祭リク20・21・47 :1

 眠りから覚めるよう目を開ける。身を取り巻く寒さに体を震わせ周囲に視線を配れば、接触不良の街灯がジリジリと耳障りな音を立てた。いつから眠っていたのだろう。すっかり冷え切った両手を擦り合わせ、息を吐きかける。
「……?」
 白い息が両手に掛かったのを目の当たりにし、僅かな疑問が脳裏に湧き出た。秋というには寒すぎる外気。よくよく周囲を見渡せば見知った町並みに感じる違和感。これはまるで――。
「君はまた一人で出歩いているのか」
「え?」
 掛けられた音は聞き覚えがある。けれども、彼は……。
「あなた、は」
 冷え切った咽では上手く音を紡げず、途切れ途切れになってしまう。言うべき単語が思うように出てこないことに苛立ちを覚えながら、改めて眼前に立つ存在を視界に映した。有り得ない、と考える事は軽率だ。世の中には数字で割り切れない事柄がイヤというほど溢れているのだから。
「観察対象用イケメン」
「またその言い方か」
 これ見よがしに秀麗な眉を寄せ、ランサーさんは「ディルムッドだ」と自身の名を明かした。
「いいの? 見ず知らずの他人に真名なんて教えちゃって」
「知らぬ顔ではないし、敵ではないと判明しているからな」
「そんなにイヤだった? 観察対象――」
「良い気分にはならないな。そもそも、何故観察なんだ」
 自覚のあるイケメン様は鑑賞の間違いではないのかと、己の美貌を全面に押し出した疑問を投げかけてくれた。
「いい? 鑑賞ってのは芸術品などの良さを味わうことなのよ。対して観察っていうのは、状態や変化を注意深く見る事。つまり、ランサーのサーヴァントである貴方に対して私という人間が抱く感情は、憧れとかではなくって、あくまで貴方という面白い存在を観察したいってことなの。おわかりいただけたかしら?」
 私の言葉にディルムッドさんは「なるほど」と呟き、邪魔そうに垂れている前髪を片手で揺らす。自覚があるのか無自覚なのか、計算され尽くしたような行動と態度は見ていて非常に興味深い。
「俺からも聞いていいか」
「私に答えられることならどうぞ?」
「君は何者なんだ」
 いつの間にか呼び方がお前、から君にランクアップしているなと的外れな事を考えながら、いつ誰に聞かれたのかも覚えていないほど、ありふれた問いに対しての回答を口にする。
「自分で自分が誰なのか説明出来る人なんて、そう居ないんじゃない? 一応カテゴリ的には人間という枠に収まってるけれどね」
「一応、か」
「ええ、一応」
 冷えた空気に羽織っていたケープの前を合わせながら、一つの可能性を導き出す。何の因果か知らないが、やはりここは十年前の世界。私が初めて冬木という土地に足を踏み入れた時の時間軸だ。今が聖杯戦争の何日目なのかは知らないが、彼が生きているということはまだ序盤なのだろう。私の記憶に間違いがなければ、後半戦となった時に残っていたのは――。
「会うわけにはいかないわね」
「何か言ったか?」
「ちょっと独り言、気にしないでもらえると助かるわ」
 私という存在は常に一人。多重の存在が同じ時間軸にいるとは思えないが、万が一ということもある。いつの世も平行世界において同じ魂を有する者同士が出会うのはタブーとされているし……となると、私が根城としていた館方面に向かうのは危険極まりない。
「ディルムッドさん、ちょっとお願いがあるのだけれど」
「お願い?」
 正確な情報と状況を把握するまでの間でいい。
「実は私帰る場所がないの。少しでいいから、貴方達のところに間借りさせてくれない?」
「……なに?」
 アーチャーとして召還されたギルガメッシュの元に行くのは危険と判断し、あの頃ほとんど認識の無かった彼等の元ならば私という人間が存在していたとしても出会う事はないだろう。
「絶対邪魔にはならないから。お金も身よりもないのよ、今」
「アーチャーはどうした」
「アーチャーさんとは喧嘩中なの。だから行き場がなくって……。なんなら貴方達の利益になりそうな情報提供もするから」
 情報という単語にランサーさんは考える素振りを見せ、何処か遠くへと視線を投げかける。おそらく彼のマスターである人間と会話をしているのだと思い至るのは簡単だった。そして、サーヴァントである彼が否定の答えを出さなかったことは、私の勝利を意味している。
「保護という名目で一時的に君を引き取ろう」
「助かるわ」
「一般市民を巻き込むのは、魔術師の威厳に関わるそうだからな」
 言って口角を上げる姿は絵になっていて、不覚にもときめきを覚えてしまった。魅了の黒子がなくとも、イケメンはやはりイケメンである。
「じゃあ、束の間だけど宜しくお願いしますね、ディルムッドさん」
「ああ、君は……」
 口ごもったディルムッドさんを前にし、今の今まで自分が名乗っていなかった事に気付いた。普段は名を呼ぶ事を強制しておきながら、私という人間も突発的な事に対しては随分弱いようだ。
「改めまして、彩香と言います」
「では、彩香。行こうか」
 差し出される手はないけれど、頼りになりそうな背中は似ている。
 つい比較してしまった金の存在に口元を歪め、乾ききった空気に失笑を漏らした。
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