Shooting Star 5

 現在の状況を一言で表すとするならば……置いて行かれた。というのがしっくり来るだろう。
 気付いた時には既に皆おらず、近くの局員さんに聞けば朝早く名古屋へと旅だったのだという。なんでも名古屋支局との連絡が取れなくなったことによる緊急事態らしいが、なにも置き去りにしなくても良いのではないかと思う。と、そこまで考えて、夢うつつに響希君の声を聞いたことがあるような気がしたと、未だ眠気を引きずる脳で考えた。
「朝弱いのは昔からなんだから仕方ないじゃん……」
 念願の解雇フラグを折れたことに気が抜けたのか、大阪から帰ってきてからというものの良く眠っていたような気がする。
 その考えを裏付けるよう壁に掛けられたシンプルな時計を見れば短針が一の数字を指しており、時計が狂っていなければ現在は午後一時という時間帯のようだ。
「うう……お腹減ったかも」
 ジプスには緊急時用の備蓄があるが、外の世界の事を考えると空腹を満たすのになんとなく申し訳なさを感じてしまう。
「暴動ねぇ」
 各地で起こる物資を巡った暴動に対応するジプスの局員達。人と人との争いは何故こんなにも物悲しいと感じるのか。
 理由の分からない突発的な感傷は昔から時折あるけれど、ここ数日特に酷くなってきたような気がする。現状を憂う気持ちと、冷め切った気持ちが等分の割合で脳内を往復する。
 まるで自分の中に二つの人格があるようだとぼんやり考え、馬鹿らしいことを考えてしまうのは空腹のせいだと防音の効いた静かな部屋を後にした。
 忙殺されている局員さん達が一般市民当然の私に気を向けることはなく、外への道を辿ればあっさりと退廃した町並みを目にすることが出来た。
「皆は今頃何してるのかなぁ」
 名古屋といえば大地君が派遣された土地でもある。心配がないといえば嘘になるが、響希君達が向かったのならば滞りなくカタが着くだろう。
 幼なじみといえども、大地君と響希君のように凄く仲が良いというわけではない。そこには性別の壁もあるのだろうが、私が常に一歩引いたところから彼等と接しているというのが一番の原因だろう。
 何故か昔から他人と関わるのに遠慮を覚えていた。何故なのかは自分でも分からないけれど、本能的に深入りしてはいけないのだと歯止めがかかる。
「あーあ……暇だなぁ」
 響希君達も、真琴さんも大和さんもいないし。
 いっそ自室に帰って不貞寝でもしていようか?
「ねーぇ、そこのお嬢さん」
 今まさに帰らんと踵を返したと同時に背後から掛かった声。人の神経を逆撫でするような声は何処かで聞いたことがある気がしたが、自分の知り合いにああいう類の輩はいなかったと嫌悪感を纏い振り返った。
「おっと怖い怖い。そんなに怒らなくてもいいじゃない、ね?」
 夜の新宿に居そうな胡散臭い男が、私に何の用だろうか。
「何のご用でしょうか」
「つれないねぇ、キミとボクとの仲なのに」
 記憶を探ってみてもこんな知り合いいたことがない。もしやこれはナンパというやつだろうか。だとしたら、厄介な存在に引っかかってしまったと、ただでさえ沈みがちな精神がより深く沈んでいってしまう。
「失礼ですがどなたかとお間違えではないですか」
 早く立ち去れと視線で訴えながら言えば、心外だとばかりに男は両手を広げ、わざとらしく嘆きを謳い上げる。本当なんなんだろう、この人。
 一変した世界に適応出来ず精神がイカレてしまっているのだろうか。いや、きっとそうに違いない。何処ぞの精神病院から勝手に抜け出してきてしまったのだと自分の中で結論付け、男の話が終わった隙を見計らいジプスに帰る為歩を進めれば。
「待って待って、久しぶりなんだからもう少しくらい付き合ってくれてもいいんじゃない?」
 片腕に触れた指先にはっきりとした嫌悪を覚えた、と自身が実感した時には既に男の手を振り払い「触れるな」と自分でも驚くほどの冷たい声で相手を威圧していた。
「うーん、その瞳見てるとゾクゾクしちゃう」
「申し訳ありませんが、貴方に割く時間はございませんので」
 変質者の相手はしてられぬと相手から距離を取るよう歩き出す。
 そんな私の行動が面白かったのか、背後から男の笑い声が耳に届いた。ねっとりとつきまとうかのような声色に無意識で首筋に手を当て、一刻も早くこの場から去るべく重い両足を交互に動かす。
「今日は厄日だったのかな」
 皆に置いて行かれたし、変な男には出会ってしまうし。長年連れ添った幸運がストライキでもおこしたのだろうか?
 奇妙な疲れを引きずり元来た道を戻る私の耳元で、「またね琉依チャン」と嫌悪対象である男の声が落とされる。
「っ!?」
 反射的に振り払うよう振り返るが、眼前に広がるのは灰色の光景のみでそこに男はいない。
「……なんだったの、あの人」
 幽霊のように忽然と消えた謎の存在。
「悪魔?」
 無意識に口から零れ落ちた単語がしっくりと胸の内に収まり、出来ることなら二度とあの顔を見たくないと今までの倍速で歩き始める。
「なんか疲れたなぁ」
 ジプスから外に出て数十分。未だ日は高いというのに、丸一日歩き通したかのような疲労感が全身を襲う。
 灰色の世界で出会ってしまった奇妙な男。
「あいたい、な」
 何故だか無性に、透き通ったグレーを保有する氷の塊のような人に会いたくなった。
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