祭リク1

「ふー良いお湯だったなぁ」
 久しぶりに大きな風呂に浸かりたいと思い、少し離れた新都のスーパー銭湯まで足を伸ばしてみた。御陰様で外気とは裏腹に体はぽかぽか、心はまったりで夜を満喫しているわけだが……問題は、今が聖杯戦争と呼ばれる期間内であること。
 そうそうサーヴァントと呼ばれる存在と遭遇する可能性はないと思うが、当初の予定以上に銭湯に長居してしまった。恐るべき二十四時間営業。
 出るときに買ってきたイチゴ牛乳を片手に夜の街を闊歩する。呼吸する度肺に流れ込んでくる刺すような冷たさが実は好きだ。雪に覆われているわけではないのに、シンとした空気が周囲の雑音を吸い込んで、耳に届くのは己の呼吸音だけ。世界に一人だけ取り残されたような奇妙な感覚にくすぐったい思いを抱きながら、私は冷えたベンチに腰を下ろした。
「気持ち良い……」
 火照った体を撫でる外気が心地良い。
「はー……」
 目を閉じ心地よさを満喫していた私の静寂が破られたのは、そんな時だった。閉じた瞼の裏でも分かる華やかさに僅かに眉を顰める。空気自体が輝きを放っているような、とにかく落ち着かない感覚には覚えがある。
「……」
 無視しようかとも思ったが相手の方が先に私を見つけたのか、不躾な視線を送ってくるから気付かないフリが出来なくなってしまった。
「出たわね、観察対象用イケメン!」
「……なんだそれは」
 右目の下の泣き黒子は魅了の力を持っていると、つまらなそうにギルガメッシュが言っていたのを覚えている。たしかに普通の女性ならクラリとくるような美貌だが……やはり綺麗すぎて落ち着かない。この気持ちの悪さが魔力によるものだと思えば納得も出来るが、何かが違う気がする。
「貴方の事よ、ランサーのサーヴァントさん。美人は三日で飽きるって言葉、知ってる?」
 手元のイチゴ牛乳を振りながら言えば、ランサーさんは意味が分からないと言いたげに肩を竦める。
「お前、ここで何をしている」
「何をって……お風呂上がりの牛乳を楽しんでるところだけど? あと私の名前は彩香です。自分の名前好きなんで、お前じゃなくってちゃんと覚えておいて下さいね」
「……はぁ」
 付き合いきれないといった感じの気怠さを纏い、ランサーさんは顔の前に降りている長めの前髪を横に流す。普通の仕草でも絵になる男だと観察していたら、いつの間にか後数歩という位置にランサーさんが居たから驚いた。空を駆けるし、武器は振り回すし、歩く時に足音しないし。サーヴァントというものは忍者なのではないだろうか。
「では彩香よ、再度問う。ここで何をしている?」
「……さっきも言ったけど? それともなに? 人の楽しみに文句付けるわけ?」
「そういうわけではないが」
 どこか歯切れの悪いランサーさん。イケメンの癖にハッキリしない男だと眼を細め、ランサーさんの視線が片手に装備されたイチゴ牛乳に注がれていることに気付いた。
「これが珍しい?」
「え?」
「だって、見てたでしょ? イチゴ牛乳。そういえば、サーヴァントってご飯とかは何食べてるの?」
 純粋な疑問に、食料は必要無いとランサーさんは言った。主であるマスターからの魔力だけで十分だと彼は言うが、そうなると普段共にクレープを食べているギルガメッシュはどうなるのか。
「アーチャーが異常なのだ」
 度重なる疑問をぶつけてみれば、あっさりとランサーさんは答えてくれた。なるほど、この人は明確な問いには明確な答えでもって返してくれるらしい。
「すごいしっくりくる言葉ねぇ……異常って」
 ランサーさんの言葉を噛みしめるよう頭を上下させる私に降り注ぐ微妙な空気。今度は何かと眼前のランサーさんを見上げれば「彩香は」と私の名を口にし、言い辛そうに片手で米神を押さえる。
「危険だとは思わないのか」
「アーチャーさんと居ることが? それとも、今こうして貴方と話していることが?」
「両方だ」
「両方とは欲張ってくれたこと」
 イチゴ牛乳をちびちび飲みながら、改めてランサーさんと視線を合わせる。街灯に照らされた横顔は作り物のように美しく、気を抜いたら感嘆の息が漏れそうだ。
「色んな事を教えてもらったけど、私は貴方達がやっている殺し合いに興味はないし、完全なる部外者だから危険だとは思わないかな?」
「俺がお前を殺すとは思わないのか」
「今此処で?」
「あぁ」
 真っ直ぐにこちらを射貫いてくるランサーさんに、思わず微笑が漏れる。こんな真っ直ぐな生き方しか出来なかったら苦しいだろうに。
「それこそ、ありえない。でしょ?」
 私の言葉にランサーさんは苦笑を漏らし、「さてね」と綺麗な音を零した。
 イケメンは声までカッコイイのかと再認識しながら、話すこともなくなってしまったので半分ほど残っているイチゴ牛乳を差し出してみる。
「何のつもりだ?」
「飲んでみる? 意外と口に合うかもよ」
 ランサーさんの正体はなんとなく分かるが、当時の世情から考えてもイチゴ牛乳は存在していないだろう。召還された存在とはいえ、ちゃんとした実態を持っているのだから美味しい物を口にしないというのは損な気がするのだ。
「ノーマルとかコーヒーとかフルーツとかバリエーションはあるけど、私的にはイチゴがオススメ」
「ほう」
 どうぞと差し出したイチゴ牛乳を受け取り、じっと見つめるランサーさん。イケメンがイチゴ牛乳を凝視している姿は……なんというか、これまた絵になってしまうから憎らしい。
 つまるところ、イケメンは何をやっても許されるという世の中の不条理を、私は目の当たりにしているわけだ。
「おっ」
 意を決したのか一気に瓶を傾けるランサーさん。飲み干す度に動く喉仏がこれまた厭らしい……って、これでは私が変態みたいではないか。
「お味の方は如何でした?」
 すっかり空になった瓶を受け取りランサーさんに訪ねれば、考える素振りを見せた後彼は私の手元に戻った牛乳瓶を指さし爆弾発言を落としてくれた。
「間接キス、というのだったか?」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるランサーさんに、開いた口が塞がらない。なんだこいつ、生真面目な唐変木かと思ってたらそうでもない……?
「――貴方、女運悪いでしょ」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で呟いた言葉に、「どうだかな」と観察対象用イケメンは綺麗な笑みを浮かべて見せた。自覚のある美形はこれだから厄介なのだ。
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