Shooting Star 3

 さてさて、今回もなにやら面倒なことになってしまいました。
 というのも、ドゥベと呼ばれたお菓子みたいな敵を倒した実力を認めジプスとやらの仲間に入れてもらえることになったわけだけど……その、なんといいますか。
 局長と呼ばれた美人さんは、「使えぬ者に用はない」と綺麗さっぱり切り捨てて下さる思考の持ち主であるらしく、悪魔召還アプリを持っていない私の立場が非常に危うい感じになっているのであります。
 だってしょうがないじゃない、携帯操作苦手なんだもの……。今更携帯を入手し召還アプリをやらを入れたとしても、使いこなせる自信が全くありません。見事なまでに皆無です。
 でもこのままだと私だけ追い出されるのも時間の問題なので、寝起きの頭でどうするべきか試行錯誤しているのでありました。



「あの子じゃなかったのかなぁ……」
 懐かしい光景に想いを馳せながら、温もりの残るベッドから床へ足を下ろす。
 想い出の欠片に映っているのは女の子だったし、聞いたはずの名前も思い出せない。ただ覚えていることがあるとすれば、彼女にお気に入りのヘアピンをあげたことくらいだ。
「人の記憶って曖昧」
 僅かな落胆と共に手元の時計を見れば、まだ早朝と言っても差し支えない時間帯だったが、扉一枚を隔てた空間は妙なざわめきに包まれていた。
「職員さんも大変だ」
 ざわめきをBGMに昨晩見た銀色の姿を思い浮かべ、見た目通りの冷徹な宣言を脳裏に呼び起こす。
「運も実力の内って言うんだけどなぁ」
 私が誇れるのは運だけだけど、あの局長さんには数値化できない不確定な要素を実力に加算してくれる心づもりはないようだ。かといって、一般人たる私に悪魔とやらの相手が出来るわけもないし。
「どうしよっかなぁ」
 何らかの手を打たねばならぬと分かっているのに、普段から間延びした神経は危機感を訴えてこない。
 というのも、幸運の元に全てを乗り越えてきた人生であるが故、今回もなんとかなるだろうと心の奥底で思ってしまうのだ。
「だてに18年過ごしてないしね」
 未曾有の危機という単語は私の辞書になく、昨日までの生活を思い返す余裕すらある。我ながら普通というものを馬鹿にしていると、今更ながらに破綻した精神を噛みしめ、なんだか笑いたい気分になってしまった。
「あー、そっか」
 笑う門には福来たる。天啓とも言える一文が降りてきたのは、やはり幸運のお陰だろうか。
「あれならなんとかなりそう。うん、そうだ。それがいい!」
 思い立ったが吉日とばかりに跳ね起きて、行動を起こすべく外界への扉を開けた。
「あれ、イオちゃんにダイチ君?」
 廊下で出会った二人は重苦しい空気を纏っており、これから護衛の人と共に家へ帰ってみるのだという。
「君も帰宅希望か? ならば護衛を……」
「ああ、大丈夫です」
「琉依?」
 眠れなかったのか、目の下に酷い隈を作った大地君が不安気に私の名を呼ぶ。他人の心配まで抱え込むと追々疲れ切ってしまうのではないかという私の心配を余所に、大地君は何度も「一緒に行くか?」と聞いてくれた。
「ダイチ君だって知ってるでしょ、私の運の良さ。大丈夫ダイジョーブ。帰宅途中に何も起こらないよ」
「しかし、それでは君が……」
「心配ご無用でございますよ、マコトさん。私、本当にありえないくらい運が良いんです。だから私の思惑が外れることもないし、正気を失った暴動に巻き込まれることも、ましてや悪魔と遭遇することだってありませんよ」
 満面の笑みで言い切った私に微妙な視線を向け、真琴さんは「くれぐれも気をつけて」と固い声で呟いた。
  ジプスから歩いて1時間程度の距離の間、暴動にも悪魔にも出くわすことなく無傷の状態で自宅まで帰り着くことが出来た。
「こうしてみると風情があるというか、古めかしいというか」
 退廃した光景に見事なまでにマッチしている自宅風景というのは、喜んだらいいのか悲しんだらいいのか正直よく分からない。
 古くから道場を営んでいたらしいが、私が物心ついたときには既に廃ししていた。それなのに講師気質が抜けなかったのか、祖父からみっちり剣道を伝授された私は有り難くも有段者となってしまったわけだけれど……今思い返すべきはそこではない。
「たしか向こうの方に」
 枯れた庭園を抜け、自宅裏に生えている樹木の前で立ち止まる。
「生まれたときに記念で植えるってのも変な話しよね。でも、まぁ……」
 私と同じ樹齢の木の下に埋められたもの。
 何気なく壁に立てかけられたままのスコップを手にし、木の根本を掘ること数十センチ。
「あったあった」
 土の中から姿を現した木の箱を引っ張り上げ、中から一振りの刀を取り出す。
「守り刀って言われてもピンと来なかったけれど、こういう大惨事っぽい現状だと理解出来なくもないかな。あれ、でもこれって銃刀法違反になるの?」
 一点の曇りもない刀身が自分の姿を映し込む。と同時に、見慣れぬ存在が一緒に映り込んでいるのに気付いた。
「うん?」
 刀を鞘に収め振り返ると、そこにいたのは大型犬よりも数段大きな……。
「犬?」
 しかし犬にしたらガラが悪い。でも、野生にしては随分と綺麗な顔立ちをしているようにも思える。
「んんん?」
 ゆっくりとこちらに歩いてくる犬らしき獣から敵意は感じられない。となると、逃げるのも失礼かと服に付いた土を払い、犬らしき存在が近づいてくるのを待つ。
「大きいねぇ、きみ」
 立った私の胸以上の高さがあることから推測しても、並の獣ではないだろう。
「どこから来たの?」
 こちらの匂いを嗅ぐよう鼻を寄せてきたので、綺麗な鬣を撫でてみると予想以上に触り心地が良いことに気付く。
 やばい、もふりたい。この触り心地が全身を覆っているかと思うと、抱きしめてなで回したくなる衝動に襲われるが、所有者が誰であるか分からない以上人様のペットを勝手にもふるのは失礼だと我慢した。
「何犬なのかね、きみは」
 動物には詳しくないけれど、こんなに大きくてぱっと見凶暴な犬には出会ったことがない。もしや金持ちの道楽がひっそり飼っていた新種なのだろうか? それが今回の混乱に乗じて抜け出してしまったのだろうか?
「何処からきたの?」
 相変わらず鬣を撫でながら問えば、機嫌が良さそうに体をすり寄せてくる。駄目だ、可愛い。出来ることならお持ち帰りしたいと思うが、ジプスに連れ帰っても批難の嵐を受けることは分かっている。
 でも、この子を独り置き去りにするのも可哀相だと、すっかり骨抜き状態にされてしまった私は考えてしまうわけで。いっそのこといつ追い出されるかどうかも分からぬジプスにいるより、この子と二人退廃した世界で過ごしてみるのも面白いのではないだろうか。
 大地君がいたら確実に怒られそうなことを考えながら、私は触り心地の良い毛並みを堪能していた。
「よもやケルベロスを手なずけるとはな」
「ケル……?」
 遠くから掛けられた声は知っている。昨晩私に解雇通知まがいの脅しを掛けた張本人だ。
「えっと……」
 名前を聞いた気がするが思い出せない。当時は如何にして放り出されぬよう逡巡していたのと、好みのドツボである綺麗な顔を堪能するのに忙しかった為、説明されたことを見事に聞き流していた。
「峰津院大和だ」
「ほう……や、やまとさん、ですね」
 口籠もった私を怪訝そうに見つめながら、傍に居たケルベロスを手元に呼び戻す大和さん。
「その、お偉い局長さんが何故こんな所に?」
「迫から貴様が単独行動を開始したと聞いてな」
「はぁ」
「凡人たる卑称な輩が何を企てているのか、確認するのも悪くない」
「えっと……それは、つまりあれですよね。変な動きしたら戻る前にさよならさせようという、その……そういうことですよね」
「ほう、頭の回転は悪くないようだな」
 どうせ先程近づいたケルベロスとやらに食い殺させるつもりだったに違いない。これだからお偉いさんの考えは良く分からないのだ。姿はドストライクだが、思考回路はいただけない。
「あーご期待に添えなくて申し訳ありませんが、こんな所じゃ死なないですよ、私」
「ほう?」
「運だけは人一倍良いので」
 満面の笑みで言い切っても、大和さんの表情はびくともしない。ううむ、これは難敵である。
「フッ……運程度でこの事態が乗り切れるとでも」
「思いますね」
 即答出来るほどの根拠なんてなにもないけれど、これが私という存在を確立させているのだから否定する理由がない。
 だから、私は誰にでも胸を張り言うのだ。
「不肖わたくし、幸運の一番星でございますので! なんでしたら幸せのお裾分けしてあげましょうか?」
「…………」
 無言の大和さんを前にして思う。うん、分かってた。こういうタイプに冗談が通じないことなんて分かりきっていたけれど、言わずにはいられなかったのだから仕方ない。
「それで、もう帰っても……?」
「…………星、だと?」
「はい?」
「…………」
 口を噤んだ大和さんは何かを考え込んでいるようにも見える。主たる存在の気配を感じ取ったのか、ケルベロスは大きな体を寄せ心配しているようだった。
「馬鹿馬鹿しい」
「はぁ……まぁ、そうですね」
 踵を返した大和さんの姿を見て思う。言外に私を殺しに来たと彼は言ったが、背を向けたことから察するに私は見逃して貰えたのだろうか? ジプスに帰るのか歩き出した大和さんを見つめる事数十秒、「ついてこい」という耳を疑うような台詞を捉え、私は手にした剣を取り落としそうになった。
「一緒に帰っても?」
「無駄にすべき時間などない。己を認めさせたくば、行動で示してみろ」
「――喜んでッ!」
 大和さんと一緒にジプスまで帰れるなんて役得にもほどがある。今日も私の幸運は絶好調だとスキップしながらケルベロスの隣まで移動すれば、大きな鼻面を掌に押しつけられた。
「きみ、悪魔だったんだねぇ……」
 大和さんから一定の距離を取り付いていく私とケルベロス。こうしていると、なんだか私まで飼われているような気分になる。
「ケルベロス、ケルベロス……んー……、ポチとかの方が可愛いのにね?」
 何気なくかけた言葉にケルベロスが愕然とした表情を浮かべた気がしたが、悪魔の感情なんて分かるはずもないので気のせいだと無視することにした。
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