Shooting Star

 彼女に出会ったのは、きっと運命だったのだと思う。



 人気のない公園のベンチに、人形のような子供が座っている。
 色鮮やかな着物は白い肌と色味のない髪をより一層引き立て、作り物めいた美しさは冷えた空気を従えていた。もし美術に携わる者が居たら、彼女を含めた一部の空間を切り取り、永遠に保存したいと願うに違いない。
 ただ、残念ながら彼女を視認出来る距離にいるのは私だけで、これまた残念なことに保護者が必須な年齢である私が、彼女の美しさを永遠に止めたいと願う心は持ち合わせていなかった。
「こんばんは」
 夕暮れ時の公園で座り続けている彼女に話掛けてみるが、相手はこちらを一瞥しただけで引き結ばれた口を開くことはしなかった。
「さっきからずっとすわってるけど、おうちにはかえらないの?」
 至極当然の問いを口にしても相手からの反応はなく、本当に作り物なのではないかと疑ってしまったほど。
「いきてるよね?」
「…………」
 話掛けても反応が無いのは正直寂しい。どうすれば彼女が反応を返してくれるのかと悩む事数分、自分が名乗っていないことに気付き、慌てたように自己紹介を始める。
「わたし、弥時琉依っていいます。あやしいものでは、ありません。だから、あなたのなまえをおしえて、くれませんか?」
 透き通ったグレーがこちらを値踏みするように動かされるが、悪い気はしない。むしろ美しい物を向けられて高揚すら覚えるようだった。
「お前は、何故私に拘る」
「え?」
 始めて聞こえた音は心地良いトーンで耳朶をすり抜けた。
「見ず知らずの他人に時間を割くなど非効率極まりない」
「だって、あなたがすわってたから」
 同年代と思われる子供が一人、誰も居ない公園で座っているのは普通に考えておかしいだろう。
「一般的な思考を当て嵌めるな」
「でも、さびしいよ」
「……寂しい?」
 彼女の身内はどうしているのだろう。待ち合わせにしても彼女が独りでいる時間は長い。
「貴様はおかしな事を言う」
「ふつうだよ」
 彼女を長いこと見つめていた私も普通ではないのだろうが、この際自分の事は棚に上げ彼女の目的を聞き出すべく音を重ねた。
「だれかまってるの? みちにまよったの? えっと、こうばん……あったとおもうけど、いっしょにいく?」
「私に構うな」
「でも」
「二度は言わぬ」
 無駄口は嫌いだと拒否の気配を纏う彼女に掛ける言葉が見つからない。仕方なく彼女から少し離れた場所に腰を下ろし、綺麗な横顔をぼんやり眺めた。見れば見るほど綺麗な人だ。性格は置いておいて、彼女のような人と友達になれたら、さぞや楽しいだろう。
 人形のような彼女と、一般人の自分が釣り合わないことなんて分かりきっているけれど、それでももう少しだけ彼女と会話を交わしたいと願うのは許されるだろうか?
「あのね、わたし、とってもうんがいいの!」
 彼女の視線が自分を捉えたことに満足し、気が逸れないように言葉を連ねる。
「でかけるときは、いつもはれるし、きょうはあなたにあえた! だから、きっと、あなたとともだちになれるとおもうの!」
 私の言葉に彼女は眉を顰め、一泊の猶予の後口端を器用に吊り上げた。
「貴様の運の良さとやらを証明する為に、私に友達になれと? これは傑作だな」
 くつくつと咽の奥を鳴らしグレーの瞳を眇める仕草に、心臓が小さな音を立てる。
「お前のような愚か者に遭ったのは久方降りだ」
「おろかもの?」
「ああ、愚かだな。度し難い愚かさだ」
 ひとしきり笑った後彼女は口を閉ざし、「だが」と小さな呟きを漏らす。
「愚直なまでの一途さは評価してやっても良い」
「……おともだちに、なってくれるってこと?」
「友など生温い」
 夕暮れを取り込み、淡く光るグレーを正面から見つめ返せば満足そうに細められ、また小さく心臓が鼓動を刻んだ。
「誓え」
 名を掛けて誓えと彼女は言う。
 何をどう誓うのか理解出来なかったが、彼女の言う「誓い」とやらをすればまた会えるのかと思って、即座に「いいよ」と答えを返した。
「私を裏切らないと誓え」
「うん。わたしはあなたをうらぎらないよ」
 だから、友達になってくれと笑えば彼女の口元が弧を描く。
「良かろう。私の名は峰津院大和」
「ほう……? やまと?」
「そうだ」
 女の子にしたら随分と堅苦しい名前だと思ったが、名付け親の意図を私が知るはずもなく、ヤマトと名乗った彼女の名を何度も口の中で繰り返した。
「ヤマト! これ、おともだちのきねんに、あげる!」
 高貴な着物を纏う彼女に不釣り合いだと理解はしていたが、この出会いを無かった事にしたくなくて、形として残る物を手渡したいと考えた。
「なんだこれは」
「へあぴん、だよ」
 小さな星の付いたヘアピンは私のお気に入りだ。
「わたしのうんを、おすそわけ!」
「馬鹿馬鹿し――いや、貰っておこう。お前の気が済むならばな」
「うん!」
 結局彼女が何の為にベンチに独り座っていたのか理由は分からなかったが、彼女と話し、知り合えたことが私の宝物だ。



 その後の事は良く覚えていない。
 年を追う事に毎日が忙しくて、数十分の出会いは記憶の奥底に仕舞われ思い出す事はなくなっていた。
 だが、十年以上前のあの日。
 黄昏が支配する公園で、私はたしかに星を手に入れたのだ。
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