れ込まない。仕方なく妥協案としてなるべく肌同士の密着度を上げることにしたが……やはり後から抱え込まれているというのは落ち着かない。
 普段ならば私好みの顔を堪能する余裕があるのに、今はその気持ちすら持てないのが悔しい。
「首元のリボンには意味があるのか?」
「……はい?」
 以前からという前振りを付けたわりには軽すぎる質問内容に、己の聞き間違いかと間近にある顔を見上げる。端正な横顔に衛宮士郎であった頃の面影はあまりない。ただ、昔も今も雄弁に語る瞳は変わらない。それが、不思議と嬉しい。
「浮いているだろう」
「そうかしら?」
 モノトーンで構築された衣服の中に混じる赤色。
「私は気に入ってるんだけど?」
 だって、これは――。



「なぁ、アンタ」
 冴え渡る月夜を楽しんでいたら、珍しく彼から話掛けられた。切嗣の息子というポジションに在る衛宮士郎。同じ邸宅で暮らす仲だが、私は彼から嫌われている自信があった。その証拠に私が切嗣と共に居る時は勿論、二人だけになりそうになると彼は気配を敏感に察知して何処かへ消えてしまう。手負いの獣という名称が相応しいような行動に、こちらの方から気を遣うようになったのは最近のことではない。
「今晩和」
 話掛けられたものの夕飯はとうに終わっているし、何より今は深夜と呼ばれる時間帯だ。切嗣に言われて私を呼びに来たとは考えにくい。となると、彼――士郎が自発的に私の元にやってきたことになる。一体どんな心境変化かと感情を極力表に出さないようにしながら言葉を紡ぐことにした。
「私に用事があるのよね?」
 確認するような言い方になってしまったのは不注意だったと後悔したが、立ったままの士郎が特に気分を害した素振りを見せなかったので安心した。
「そういうの、好きなのか」
「え?」
 士郎の指す言葉が己の服だと気付くのに一拍の時間を有し、「嫌いじゃない」と素直な感情を伝える。
「し、士郎……?」
 私の返事を聞き一気に距離を詰めてきたと思ったら、いきなり人の眼前に握り拳を突き出す士郎。人の眼前に拳を突きつけるなんて、危ないにもほどがある。一体切嗣は士郎にどんな教育を施しているのか。今までは傍観を決め込んでいたが、これは年長者として少しばかり口出しをしたほうがいいかもしれない。
「やる」
 握り拳の下に両掌を差し出せば、赤く細い紐のようなものが音を立てず着地した。
「リボン?」
 所々折り目のついている細いリボンには見覚えがある。たしか……そう、藤村組の人がくれたお歳暮に巻かれていたような……。
「アンタ、好きなんだろ」
「ありがとう」
 元が何であれ士郎がくれたという事実が嬉しくて、感謝の言葉が自然と滑り出た。長さ的に髪を括るには合わない。かといって手首に巻くわけにもいかないし……。
「士郎、似合う?」
 逡巡の末首元を彩った赤を指さし言えば、珍しく能面のような士郎の顔に表情が過ぎる。本当、今日は珍しい事ばかりだ。私の問いかけに少しだけ首を上下させ、士郎は逃げるように廊下を走り去った。



「彩香、何を考えている」
「ん?」
 聞いているのは私だとアーチャーさんが鼻を首筋に押し当ててくる。固そうに見えて柔らかな毛質が頬を擽りこそばゆい。
「アーチャーさんが似合わないっていうから」
「似合わないとは言っていないだろう」
「浮いてるって言ったじゃない」
 不機嫌さを滲ませた声色を向ければ、肩口にアーチャーさんの息が触れる。笑っているのだと理解するのは簡単で、問題はこの後の対処法だ。
「珍しく可愛げがある反応だと思ってな」
「あら、珍しいは余計でしょう?」
「とってしまえ」
 呟きのように吐き出された音が肌を擽り空に溶ける。僅かに強くなった拘束に嘆息しながら、体の前に回された逞しい腕を叩く。アーチャーさんがヤキモチを焼くなんて珍しいこともあるものだ。明日はアリーナに異常でも起こるのではないか。そんな懸念を胸の奥に押し込み、再度褐色の肌を叩いた。
「覚えてないの?」
「何がだ」
「ううん、別に」
「途中で会話を終わらせるのは君の悪い癖だ、彩香」
「肝に銘じておきます」
 アーチャーさんが話す度に触れる吐息に身を竦ませながら、視界の端で揺れる赤さを見つめる。
 もし、今此処でこれは貴方に貰った物だと伝えたら、アーチャーさんはどんな顔をするだろうか。未だ肩口に埋まったままの白銀に己の頭を軽く乗せゆっくりと目を閉じれば、懐かしい夢が見られるような気がした。
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