Shooting Star 8

「あああああ、もう死にたい死にたい死にたい」
 よりにもよってあの大和さんを突き飛ばして逃走しただなんて、思い出しただけでも血の気が下がる。厚手の毛布を頭から被りベッドの中で震えていたせいで、見事なまでに一睡も出来なかった。
 ドア越しに聞こえるざわめきで朝が来たのだと判断するが、出来ることなら今日は一日引き籠もっていたい。昨日の今日で大和さんと遭遇してしまったら、どういう態度をとればいいのだ。
 突き飛ばしてしまった事も勿論だけれど、それ以上に……。
「うぐっ」
 触れられた部分が脈打った気がし、顔に熱が集まるのを感じる。
 我ながら女々しいとは思うが、あんな場所にキスされたら誰だって挙動不審になるだろう。
 そんじょそこらの女性なんか、比べものにならないほど綺麗な男の人。本人に特別な意志がなくとも、事実として彼の唇は私の手首に触れた。
「うう……泣きたい」
 やはり具合が悪いと嘘をついて部屋にいようか。一応戦力としてはカウントしてくれてるみたいだけれど、響希達と違い一人の悪魔しか使役出来ない私では融通が効かない。
 マサカドは高位の悪魔らしいが、敵対する悪魔の属性によっては無力になってしまう。全て力押しで解決できれば楽なのに、そう都合良く物事がすすまないのが現実というものだ。
「はぁ……」
 ここ数日の傾向から見て、今日もセプテントリオンとやらと対峙する可能性が高い。
「そうだ」
 部屋に引き籠もるよりも外に出てしまった方が、大和さんと遭遇する確率は低いのではないだろうか?
 局長たる彼は外敵への対策会議などで忙しいだろうし、外出してしまえば携帯が無いということを言い訳に帰りが遅くなっても深く追求はされないだろう。
「いよっし」
 こんな時でも自分が一番大事です、本当にすみません。
 響希君の部屋がある方角に両手を合わせ、護身用の剣を片手に退廃した街へと繰り出した。




 外へ出る度に荒廃が酷くなっていくような気がする。
 意味不明なデカ物と戦ったり、悪魔を人間が使役したりしているのだから当然と言えば当然だが、混沌と形容しても遜色ない光景を前にしても、特にこれといって沸き上がってくる感情のない自分自身が一番おかしい。
 一応人並みの感性は保有していたはずなのに、どうして何も感じないのだろうか。
 未だ他人事だと心のどこかで思っているのか、はたまた自分も気付かない内に精神に異常をきたしているのか。
 健康診断の結果は良好だったけれど、脳内のことまでは分からない。
「狂ってるとか聞こえが悪いしなぁ」
 誰もいない道路の真ん中を歩きながら独り言を呟く様は、第三者から判断されれば立派な狂人認定を頂けそうで暗い気分になるけれど、誰もいないのだからとりあえずセーフだと片手で胸を撫で下ろしながら歩き続ける。
「なんにもない」
 木々は色を失い、空も曇っている。
 週末映画のワンシーンを体験していると思えば面白味があるかもしれないが、残念なことに私が居るのはノンフィクションの世界だ。
 このまま世界が終わってしまったらどうなるのだろう? 地球という星が死に絶え別の惑星に新たな存在が誕生するのだろうか?
「勝手してくれちゃってさぁ……?」
 無意識で漏れた言葉に喉元を押さえる。
 改めて考えると意味の分からない台詞だが、何故かそうなのだと納得している自分がいる。
 どこに同意する要素があるのかは分からない。ただ、横やりを入れられたような不快感が胸の奥から滲み出す。
「朝御飯食べてこなかったからかな?」
 一日の始まりは食にあり。昔から教えられてきた習慣を無視したから、変な考えが起こるのだろうか?
 こんなことなら食堂に寄ってから出てくれば良かったと考えた途端、空腹を訴え始めるお腹は素直すぎてどうしてくれようかという気分だ。
「あーあ……こんな時…………が、いた……え?」
 幻覚かと瞬きを繰り返してみるが、視界に映っている人が消える気配がない。
 疑問を表す言葉が脳内を圧迫し消化不良になりそうだと深呼吸してみても、やっぱり見えている光景は変わらない。
「なんでよ……」
 内心で声にならない悲鳴を上げ、混乱極まる脳で現状からの脱出を試みる。
 幸いなことに距離は十分離れているし、建物の陰に隠れてしまえば相手から認識されるまえにトンズラ出来るだろう。
 善は急げと息を殺し回れ右をしたところで、ヘンテコな物体が空から降ってきたのに気付いた。この異様さといいカラフルさといい、十中八九今まで対峙してきた敵のお仲間だろう。ということは、普通に考えてこの場にいるのは非常によろしくないのではなかろうか。
「弥時!」
「ヒィィッ!」
 背後から掛けられた声に背筋が伸びる。
 貴方に会わない為に外出したのに、どうして今日に限って外で空を眺めてるんですか。色白なのに日向ぼっこでもするんですか。
「ソレから離れろ!」
「あ、はい」
 言われた通り不可思議物体から距離を取ると、見計らったようなタイミングで爆発し毒々しい色の液体を地面に撒き散らす。
「えええ? 何なのこれ……」
 強制的に大和さんとの距離が縮まってしまったのはいただけないが、爆発に巻き込まれなかったという点では感謝しておくべきだろう。
「フン……なるほど。アレが毒素の発生源というわけか。あの落下物が一定時間を経ると破裂して、毒素を撒き散らすようだな……」
 大和さんと局員さんの会話をぼんやり聞きながら、片手で胸の上を押さえた。
 一定の間隔で鳴る心音は平常心であることを示しているが、この今にも吐き出したくなるような不快感は何なのだろう。
 撒き散らされた毒素を吸い込んでしまったのかと考えもしたけど、この感情はもっと根本的なものだと本能が告げる。
 苛立ち、怒り、攻撃的な感情がどす黒く渦を巻き、腹の底に溜まるのを感じる。
「……好機だ、これを逃す手はない。各自、戦闘態勢を! 敵の所在を把握するために座標を観測する、私を守れ! 今から作戦の詳細を伝える!」
 大和さんが局員の人に指示を出すのを聞きながらも、考えることは一つ。
「やだな」
「弥時、お前にも参戦してもらうぞ。……聞いているのか?」
 規則正しい音が耳の奥で鳴り響き、さざ波のように感情が揺れ動く。
「うん、護るよ」
 意識下にない返答は幼稚極まりないが、今は己の感情を制御するだけで手一杯だ。
 大和さんが傷つけられるかと思うと、ものすごく苛々する。この綺麗な人を傷つけるなんて、良い度胸だと心の中で私が叫ぶ。
 お前等なんかに触れさせないし、後出しじゃんけんに応じてやる義理もない。
 だって、彼は、私の――。
「……むかつく」
 上空から落下してくる物体と、私達の周囲を取り囲むように現れた悪魔。
 大和さんの指示に従い敵と向き合う局員達に倣い剣を抜き、マサカドを宿したまま向かってくる悪魔を見据える。
 彼は守れと指示を出した。だから、私には彼を護る権利がある。
 攻撃範囲に入った悪魔を一閃し、近づこうとする敵に威嚇の意を込め剣先を向ければ、自然と言葉が身の内から溢れてくる。
「失せろ、私は機嫌が悪い」
 当然のようにこぼれ落ちた音は、自分でない誰かの声に聞こえた。
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