Shooting Star 2

 なにやら大変なことになってしまった。
 思えば今日は朝からおかしなこと続きだったと一日を振り返る。
 なんだかよく分からない死に顔動画とやらを配信するサイトに響希君の顔が載ってしまったり、意味不明なアプリとやらが勝手にダウンロードされてきたり。
 まぁ、元々携帯を持っていない私には関係なかったんですけどね。
 初めて文明の利器に頼らぬ生活をしていて良かったなぁ……と実感できた瞬間であったわけですが……。


 数十分前まで平穏そのものだった駅のホームを眺めながら、瓦礫の陰に身を潜め襲いかかってきた敵に見つからないよう戦闘場面を覗き見る。
 冷静に考えてみれば瓦礫の陰に隠れるのだって初体験だし、火の玉やら雷やらが飛び交う非日常的な光景だって勿論初めてだ。
 何から何まで初めて尽くしだと思うと少しだけ笑えてくるのが、人間ならではのしぶとさというやつだろうか。
「三人とも頑張ってーッ」
 小さな声で応援すれば大地君の耳に届いたのか、無理矢理笑顔を作ってみせてくれた。
「しかし……」
 悪魔とやらに身一つで挑む姿はなんとなくシュールだ。
「でもまぁ大丈夫かな」
 自他共認める幸運の持ち主である私がいるのだ。彼等がこんな場所で死ぬわけがない。
 奇妙な自信と共に過ごしてきた年月は、歪ながらも私の行動に影響を与える。
 そんなことをつらつらと考えている内に、いきなり襲いかかってきた悪魔とやらは綺麗さっぱり退治されていた。
「琉依! 大丈夫か?」
「ばっちりですぜ隊長。見事なまでに隠れきってみせましたのことよ!」
「良くやった琉依隊員!」
 私と大地君のやりとりをどこか疲れた顔で見ながら、響希君は「無事で良かった」と疲れたような笑みを浮かべた。
「えっと、琉依さん」
「琉依でいいよ。私もイオちゃんて呼ばせてもらうし。こんなところで会ったのも何かの縁だし、ね?」
「うん、分かった琉依ちゃん」
 噂の美人さんとお友達になれたのは、不幸中の幸い……もとい、私の幸運の御陰だろう。
「これからどうしよっか」
 響希君と大地君とは俗に言う幼なじみというやつだが、まさか生きている間にこんな厄介事に巻き込まれることになろうとは。
「そうだな……」
 今後の事を話し合おうと思った矢先、階段を下りてくる人気を確認し皆一斉に息を呑んだ。
「お前は生存者の確認を。私は――」
 なにやらいかつい服を着た美人さんが名乗ったのは、長ったらしい機関名。通称でジプスというらしいが正直良く分からない。
 迫さんという人と共にジプスとやらに行ったと思ったら、今度は慌てて逃げ出して。一息つく暇もなく大地君の死に顔動画が響希君と維緒ちゃんの携帯に送られてきて、それだけでも驚きの連続なのに、今度はお菓子みたいな物体が空から降っていきなり爆発して。
「アクション映画もびっくり!」
「ちょっとは危機感もとうね琉依」
「だってー」
 携帯が無い、イコール悪魔とやらが召還出来ない。イコール、戦力外の邪魔者。という悲しい方程式により、一人そそくさと逃げることになった私は暇そのもので。途中で会ったジョーさんにも「今時珍しいねぇ」なんて言われる始末だけれど、俗に言う文明の利器が苦手なのだから仕方ない。
「ねぇちょっと! 俺大変なんだけど!?」
「あ」
 頭上で器用に引っかかっている大地君が上げた悲鳴により現実に帰る。
「忘れてなかったよ!」
「先に言うとこが、ものすっごい怪しいんだけどね……」
 トホホと肩を落とす大地君の近くまで歩いて行き、私はおもむろに両手を広げた。
「ちょっ、琉依、危ないよっ!」
「大丈夫大丈夫! 私の運を信じなさいって! 幸運の一番星とは私の事よッ! さぁ、ダイチ! 今こそ私の胸に飛び込んできなさいっ!!」
「くぅぅ、なんだか琉依チャンが格好良く見えてきたワ」
 半泣き状態でぶら下がっている大地君に再度両手を広げ行動を促す。
「ワタシのこと、抱きしめてッ!」
「カモーンハニー!」
 意を決して飛び降りた大地君。急速に縮まる私達の距離。
「ちょ、あぶなッ……!」
 ガル、と誰かが悪魔に指示を出す声が聞こえた。
「うおっ!?」
 触れるか触れないかの距離にいた大地君の体が一瞬浮かび上がり、続いて私の上に落ちてくるが、殺しきれなかった加速をもろに受け私と大地君は瓦礫の上へ倒れ込んだ。
「二人共、大丈夫!?」
「体は丈夫だからねー」
 倒れても無傷な私と、ちょっぴり擦り傷の増えた大地君。これが運の差だと涙を浮かべた大地君に笑いかければ、「俺琉依に惚れちゃいそうダワ……」とがっくり肩を落としていた。
「まさか君たちだったとは」
「マ……マコト……さん!」
 いきなり現れた真琴さんに対し捕まえに来たのかと吼える大地君だったが、真琴さんは冷静そのものだ。
 ジプスから逃げたという事実はあるが、大地君が何故そこまで恐怖感を感じるのが分からない……と思っていたら、どうやらあのままだと私達は監禁される予定だったらしい。酷い話もあったものだ。
「ねぇ、ダイチ君。ジプスってところも、そんなに悪くないのかもしれないよ?」
「ちょっ、何言っちゃってんの琉依!」
「だって一辺倒の情報だけじゃ事実が見えてこないじゃない。現にダイチ君は思い違いをしてたんでしょ?」
「んなこと――ッ!」
「なるほど。それで逃亡した訳か」
 場に不釣り合いな凜とした声。
 全てを支配するかのように響く音は、意外にすんなり耳の中に滑り込んだ。
「局長……」
 強張った真琴の声に促されるよう視線を動かし……反射的に息を詰めた。
 色素の薄い髪。身を包む黒いロングコート。
 美人という単語はあの存在の為にあるのではないかと思えるほど、整った顔立ち。
「……」
「琉依?」
 隣から向けられる訝しげな視線も気にならないほどに、全神経が彼の存在へと向けられる。
 昔、彼と同じような美しい存在を目にしたことがあった気がする。否、たしかに私は出会った。記憶が古ぼけてしまいそうな昔に、赤く染まる公園で。たしかに――。
「ちょ、琉依? マジでどうしちゃったの?」
「……だめかも」
「は!?」
 どうしようもないほど高揚する感情は制御しきれなく、早くなった心音が耳の奥で木霊する。
 暗闇に浮かび上がる、夜空を切り取ったような、銀色。
 響希君との話が終わったのか、スローモーションのようにゆっくりと薄いグレーの瞳がこちらに向けられる。
 己の心音以外全ての音が消え去った世界で、私はただただ透き通る銀色を見つめていた。
「……し、だ」
「琉依?」

 崩壊した世界で、星を、見つけた。
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