Shooting Star 14

 出会いがあった。
 黄昏が支配する空間で、奇妙な子供につきまとわれた。
 一方的に向けられる好意は嫌悪対象であるのに、何故かその時ばかりは受け入れてやってもいいと思えた。
 押しつけられた小さな証を捨てようと思ったことは、一度や二度ではない。
 けれど……その星は、今も私と共に在る。


 口の中に鉄錆の味が広がる。屈辱だと憤る内心とは余所に、再生と崩壊が同居する空間で考えることは不思議な存在のことだけだった。
 世界の監理者を名乗るポラリスの攻撃は全てが重量級の攻撃力で、悔しいながらも流石と認めざるを得ない。味方の被害は甚大だし、手持ちの悪魔のストックも大分減ってきてしまった。そんな中でも希望を見失わないリーダー格である響希は流石だと言えるが、彼自身も隠しきれぬ疲労が表情に出始めている。
「ヤマト、大丈夫か」
「……無論だ」
 近づいてきた敵を倒すたびに内臓が軋みを上げる。空元気だと誰もが理解しているが、認めるわけにはいかない。
 こんな時……無尽蔵とも思える魔力を有する彼女がいれば、戦況を覆すキーアイテムとなりえたかもしれないのに、今此処に彼女はおらずポラリスへ辿り着く為のキーを持っていない彼女がターミナルを使用できるとも思えない。
「クッ……!」
 叶わぬ望みというものが、こんなに厄介なものだったとは考えもしなかった。
 携帯を握る手が震えるのを片手で押さえ込み、次々に襲いかかってくる敵を気合いで打ち砕く。気紛れのようにもたらされるポラリスからの攻撃にも苛立つし、何より無様な姿を晒している自身が一番許せない。
 だから……そう、だから。早鐘のように打ち続け悲鳴を上げる心臓を服の上から押さえ、丁度自身の手と心臓の間に感じる小さな星の存在を思い出し、気付いた時には彼女の名を呟いていた。
「どうしたいの?」
 居るはずのない人間の声が聞こえる。とうとう幻聴まで出てきたかと苦笑を貼り付け前を向くと、あの日都庁地下で出会った時と良く似た表情をした琉依が立っていた。
 自分の事を星のようだと形容した理解の範疇を越える女が、どうしたいのかと問いを投げてくる。
 すぐにでも霊力を分け与えるよう指示すれば、彼女はそれに従うだろう。
 だが、どうしたいかと問われた時、望むべきはたった一つ。
「ポラリスを倒せ、琉依」
「いいよ」
 その時突然、過去の光景と目の前の琉依が重なった。黄昏に染まる公園で出会った子供。
 独りは寂しいから友達になろうと、馬鹿な台詞を吐いた愚か者。決して自分を裏切らないと口約束を名を交わした存在が、満足そうに微笑む。
 星のようなのは、お前の方だ。ポラリスに背を向け慈愛に似た瞳でこちらの現状を確認し、一通り確認が終わるとゆっくりとした動作で瞼を伏せ、次の瞬間には苛烈な色を宿らせる。
 触れたら切れてしまうような攻撃性に一際心臓が大きく脈打った。
『添え星風情が、何をしにきた』
「あ、思ったよか私の事ちゃーんと把握してるんだ? 流石神様を名乗るだけはあるって感じなのかな」
 ポラリスの方に向き直り、さも愉快だと言わんばかりに体を震わせる琉依が、何を言っているのか疲労困憊の状態では正しく把握することが出来ない。
「一応補足しておいて上げるけど、スペアじゃなくて元々一つだったのを分けてるだけだからね。つまり、私もアレと同等ってわけ。そこんとこ間違えてると可哀相な目にあっちゃうよ?」
『堕ちた明星が』
 突然現れた部外者を排除するようポラリスが力を行使するが、全て琉依の手前で霧散する。何が起こっているのかと目を丸くする他の仲間とは余所に、琉依が前に立てば当然の結果だと思う己が居た。
「あー、それも一応訂正しておくと、私まだサヨナラ判定されてないんだよね……。ま、後任が見つかってないみたいだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど。って、そんなことは知ってるか」
 神様だもんね、と紡ぐ琉依の声はひどく冷たい。
 彼女の心情など分かるはずもないが、ポラリスとばかり話している琉依に僅かな憤りを感じたのもたしかだ。
「琉依」
「どうしたの、ヤマト?」
 響希や志島から言わせれば焼きもちという低俗な単語が飛び出したに違いないが、幸運な事に無駄口を叩けるほどの体力を残している者はおらず、琉依の耳に届いたのは己の声だけだった。
「遊ぶな」
「ちょっとくらい良いじゃない、嬉しいんだから」
「嬉しい……だと?」
「うん、嬉しいよ。だって……ヤマトは思い出してくれたから」
 白い指先で長いネクタイを辿り、心臓の上で指を止める。
「持っててくれたでしょ」
「これは……」
「いいの、ヤマトが持ち続けてくれていた、っていう事実が嬉しいの。だってそれがあったから、私は此処に居られるんだもの」
「……どういう意味だ」
「召還媒体」
 ヤマトなら分かるでしょ? と涼やかな声で笑い、琉依は再びポラリスへと向き直る。
 自分を守るように立つ女の後ろ姿は自身に満ちあふれており、世界の管理者など歯牙にも掛けないと言わんばかりの態度だ。
「私としても、アナタには言いたいことがあるんだよね。平行世界を管理してるとかなんだか知らないけど、人間界で勝手されちゃ困るんだわ。年期の古さならこっちも筋金入りなんでね、ぽっと出の後出し存在にはいそうですか、ってくれてやるわけにはいかないの」
『戯れ言を』
 再び向けられたポラリスの攻撃を無効化し、短気だなぁと琉依は笑う。
 今現在の状況で琉依という存在が何なのかは判断出来ないが、分かっていることがあるとすれば、琉依は絶対に自分を裏切らない存在であり――自分が持ち得る中で、もっとも強大な力を宿した存在であるということだ。
「ま、あれ。ずっと立ち話してるのもなんだし……そろそろお暇してもらおうかな」
 ポラリスの管理してる空間が内側から軋みを上げる。情けない悲鳴を上げる志島の声を聞きながら、事実を取りこぼさぬよう眼前の女を見つめ続けた。
 音を立てて現れる三対の翼。闇夜から浮き出るよう出現する、普段目にしないような高レベルの悪魔達。
 お久しぶりです、とか琉依様とか、そういった類の音は拾えたが、何より人の姿を持ちながら人ではない事実を提示した から目が離せない。
 未曾有の危機という状況下で彼女に出会ってから、一人飄々とした態度をとり続けていた琉依という存在がなんであるのか考えていた。
 何故彼女が此処に来れたのかと、答えを貰った後も考えていた。
「星、か」
 自らを幸運の一番星と、馬鹿げた事ばかり言う女だと蔑んでいたが……なんのことはない、彼女はずっと本当のことを言っていただけに過ぎなかったのだ。
 宵闇の空に一際輝く一番星、明けの明星。
 もうずっと昔に、自分と彼女は契約を交わしていたのだと……こんな状況下になって漸く理解した。
「さ、お喋りはもうおしまい」
 琉依の傍に控える大量の悪魔が、今か今かと号令を待っている。
「ショータイムよ」
 その言葉が引き金となって、文字通り数の暴力がポラリスへと襲いかかった。



 星空の中に居るようだと思う。
 あの後空間ごと再生したポラリスは、響希君達の力を認め世界を再生することを約束した。
「なぁ琉依って悪魔だったのかよ!?」
「そうだよ」
「あっさり肯定しちゃわないでくれる!?」
「ごめんごめん、自分でも忘れてたから仕方ないじゃん。これでも人間みたく死ぬ魔王ってことで、そっち方面では結構有名なんだよ?」
「知らないわそんなのっ! もう、なんなのこの子ッ!」
 最後まで叫びながら離れていく大地君を眺め、響希君と笑い会う。まるで昔に戻ったようだと懐かしみながら、改めて隣にいる存在へと向き直った。
「琉依はどうするの」
「一度里帰りしておこうかな、とは思ってる。ポラリスの言うことが本当ならこの七日間が無かったことになるわけでしょ?」
「らしいね」
「あっちにも私が起きたってことは伝わってるだろうし、回帰されちゃう前に帰っておくよ。ほら、人間界と違って魔界はちょっと特殊だからさ、記憶が消されない内にね」
 ポラリスによる修復が終わる前に立ち去ると告げれば、響希君は少し悲しい表情をしながらも「頑張ってね」とこちらの事を気に掛けてくれる。
 正直里帰りは憂鬱だといえなくもないが、自分が悪魔だと自覚してしまったからには仕方ない。それに……このまま回帰して大和の事を忘れてしまうのも嫌だし。
「琉依」
 そんなことを考えていたら、都合良く大和の声が耳に届いた。
「ヤマト」
「お前に言っておくべきことがある」
「うん」
 相変わらず尊大な態度で言葉を紡ぐ大和。今居る空間の見た目も相まって、つい空に浮かぶ星のようだと考えてしまう。
「勝手は許さん」
「うん」
「私から離れるな」
 心臓が跳ねた。高圧的な抑揚で告げられた音は、確実に私の心を打ち抜いて大和という存在を刻み込む。
 甘さの欠片もないけれど、大和が私に向けた感情は正確に理解できて、嬉しさで涙が出るかと思った。
「おい、ヤマト。他に言い方があるだろ、もっとこう……さ」
「ム……何が不満だ」
「いや、俺じゃなくて琉依が……」
 同意を求めてきた響希君に首を振ることで答えとし、改めて大和へ向き直る。
 薄い色彩、意志の強い瞳。一目で彼に恋をして、傍にいたいと願った。
「返事は、琉依」
 大和に告げる言葉なんて、たった一つしかないじゃない。
「いいよ」
 分かってて聞いてきた大和に笑みを向け、とっておきの感情を込めて彼のためだけの一言を音にすれば、満足気な笑みを浮かべ大和が離れていく。
 そうして、慌ただしかった八日間は終わりを迎え、似て非なる明日への一歩が踏み出される。
 またいつかポラリスが人間界に牙を剥くかもしれない。その時はどうしようかと考え、きっと彼等と共に濃密な時間を共有するのだろうと根拠のない実感に苦笑する。
 でも、昔と一つだけ違うことがあるとすれば……この胸に宿った想いを、決して忘れないということだけ。
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