Shooting Star 7

 メグレズ対策として大阪へ向かうと響希君から呼び出されたのはいいけれど、ここで問題が一つ。
「入り口塞がってるんですけどぉ……?」
 一応私も女性の端くれなので、自分が好意を抱いている相手に会う場合は少しでも綺麗な状態で居たいと思う乙女心。
 そんなこんなで先に行っているという響希君から遅れること十分。地下鉄乗り場の近くに着くと同時に、突如発生した地震のせいで地下への通路が塞がれてしまったのでありました。
「どうしろっていうわけ」
 力づくで瓦礫を退けて来いということなのだろうか。
 こんなことなら化粧直しなどしていないで、響希君と一緒に行動すべきだったと後悔しても、瓦礫がなくなるはずもなく。
 途方に暮れるとはまさにこのことだと体を反転させた瞬間、視界に映った派手な色彩に思わず視線を奪われた。
 赤と黒の縞模様の服を着た、ちょっと地面から浮いている存在。贔屓目に見ても人間というカテゴリに収納するのは無理な人物を前にし、所持していた刀を持ち直す。
「輝く者よ」
「輝く……?」
 奇妙な言い回しに、彼が数時間前に響希君が出会ったと言っていた変人なのだと悟る。
「残念ですけど、ヒビキ君ならここには居ませんよ?」
「では、星を名乗る者よ」
「星って、それ私のことです……か?」
 胡散臭い口調に疑念が募るが、目の前に立ちふさがっている以上無視するわけにもいかない。
「えーっとどのようなご用件で」
「星を名乗る者、君に一つ問いたい」
「はぁ、なんでしょう?」
 出来ることなら関わりたくないと思うが、相手はこちらの意志に反して友好的ともとれる微笑を浮かべている。
「君は何の目的で此処にいる?」
「は?」
 地下鉄に乗るためと答えればいいのか、はたまたもっと大きな物事に対しての質問なのか。おそらく後者であることは推測に容易いが、そうなってしまうと自分の目的とやらはあやふやになってしまう。
「曖昧な質問ですねぇ」
 響希君達の手伝いをしたいと積極的に考えているわけではない。
 ただ、彼等と離れたくないとは思う。だから解雇されないように頑張ったわけだし、目の前の変人が言うような目的とやらに現状を換算するならば、昔なじみの友人達と共に居たいから、ということになるのだろうか?
「友達と一緒に居たいから、かな?」
「成る程」
「私の答えはお気に召しませんでした?」
 こちらの発言に笑みを深くし、奇抜な服装の変人は「君は」ともう一度問いかけの言葉を口にした。
「そのままでいるつもりなのか」
「え?」
 倍率ドンで意味が分からない。人に物を尋ねる場合はきちんと主語を言うべきだ。ツーカーの仲じゃあるまいし、一を聞いて十を悟れというのは無理な話だろう。
「君がそう望むならば、私に口を出せることはない」
「はぁ……って、え?」
 瞬きの合間に眼前に居た存在は消え、何事も無かったかのように灰色の世界が戻ってくる。
 一体何だったというのか。ナンパ男に遭遇したときのように、首の後ろに焼ける感覚があるわけではない。ただ……そう、ただ。
 彼の発した「そのままで」という単語が妙に引っかかった。
 大阪に行くことが出来なくなってしまたので仕方なくジプスに戻ると、何故か目の前にヤマトさんの姿。
 局長たる彼は大阪にいるはずなのでは? と首を捻る私を聞き慣れた声が呼ぶ。
「あれ、ヒビキ君? 大阪行ったんじゃなかったの?」
「琉依は来なかったね?」
「だって目の前で通路が塞がっちゃったんだもん。私が悪いわけじゃないですー、あの地震が悪いんです! そのせいでヒビキ君が言ってた変なのにも会っちゃうしさぁ……」
「弥時、ヤツに会ったのか?」
「え? あ、はい」
 僅かに驚いた気配を見せたヤマトさんだったが、すぐにいつもの雰囲気に戻り「何を聞いた」と反論を許さない声色で問いを投げかけてくる。
「聞いたというか、聞かれた?」
「なに?」
「目的がどうとか、訳の分からない事を言って去っていきましたよ。てかあの人、人間じゃないですよね? 浮いてたし」
「浮いてたね」
「だよねー?」
 二人して奇妙な存在について話し合っていたら、傍にいた大和さんに名を呼ばれうっかりときめいてしまった。
「弥時お前は私と来い」
「は、え!?」
 一瞬驚きあまり心停止するかと思ったが、よくよく話を聞いてみたらメグレズ本体と戦う時に同じチームになれということだった。期待して損したというか、過度な期待を抱かせるのも大和さんの手なのだろうか……。
 十中八九私が先走りしてるだけというのは重々承知してますけどね、ええ。ちょっとくらい都合の良い方に捉えるのは個人の自由ですよね、うん。



 その後なんとかメグレズを倒し、意気揚々と帰還……と思いきや。部下からの報告を受けた大和さんから耳を疑うような命令を貰い、あやうく大事な刀を取り落とすところだった。
「わ、私の部屋に来いって言った……? い、いったよね!?」
 颯爽と去りゆく黒い姿を確認しながら、数分前に言われた言葉を反芻する。
 たしかに大和さんは、「聞きたいことがあるから後で部屋に来い」と言った。聞きたいことが何なのか想像付かないが、お呼ばれしたという事実に鼓動が早くなる。
「おっ、お風呂入ってから行こうかなっ!」
 特に時間指定はされていなかったし、局長という立場を考えればジプスに戻っても各地からの報告など仕事は山積みだろう。
「埃っぽいしねぇ」
 酷い汚れはないが綺麗とは言い難い衣服を確認し、最低限の身なりを整えるために足早に行動することにした。
「琉依ちゃんどうしたの?」
「へ? ど、どうって、なにが?」
「なんかソワソワしてない?」
「あ、えっと……お、お腹減ったなぁって!」
 戦闘後なのに元気だね、と微笑むイオちゃんと別れ、さりげなさを装い局員の人たちに大和さんの部屋のありかを聞き、侵入者の気分で辿り着いた階層は流石局長専用というか、見事なまでに人気がなかった。
「本当に来て良かったのかな……で、でも呼ばれたのはこっちだし!?」
「何をしている 」
「うひぃ!?」
 悪寒を引き起こす艶やかなバリトンを間近で捉え、反射的に距離を取ってしまったのは防衛本能というやつだ。
 普通部屋に呼び出したということは部屋にいることが前提であって、こんな通路で後ろから声を掛けられるなんて誰も思わないはずだと、自分の中で言い訳するがどうして言い訳をしなければならないのか自分でも分からない。
「まあいい、手を出せ」
「え? あ、はぁ……」
 手間が省けたとばかりに言葉を重ねてくる大和さん。合理主義な彼らしいが、個人的希望を述べるとすれば、ちょっとだけ大和さんの部屋を見てみたかった……と思ったのも束の間。
 手首を取られ引き寄せられたと認識すると同時に、冷たい感触が静脈の上に落とされ思考が停止した。
 沸騰寸前の頭では目に見えていることが全てで、常ならば予想外の事態を前にフル稼働するはずの脳は完全沈黙を保ったまま。
 どうしてとか、何故といった疑問すら寄せ付けないと言い切る完璧な美貌が、私の手首に添えられている。
 呼吸する暇すら惜しいと近い距離にある存在を見つめ続けていたら、軽いリップ音と共に銀の相貌がゆるりと姿を現した。
「ふむ、私の吸魔に耐えるか」
 大和さんの声が引き金となって、停滞していた血液が一気に流れ出す。
 今何をされていたのだ、キュウマってなんだ。数分前とは一転し早鐘のように打ち始めた心臓を空いている手で押さえ、未だ喉元で詰まっている音を発しようと試みたが、脳の指示とは裏腹に掠れた呼吸音しか出てこなかった。
「魔力の計測時にエラーが出たという報告を受けた時は馬鹿らしいと思ったが……虚言ではなかったようだな」
 白い手袋が離れていく様をぼんやり見つめ、俯き加減だった視線を徐々に上げていく。
 質の良い黒コートを彩る多くの装飾品は、彼が高位であることの証。
 人並み外れた美貌は彼が――。
「成る程、菅野の言う通り君には別の使い道が……」
「ッ……ぁ……」
「金山?」
 心音が耳の奥で木霊して気持ち悪い。一気に溢れ出る感情を制御する術がなくて、混乱という二文字がぴったりな私に出来たことといえば。
「ヒッ……ひぎゃあああああああッ!!」
 叫び、前に立つ人間を突き飛ばして、全速力でエレベーターに駆け込むことだけだった。
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