Shooting Star 4

 大阪行きの電車の中……といっても地下を走っているので風景はさっぱり見えないが、いきなり得物を持って登場した私を指さし、恐る恐るといった風に大地君が話しかけてきた。
「さっきから気になってたんだけどサ、琉依何持ってるわけ?」
「何って剣だけど」
「そんな危ないものどっから持ってきたの!?」
「自宅だよ? 見る?」
「いい、いい!! 抜かなくていい!」
 映画のセットに使われそうな新品同様の剣は、ぱっと見レプリカのようだ。実際使わなければレプリカ同様なのだろうが、剣なんていう物騒なものは使わないに越したことはないと思っている。思ってはいるが――解雇宣言されない為の必要アイテムなのだから仕方ない。
「重くない?」
「そこそこに重いよ」
 鋼で出来ている物体に鞘まで付属しているのだから、軽いわけがない。いっそ箸のように軽ければ楽なのにと考えたが、軽ければ軽いで手からすっぽ抜けてしまいそうだ。
「まぁアレだよ、ダイチ君達が頑張ってくれれば!」
「え? なに? なんのこと?」
「私の前に立つと危ないかもよ、ってこと」
「はぁ!? ちょ、ちょっと……え、本当に大丈夫なの、その……刀」
「何が大丈夫なのか分からないけど、ちゃんと切れるよ?」
「……うん、あれだよね。琉依が少しズレてるって、分かってた、うん」
 己の中で結論を出したのか大地君は何故か降参だと両手を挙げ、刀は危ないから横に退けておきなさいと小さな忠告をもたらした。



 大阪に着いた私達を待っていたのはなんともまぁ、ガラの悪い男の子だった。
 大和さんは会議があるとかでそそくさと本局に行ってしまうし、残された私達は啓太と名乗ったちびっ子ヤンキーに大阪を案内してもらうことになったのだけれど……。
「ねぇねぇ、ちょっとフラフラしてきていい?」
「はぁ!? 何言っちゃってんのこの子!?」
「だって大阪って始めて来たんだもん。のんびり観光してみたいじゃん?」
「おい、響希からもなんか言ってやれよ!」
 大地君に背を押され私の前に立つ響希君。こうしてみると同い年なのに身長差があるのだな、と今更ながらに体格の違いを実感した。
「無茶はしないって約束出来る?」
「勿論!」
「琉依は携帯を持ってないから……そうだな、夕方になる前にここで待ち合わせしよう」
「分かった!」
「おい、いいのかよ響希!?」
「琉依に何を言っても無駄なのは昔からだろ」
「んなこといってもよぉ」
「ちゃんと夕方前に戻ってくるよ!」
 二対一で負けが確定した大地君に笑顔を向ければ、「ちゃんと約束は守るのよ」といつものお母さんぽい口調で送り出してくれた。 さて、これからどうしよう。
 折角大阪に来たのだから通天閣も見てみたいし、道頓堀にも行ってみたい。
「せめて地図があればなぁ」
 人気の無い本屋から拝借してしまおうかとも考えたが、良心が咎めそうなので視界に映る大きな建造物を目指して歩いてみることにした。
 分かりきっていたことだが、大阪の街もかなり廃退している。未曾有の危機とは便利な単語があったものだとふらふら歩く事数分、たこ焼き天然水というあからさまに美味しくなさそうな飲料を販売している人に出会ったが、生憎と手持ちが無く諦めた。
「そういえばお金使ってないな」
 普段は必須アイテムである財布も、災害時には役に立たないのだと奇妙な感慨に胸を震わす。
荒れ果てた町並みに今にも暴動を起こしそうな人々。
 人間、究極まで追い詰められると何をしでかすか分からないと、フィクションの世界で散々語られていたが、実際目の当たりにすると形容し難い感情が腹の底に溜まるのを感じた。
「なんだろ」
 一般市民である私が言うのもなんだか変な話だが、危機に瀕している人達に同情出来ない。これは私が自前の運に頼り切った生活をしてきたからなのか、はたまた大地君が時々言うように頭のネジが一本抜けてしまっているからなのか。現在進行系で自分事のように考えられないのは、何が原因なのだろう。
 勉強にしか使わぬ頭を働かせてみても良い案が出るわけでもなく、ぼんやりと見つめた視界の中でジプスに所属していると思われる人々が走り回っているのを見た。
「ヤマトさんて、一番偉い人なんだよね」
 あの若さで局長と呼ばれていた彼はどんな人生を歩んできたのだろう。
 力になりたいなどと烏滸がましい事は考えないが、凜とした人を見下す視線の中に潜む感情があるような気がして、私の思考を絡め取る。造形美といって過言ではない美しさを保有する存在が、見ているものを覗いてみたい。
「運のお裾分けが出来たら良かったのにねー」
 何気なく片手に持った剣に語りかけてみると、僅かに刀身が震えたような気がした。
 ふらふらすること数時間、そろそろ待ち合わせ場所へ向かおうかと思った矢先、失敗したマンボウみたいな飛行物を視界に捉えた。
「なにあれ、もしかして前に闘ってたのと同じ存在?」
 響希君達が倒したドゥベとやらも変な形だったことから推測するに、悠々と空を泳いでいるように見えるあの変な物体も敵なのかもしれない。
「仮にあれが敵だとすると……待ち合わせ場所に行っても誰もいないよね?」
 独り寂しく皆を待つくらいなら、敵を追いかけていった方が合流出来る可能性は高いのではないか。
「なるようになるってね」
 例え戦闘になることになっても、今の私には武器がある。守り刀だと、私が生まれた時に埋められた曰く付きの物体が、私にとって有益であることを多分私は知っている。
「解雇されない為にもいっちょ頑張って頂戴な、私の幸運ちゃん!」
 黒光りする鞘に口付けを落とし、私は飛行物を追って大阪の街を走り抜けた。



「ん、あ、あれ?」
 一際目を引く黒のロングコートに歩みを遅める。
 見失ったと思っていた飛行物がロングコート越しに確認出来ることからして、これから戦闘に入る所なのかもしれない。
「タイミングが良いんだか悪いんだか」
 苦笑混じりに呟いた音に反応したのは、黒い後姿の隣に居た大型の獣だった。
「ケーちゃん!」
 振り返ったケルベロスに手を降りながら走り寄ると、隣に居た主が僅かに顔を動かし視線だけでこちらを確認する。
「貴様……何をしにきた」
「失敗したマンボウを追いかけてきたらヤマトさんが居たんです」
「ほう、何故アレを追った」
「何故って……待ち合わせ場所にいるよりも、敵がいるとこに来た方が早く合流出来るかなぁと思って……」
 問われた事に素直に答えれば、馬鹿だと大和さんの視線が語る。クールビューティーさんから送られる厳しい視線は正直痛いが、私からしたらここで大和さんと遭遇する方が予定外だ。本当なら響希君達と合流するハズだったのに、私の幸運ちゃんは仕事放棄したのだろうか?
「使えぬ者はいらぬ、とっとと失せろ」
「うっわ酷い言われよう……でも残念でした! 今回はちゃーんと闘う術があるんですー」
 秀麗な眉をぴくりと動かし、結果で示せと大和さんの瞳が語る。
「良い結果が出たら解雇フラグは折ってもらいますからね!」
 へんてこな物体から出てきたこれまた奇妙な物体に向けて、手にしていた刀を抜き放った。
「行って」
 大型の相手は大和さんに任せ、私は周りの邪魔者を片付けよう。意思を持ち発した音は力を持ち具現化する。手にした刀は消え、代わりに人影が敵へと向かって疾走する。古めかしい衣装を纏った存在の名など知らないけれど、敵を屠り始めた存在を認め、大和さんが驚きを宿したような瞳で私を見たのは理解出来た。
「そのままズバーっとよろしくね!」
 大和さんの邪魔をしないよう建物の影に隠れ、敵を攻撃する存在を応援する。邪魔が入らない事が功を奏したのか大和さんと敵との戦闘はあっけなく終わり、私は大和さんが闘う姿に少しばかり見惚れてしまったのだが、これは自分だけの秘密にしておく。
「貴様は――アレがなんだか理解しているのか」
 一段落付いたとばかりに刀の姿となって手元に戻ってきた存在を見下ろし、大和さんが問う。
「さぁ、でも私を護ってくれるってことは分かってますよ」
「……無知とは怖ろしいな」
「酷い言われよう……ッ! 結果オーライなんだからいいじゃないですかっ」
 人の事を見下し鼻で笑う大和さん。二枚目だから許される仕草だと口を尖らせ、踵を返した後に続く。
「あれはマサカドだ」
「まさかど?」
 大和さん曰くかなり高位の悪魔らしいが、私的には使えそうでラッキーという程度の感想しか持たない。これで解雇されなくて済みそうだという方が、私にとっては重要問題だ。
「戦力になりそうです?」
「使役者に難ありだがな」
「うう……反論し難いのが切ない……ね、ケーちゃん」
 隣を歩くケルベロスの鬣を撫でながら同意を求めれば、諦めたとばかりに大きな鼻面で私の手を押す。
「弥時」
「へ?」
 一瞬思考が停止しかけたのも当然。
「あ、あの?」
 一定の速度で歩き続ける大和さんの口から漏れた名前は、私のものではなかっただろうか?
「ケルベロスを変な呼称で呼ぶのは止めろ」
 淡い期待に胸をときめかせた私に待っていたのは、現実は非常なのだと知らしめるような大和さんのお小言だけだった。
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