Shooting Star 9

 戦闘の途中から参戦した響希君を呼び寄せ、上空を飛行しているセプテントリオンを撃ち落とす方法を探せと大和さんは言った。
 どこぞのコンビニみたいな名前をしているくせに、悠々と空を飛んでいるだなんてなんだかとっても腹立たしい。
 北海道を目指しているらしい今回の敵アリオトとやらは、毒素を撒き散らしているらしいので本気で厄介だ。私は自前の運で切り抜けるとしても、他の人たちや汚染された土地はどうなるのだ。
「苛々するなぁ」
「琉依?」
 絶賛継続中の不快感は、時間を追う毎に酷くなっているような気がする。
 原因不明なのが手に負えないし、どうやったら発散できるのかも分からない。謎が謎を呼ぶ現状に舌打ちでもしたい気分だったけれど、それは私のキャラではないので我慢した。
「ちょっとばかり情緒不安定な感じでして」
「大丈夫なのか?」
「ゆっくり温泉にでも浸かれば一発かな! って感じ?」
「いつも通りの琉依で安心したよ」
「でしょでしょ?」
 公園からの帰り道を響希君と話ながら帰っていたら、目の前にあの変人がいることに気付いてしまった。響希君を輝く者と呼ぶ変人はジプスがアリオト攻略の鍵を所持していると、中途半端な情報を与えて去っていく。
 わざとらしくうっかり情報漏らしちゃいましたなんていうくらいなら、もっと完璧な情報を寄越せと言いたい。
 まったくもって人の神経を逆撫でする存在だと内心憤る私とは裏腹に、響希君は与えられた糸口を吟味しているようだった。
「あの人なんなんだろうね」
「さぁ……」
「ああいうタイプあんまり好きじゃないんだよねぇ」
「見た目が?」
「なーんかキャラ被りしてるっていうか……」
「キャラ被り?」
 響希君の問いに口を閉じ、自分は誰と比較していたのだろうと首を傾げる。
「琉依、もしかして毒吸い込んだりしたんじゃないだろうね?」
「それは大丈夫だと思うんだけど……んー……。ごめん、ちょっと先帰ってて、一人で考えてみたい」
 私の意志が固いことを悟ってか、「気をつけて」と言葉を残し響希君はジプスへと戻って行った。
「はぁ……」
 手近なベンチに腰を下ろし考える。
 六本木ヒルズの内部も可哀相なほど荒れ果てていて、昔の面影は何処にもない。かろうじて待ち合わせの目印になるようなオブジェは健在だが、形が形なだけに退廃した風景とマッチしてしまっているのが物悲しい。
「セプテントリオンねぇ」
 北斗七星の名を模していると話して聞かせてくれたのは誰だったか。
 数日前の出来事なのに、記憶があやふやだ。
 考え事をするのに当てもなく歩き回るのは昔からの癖で、ふと気付いた時には六本木ヒルズからかなり離れていた。
「あれ、ここ何処?」
 電柱に括り付けられていた住所は掠れて見えず、これといって目印になりそうなものもない。もしかして迷子? という非常に情けない単語が脳裏を過ぎり、流石にマズイかと周囲を見渡す。
 人気も公衆電話も当然ないし、どの方角から歩いてきたのかも分からない。最悪国会議事堂のある方角へ歩いていけば帰れるが、目標物を見つけるためには高い建物に登らなくてはならない。
「どうしようかなぁ」
「なにが?」
「っ!?」
 間近で聞こえた声は良い印象を持っていない存在のものだ。神出鬼没な悪魔である彼がまた現れたのだと認識するのは容易く、衝動に任せ剣を抜きたい気分だった。
「出たわね変態」
「酷いよねぇ琉依チャンは。敵を倒してあげてもなーんの報酬もないし? 悪魔ってタダ働きしないんだよ?」
「貴方が勝手にやったことでしょ」
「うっわ酷い、人に命令しておいてその言い分!」
 これみよがしに泣き真似をする男を鞘で殴り倒したい感情を必死で押さえ込み、代わりに傍にあった石碑らしきものを威嚇の意を込め蹴り倒す。
「悪いけど、私……」
「うひぃぃぃ! 暴力反対なのネ!」
「……」
 毒気を抜かれるような叫び声に促され、鏡合わせのように顔を動かす私達。
「なにこれ」
 外見から悪魔だということは判断出来るが、顔を覆い震えている姿は小動物を連想させる。一体どこから出てきたのかと悩む私の考えを見抜いたかのように、前に立つ男は無惨に壊れた石碑を指さした。
「封印壊したからでしょ」
「は?」
 そんな簡単に壊れたまるか。こっちだって意図的に壊したわけではない。ちょっと八つ当たりしたら倒れてしまったのだから、これはきっと年月を経た事による老朽化に違いない。そうだ、こんな所に石碑を放置しておく監理者が悪いのだ!
「私じゃなくて、壊れそうな物を置いてる管理側に問題――」
「何故カーマの封印が解かれている」
「ないと思います、はい。多分私が悪かったんだと思います」
「琉依チャン……」
 笑いを噛み殺しきれないのか小刻みに体を震わす男の足を踏みつけ、錆びたブリキ人形のように声のした方向へと体を動かす。
「弥時何故此処にいる」
「あ、いえ、考え事をしてたらいつのまにか」
 踵を鳴らし距離を詰めてくる大和さんを見ていると、心臓が不規則な音を立て始めるのが煩わしい。
 灰色の世界に靡くロングコートも、値踏みするように向けられる視線も何もかもが一枚の絵となって網膜に焼き付く。
 綺麗だと、目にする度に何度でも同じ感想を持つ。
「お前がやったのか?」
「えっ!? や、ちょっとぶつかったら……壊れて?」
 蹴り壊しましたなんて本当のことを言えるはずもなく、冷や汗で背中を濡らしながら白磁の相貌に視線を合わせると不整脈が酷くなる。
 恋する乙女、というなんともまぁ自分に不似合いの単語を脳裏で泳がせながら、手を伸ばせば触れられる距離で歩みを止めた大和さんを見上げた。
「カーマは我々が預かろう」
「いっ、いやなのネ! 一緒じゃないといかないのネー!」
「ちょっと!?」
 部下に指示を飛ばす大和さんに反抗するよう、半泣きで人の足にしがみついた悪魔の頭を引きはがすべく鞘で力一杯殴ってみるが離れる気配がない。
「離しなさいよ!」
「離さないのネー!」
 しがみつくどころか太ももにすり寄るこの悪魔、殺しても文句は言われまい。
 我慢の限界だと鍔を鳴らすと、情けない声と共によりいっそう強い力でしがみついてきた。正直、というかかなり気持ち悪い。何が悲しくて悪魔に抱きつかれなければならないのか。
「いい加減に……ッ!」
「弥時」
 剣を振り上げると同時に掛けられた音に動きを止め、声の主である大和さんへと視線を移す。
「致し方あるまい、お前も来い」
「え?」
「カーマを札幌へ連れて行く」
「ええっ!?」
 異論は認めぬと視線で語る大和さんに反論する気なんて元から無いけれども、この悪魔のせいで私の行動が決められたのかと思うと腹立たしい。
 元を正せば封印を壊してしまった私に非があるのは明白だが、こいつがしがみついてさえいなければ渋々ではなく私自身に誘いをかけてもらえたかもしれないのに。
 そこまで考え、自分の思考がずれてきていることに気付いたが、こちらの思考回路などお構いなしに大和さんは予定を遂行すべく歩き出す。
「ちょ、待ってくだ……本気で邪魔ねこいつ! 自分で歩きなさいよ!」
 カーマを引きずるように歩きながら、筋肉痛になったら本気でぼこってやろうと心に決め必死に大和さんの後追う。
 そんな私の背後から「北海道かぁ、いいねぇ、いってらっしゃい」なんて語尾に音符マークが付きそうなねちっこい声を送られ、やはりカーマを斬っておくべきだったと己の選択を後悔した。
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