Shooting Star 13

 出会いがあった。
 黄昏に染まる空間で、一際輝く星のような存在に一目惚れをした。
 人形のように感情を殺した存在の瞳に映りたくて、気付いたときには名を告げていた。
 それが、始まり。


 ミザールを倒した響希君達はいよいよ世界の選択に挑むことにしたらしい。結果として響希君が選んだのは幼なじみである大地君の意見を考慮し、最後まで一番良い方法を模索するというものだった。
 長い夜が明けて朝が来る。空が白み、世界が色付く。
 繰り返される日々の中でも美しいと思える光景に息を吐き、肌へと染みこむ柔らかな温度を堪能する。
 肺に溜まった空気を総入れ替えするよう深呼吸すると、今まで燻っていた違和感が綺麗さっぱり消えているのを感じた。
「今日で最後かぁ」
 日数にしたらたった一週間。よくもまぁ七日間にこれだけ詰め込めたものだと感心したくなるような密度の濃さに、自嘲に似た笑みが口元を彩る。
 のんびり生きてきた十八年をあっさり覆してしまうほどの濃密さも、全て始めから決められていたことなのだろうか。
 だとしたらポラリスとやらもたいした物だと賞賛したくなるが、世界の監理者を名乗る存在であるという事実が気にくわない。
 常に他より上に在り、その他全てを見下す所業をあっさり受け入れてあげるほど、こちらも人間が出来ていないのだ。同じ上から目線なら大和さんの方が数十倍良いと考え、来るべき邂逅を脳裏に描く。
 今は未だ思い出さなくても良い。私がそうであったように、彼の精神にもあの時の光景は根付いているはずなのだから、近い将来交わる時が来るだろう。
「早く思い出してね」
 じゃないと私はいつまで経っても途中退場のままだ。
 彼等の物語に踏み込むべきでないと理解はしているが、関わった者として結末を知る権利を貰っても文句は言われまい。
 響希君達がどんな未来を望むのか興味があるけれど、今の私に用意されているのは観客席。
「当面は高みの見物と洒落込みますかね」
 願わくばもう一度舞台に立つ機会がありますようにと、らしくないことを願いながらオレンジ色に染まる空を見つめた。



「こっちの資料棚はアウトー。それっぽいの、なかったぜ?」
「フム……そうだろうな。では、次は隣の書庫を探せ。迅速にな」
「いっ……隣のも!? めちゃくちゃ量あんだけど、マジデスカ…?」
「……同じ事を言わせるな。何か支障でもあるのか?」
「よさげな情報あった?」
「ム……響希か」
 ベネトナシュ対策のためジプスの書架を調べるよう指示を出す大和の背後から、タイミングを見計らって響希が声を掛ける。
 大地に別の棚を探すよう指示し、大和は何か言いたそうな響希へと向き直った。
「私に用か」
「ああ、うん。察しが良くて助かるよ。ちょっと聞きたいんだけど……ヤマトは琉依の事どう思ってるわけ?」
「急になんだ」
「いや、俺が言うのもなんだけどさ。琉依ってヤマトの事好きだったみたいだから」
 幼なじみの恋を応援したかったのだと微笑する響希とは裏腹に、大和は琉依と会話をしている最中に感じた奇妙な感覚が支配するのを感じていた。
 力のある者は好ましい。実際琉依は剣という媒体に宿っているとはいえ、高位の悪魔を使役し戦果を上げたが、彼女の功績は当然のものとして大和の中でカウントされる。
 何故そう思うのかという理由は分からなくとも、琉依という存在は自らの為に動く駒であるのだと大和は認識していた。
 配下であるジプスの局員とはまた違ったベクトルで存在する一人の女性。琉依は絶対に裏切らないという裏付けのない確信。常ならば不確定要素に基づいた心情など唾棄すべきものであるが、彼女に対してはそれが当てはまらない。
「ヤマト?」
 理由など必要ないと言わんばかりの自然さでいつの間にか傍に居た存在。どのような事態に陥っても味方だと信じられる存在は、敵に囲まれた人生の中で肩の力を抜いてもいいのだと教えてくれるようで。
「……戯れ言に割く猶予はない、違うか?」
 紡いでは、認めてはならない音を無理矢理呑み込み、曖昧な答えではぐらかす。
「ヤマトってお堅いよね……はぁ」
「私を失望させないでくれたまえよ、響希」
「分かってるよ。んで、こっちが本題。トランペッターの封印を解いて欲しいんだけど」
「トランぺッターだと? なぜ、その悪魔の名を……。……なるほど、さては菅野だな? トランぺッターならば、ベネトナシュをジャミングして、あの攻撃を封じる事が可能だと」
「流石ヤマト、話が早くて助かるよ」
 肩を竦め微笑を浮かべる響希の本心を大和が察することは出来ない。ただ分かっていることがあるとすれば、普段響達の傍にいた が姿を消しているということ。
「トランぺッターの封印は、東京だ。日比谷公園にある。解除コードを預けよう、お前が指揮をとってくれ」
「ヤマトは?」
 向けられた問いに口を噤み、向けたい問いを喉の奥で押しとどめ、必要最低限の言葉を綴り資料室を後にする。
 自分は運が良いのだとことある毎に口癖のように言い、危機感という単語がもっとも不似合いだった女性。
「ヤマトどうした?」
「何がだ」
「唇でも切った?」
 響希に指摘され、無意識の内に片手で唇をなぞっていたことに気付く。全てを押し隠したような曖昧さで大和を星のようだと表現した女は、今頃何をしているのだろうか。
 考えても意味のない疑問を頭の片隅に住まわせながら前を歩く響希の背を視線で追い、星と形容するのは彼のような存在こそが相応しいのではないかと、大和は探索と関係ないことを考えながら後に続いた。



「あら、残留思念になって会いに来て下さったんです?」
 ベネトナシュを倒し一夜明け、響希君達は最終決戦へ挑む手筈を整えていた。一度は敵となった仲間を説得し、全員揃ってボスであるポラリスへと挑む姿は、人間が持つ可能性を表しているようで見ていて清々しい。
「星を名乗る者、君はいつまでそのままでいるんだい」
「お呼びの掛からない役者が、勝手に舞台に立つことはルール違反ですから。って、そんなことを言いに来たのではないんでしょう?」
 派手な色合い越しに太陽を見つめながら、今頃彼等はポラリスの元へ着いたのかと考える。
「君の答えを聞いておこうかと思ってね」
 相変わらずの笑みを湛えながら消えゆく存在が音を紡ぐ。
「貴方は運命って信じる?」
 一瞬で全てを奪われるあの感覚を、人外であるこの存在は知っているだろうか。
「君は峰津院大和との出会いを運命だと思ったのか」
「俗っぽい言い方をすれば一目惚れね」
 全てを放棄しても彼が欲しいと、抗えない強い感情が自分を突き動かした。
「後悔はしないのかい」
「変なことを聞くのね、貴方。定められた時間の中でしか生きられないからこそ、人間は生命力に溢れ美しく輝いている」
 いつか訪れる離別が絶対に悲しいと理解しているからこそ、今を大切に生きようと思えるのだ。
「君は不思議な存在だな」
「あ、分かる? でも私から言わせてもらえば同じ穴のムジナってやつじゃない?」
 砕けた口調に切り替え、半分以上姿の消失した存在に笑いかける。人の未来を憂い、人に知恵を授け、人を導こうとした人間贔屓のセプテントリオン。
 他人事だと割り切れない心情に苦笑を交え、遙か遠く別次元で戦っているであろう彼等に想いを馳せる。
「良いことを教えてあげる」
 私は彼を信じている。黄昏の世界での邂逅を、必ず思い出すと信じている。
 その証拠にほら――よばれた。
「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死んじゃうんだよ」
 観客席から舞台へ。
 くるりと一回転し髪を靡かせた私の背後から、「いってらしゃい」という声が聞こえた気がした。
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