Shooting Star 12

 頃合いを見計らって東京支局へ戻ると、走ってきた維緒ちゃんとすれ違い、危うくぶつかるところだった。
「な、なに?」
 泣いているようにも見えたが、一体何があったというのか。
 また大和さんに論破されたのかとも思ったが、気丈な維緒ちゃんが泣くなんてよっぽどのことがあったに違いない。
「維緒ちゃんとすれ違ったけど……何があったの?」
「琉依!」
「ひぃっ!」
 緋那子さんに両肩を掴まれ力一杯揺さぶられると、視界の中で星が散りばめられるような気がする。こんなところで見えても嬉しくないと目尻に涙を溜めながら、騒ぎ立てる彼女の言葉に耳を傾けた。
「アンタはどないやねん!」
「な、なにがですか」
「依り代や!」
「は、はなしが、みえま、せん!」
「落ち着いて、ヒナコ」
 響希君に諭されようやく揺さぶることを止めてくれた緋那子さん。危うくリバース一歩手前までいってしまうところだったと内心胸を撫で下ろし、告げられた言葉を理解すべく説明を求める。
 彼女が語るには、無の浸食を受けたと龍脈のカギとなる悪魔、ルーグの概念を補うべく、人を依り代として降魔させるのだという。
 そして、依り代たる適正を持つのが、維緒ちゃんと私なのだとか。
「フフ……私は誰でも構わないぞ」
「ヤマトは黙っとき! なぁ琉依、アンタは、その……」
 歯切れの悪い緋那子さんから推察するに、彼女は維緒ちゃんを助けたいのだろう。だが、維緒ちゃんを助けるとなれば必然的に私が依り代となり悪魔の概念を補わなくてはならない。
「んー……別にやってあげてもいいんだけど」
「琉依?」
 横目で大和さんを確認してみると、相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま。
「多分失敗すると思うんだよね」
「は?」
「どういうことか説明しろ、琉依」
 根拠を述べろと命令してくる大和さんに、なんと答えたらいいものかと頭を捻りながら出した答えは、我ながら陳腐で場にそぐわない軽さのものだった。
「レベル的な問題で」
「レベルだと?」
「レベルが足りないから、私にルーグを降ろすのは無理じゃないかな」
 呆れ果てたと言わんばかりの視線が四方から突き刺さるこの状態は、まさしく針のむしろ。
 でも、失敗が許されぬというならば確実性をとらなくてはならない。その為にも、私にルーグを降ろす選択肢は消しておかねばならぬのだ。
「補助とかは出来ると思うけど、百パーセント失敗すると思います」
「アンタはそれでええんか!」
「いや、だって……」
 維緒ちゃんが危険に晒されるのは私だって嫌だけれど、これは彼女の為にも乗り越えるべき試練だと思う。
「役立たずでゴメン」
 無言で立ち去る大和さんの後ろ姿を見つめながら紡いだ音は、自分でも分かるくらいに暗い声だった。



 ぎくしゃくとした空気のまま都庁前広場に集まる。
 維緒ちゃんは決意の意志を瞳に宿し、大和さんと会話を交わしていた。
「術式が終わるまで、何があっても君はそこにいろ。動けば全てがムダになる。響希、君たちはこの場で新田を守るんだ、いいな?」
「ヤマトは?」
「君も見た地下の方陣さ。術式をとり行う人間が必要だ。では……武運を祈るぞ」
 大和さんの言葉に緊張を高める響希君達。悩んでいる間にも術式は開始され、周囲に悪魔が集まってくる。
「くぅ〜……! やっぱこういうコトかよぉ!」
 嘆く大地君の声を合図に総員が戦闘態勢に入る。無論私も参加するわけなのだけれど……。
「どうした、琉依?」
 片手を見つめたまま動かない私に響希君が声を掛けてくる。悪魔を倒すことに抵抗なんてものは感じない。ただ、嫌な予感がするのだ。
 未だ自分の中でゆるやかに混ざり合いつつある「何か」を許容してしまうには時期早々で、出来ることなら切欠が訪れるまでこのままの状態を保っておきたい。
「マサカド、これからはヒビキ君の指示に従って」
 響希に持っていた剣を押しつけ、呼び出したマサカドが了承したのを確認し彼等に背を向ける。
「琉依!」
「ごめん、もうちょっとだけ時間を頂戴」
 我が侭だと理解しているけれど、せめて自分の中で区切りがつくまで待って欲しい。
 実際そんな時間も猶予も無いことなんて重々承知だが、どうしても今のまま戦闘に参戦することは出来ないのだ。
 呼び止める多数の声を受けながら戦場を離脱し、大和さんがいる都庁の地下へと向かう。
 人気のない都庁は静まりかえっていて、外での戦闘が嘘のような静寂を保っている。
 数日前までは政に携わる人々で賑わっていた場所。
 仕事に追われた人々や、観光に来た人々で賑わっていた場所。
 それがこんな状態になるなんて、誰が想像しただろう。
 周囲に反響する己の靴音を聞きながら、地下へと続くエレベーターに乗り込む。早いのか遅いのか分からない速度で辿り着いた先では、風もないのに黒いコートを靡かせ大和さんが術を執り行っていた。
 かなり集中しているのか私の事に気付いていないらしい大和さん。遠い場所から彼の後ろ姿を見つめ、淡い光を放つ方陣をぼんやり見つめる。
 大和さんは龍脈を使役する術だとあっさり言ったけれど、実際どれほどの負担が掛かるのか分からない。奥の手だと称されていたことから推測するに、本当はかなり危ない術式なのではないだろうか。
 彼を護りたいと思う。役に立ちたいと思う。けれど、今の私には不可能でそれが泣きたくなるくらいに悔しい。
「……あ」
 光が落ちてきたと思った。
 一直線に方陣に向かって突き刺さる光の柱。呼応するように立ち上る力の具現。
 天高く昇っていくのが具現化された龍脈なのだろう。荘厳ともいえる光景に視線を奪われていると、ようやく私という存在に気付いたらしい大和さんが小さな音で名を呼ぶのが聞こえた。
「お前は何をして……いや、丁度良いと言うべきか」
 高らかに踵を鳴らし近づいてくる大和さんは、背後に漂う光もあってか星空の中にいるようだ。
 一際輝く一番星。
「琉依、私に力を寄こせ」
「いいよ」
 数歩の距離で止まった大和さんに近づき、彼の両肩に手を置く。
 白磁の相貌、煌めく髪。
 そう、久しぶりに……美しいものを見たと、あの時心が震えたのだ。
「――」
 血の気のない唇に口付け、疲労した彼へと魔力を送る。一瞬か数分か、大和さんの手が背に回されたのを確認し、私は冷たい唇の感触から離れた。
「お前は何を考えている」
「……多分、何も」
 うっすらと色付いた大和さんの唇を見つめながら思うのは、見た目よりもしっかりした体躯をしているということ。
 仮にもジプスという機関の頂点に立つ存在なのだから、ひ弱でないことは明確だが、触れた部分から伝わる堅さは服のせいだけではあるまい。
「ならば問いを変えよう。お前は彼等と共に行く心づもりか」
「ヒビキ君達と? ……それは……多分、ないかな」
「では」
 手袋に覆われた手が頬を撫でる。距離は近いのに、色気の欠片もない現状に思わず笑い出したい気分になった。
「私と共に来るか? 弥時、琉依」
 退路を残したままの問いは卑怯だ。探るように添えられた大和さんの手に己の手を重ね、ゆっくりとした動作で頬から引き離す。
「答えは、もう持ってるのに?」
「なんだと?」
 来い、と命令してくれれば、何の迷いもなく大和さんに着いて行けたのに。
 これが、気付いた者と気付いていない者の差なのだろう。
 僅かに空いた距離を広げるべく、大和さんの首元に片手を置く。ファッショなのか決まり事なのか、必要以上に長いネクタイの上で指を滑らせ、心臓の上で動きを止めた。
「ヤマトさんて、星みたい」
 微笑に様々な想いを込め彼の拘束から抜け出し、追ってくる事のない声を寂しいと感じながら都庁地下を後にした。



 頃合いを見計らって東京支局へ戻ると、走ってきた維緒ちゃんとすれ違い、危うくぶつかるところだった。
「な、なに?」
 泣いているようにも見えたが、一体何があったというのか。
 また大和さんに論破されたのかとも思ったが、気丈な維緒ちゃんが泣くなんてよっぽどのことがあったに違いない。
「維緒ちゃんとすれ違ったけど……何があったの?」
「泰子!」
「ひぃっ!」
 緋那子さんに両肩を掴まれ力一杯揺さぶられると、視界の中で星が散りばめられるような気がする。こんなところで見えても嬉しくないと目尻に涙を溜めながら、騒ぎ立てる彼女の言葉に耳を傾けた。
「アンタはどないやねん!」
「な、なにがですか」
「依り代や!」
「は、はなしが、みえま、せん!」
「落ち着いて、ヒナコ」
 響希君に諭されようやく揺さぶることを止めてくれた緋那子さん。危うくリバース一歩手前までいってしまうところだったと内心胸を撫で下ろし、告げられた言葉を理解すべく説明を求める。
 彼女が語るには、無の浸食を受けたと龍脈のカギとなる悪魔、ルーグの概念を補うべく、人を依り代として降魔させるのだという。
 そして、依り代たる適正を持つのが、維緒ちゃんと私なのだとか。
「フフ……私は誰でも構わないぞ」
「ヤマトは黙っとき! なぁ泰子、アンタは、その……」
 歯切れの悪い緋那子さんから推察するに、彼女は維緒ちゃんを助けたいのだろう。だが、維緒ちゃんを助けるとなれば必然的に私が依り代となり悪魔の概念を補わなくてはならない。
「んー……別にやってあげてもいいんだけど」
「泰子?」
 横目で大和さんを確認してみると、相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま。
「多分失敗すると思うんだよね」
「は?」
「どういうことか説明しろ、泰子」
 根拠を述べろと命令してくる大和さんに、なんと答えたらいいものかと頭を捻りながら出した答えは、我ながら陳腐で場にそぐわない軽さのものだった。
「レベル的な問題で」
「レベルだと?」
「レベルが足りないから、私にルーグを降ろすのは無理じゃないかな」
 呆れ果てたと言わんばかりの視線が四方から突き刺さるこの状態は、まさしく針のむしろ。
 でも、失敗が許されぬというならば確実性をとらなくてはならない。その為にも、私にルーグを降ろす選択肢は消しておかねばならぬのだ。
「補助とかは出来ると思うけど、百パーセント失敗すると思います」
「アンタはそれでええんか!」
「いや、だって……」
 維緒ちゃんが危険に晒されるのは私だって嫌だけれど、これは彼女の為にも乗り越えるべき試練だと思う。
「役立たずでゴメン」
 無言で立ち去る大和さんの後ろ姿を見つめながら紡いだ音は、自分でも分かるくらいに暗い声だった。



 ぎくしゃくとした空気のまま都庁前広場に集まる。
 維緒ちゃんは決意の意志を瞳に宿し、大和さんと会話を交わしていた。
「術式が終わるまで、何があっても君はそこにいろ。動けば全てがムダになる。響希、君たちはこの場で新田を守るんだ、いいな?」
「ヤマトは?」
「君も見た地下の方陣さ。術式をとり行う人間が必要だ。では……武運を祈るぞ」
 大和さんの言葉に緊張を高める響希君達。悩んでいる間にも術式は開始され、周囲に悪魔が集まってくる。
「くぅ〜……! やっぱこういうコトかよぉ!」
 嘆く大地君の声を合図に総員が戦闘態勢に入る。無論私も参加するわけなのだけれど……。
「どうした、泰子?」
 片手を見つめたまま動かない私に響希君が声を掛けてくる。悪魔を倒すことに抵抗なんてものは感じない。ただ、嫌な予感がするのだ。
 未だ自分の中でゆるやかに混ざり合いつつある「何か」を許容してしまうには時期早々で、出来ることなら切欠が訪れるまでこのままの状態を保っておきたい。
「マサカド、これからはヒビキ君の指示に従って」
 響希に持っていた剣を押しつけ、呼び出したマサカドが了承したのを確認し彼等に背を向ける。
「泰子!」
「ごめん、もうちょっとだけ時間を頂戴」
 我が侭だと理解しているけれど、せめて自分の中で区切りがつくまで待って欲しい。
 実際そんな時間も猶予も無いことなんて重々承知だが、どうしても今のまま戦闘に参戦することは出来ないのだ。
 呼び止める多数の声を受けながら戦場を離脱し、大和さんがいる都庁の地下へと向かう。
 人気のない都庁は静まりかえっていて、外での戦闘が嘘のような静寂を保っている。
 数日前までは政に携わる人々で賑わっていた場所。
 仕事に追われた人々や、観光に来た人々で賑わっていた場所。
 それがこんな状態になるなんて、誰が想像しただろう。
 周囲に反響する己の靴音を聞きながら、地下へと続くエレベーターに乗り込む。早いのか遅いのか分からない速度で辿り着いた先では、風もないのに黒いコートを靡かせ大和さんが術を執り行っていた。
 かなり集中しているのか私の事に気付いていないらしい大和さん。遠い場所から彼の後ろ姿を見つめ、淡い光を放つ方陣をぼんやり見つめる。
 大和さんは龍脈を使役する術だとあっさり言ったけれど、実際どれほどの負担が掛かるのか分からない。奥の手だと称されていたことから推測するに、本当はかなり危ない術式なのではないだろうか。
 彼を護りたいと思う。役に立ちたいと思う。けれど、今の私には不可能でそれが泣きたくなるくらいに悔しい。
「……あ」
 光が落ちてきたと思った。
 一直線に方陣に向かって突き刺さる光の柱。呼応するように立ち上る力の具現。
 天高く昇っていくのが具現化された龍脈なのだろう。荘厳ともいえる光景に視線を奪われていると、ようやく私という存在に気付いたらしい大和さんが小さな音で名を呼ぶのが聞こえた。
「お前は何をして……いや、丁度良いと言うべきか」
 高らかに踵を鳴らし近づいてくる大和さんは、背後に漂う光もあってか星空の中にいるようだ。
 一際輝く一番星。
「泰子、私に力を寄こせ」
「いいよ」
 数歩の距離で止まった大和さんに近づき、彼の両肩に手を置く。
 白磁の相貌、煌めく髪。
 そう、久しぶりに……美しいものを見たと、あの時心が震えたのだ。
「――」
 血の気のない唇に口付け、疲労した彼へと魔力を送る。一瞬か数分か、大和さんの手が背に回されたのを確認し、私は冷たい唇の感触から離れた。
「お前は何を考えている」
「……多分、何も」
 うっすらと色付いた大和さんの唇を見つめながら思うのは、見た目よりもしっかりした体躯をしているということ。
 仮にもジプスという機関の頂点に立つ存在なのだから、ひ弱でないことは明確だが、触れた部分から伝わる堅さは服のせいだけではあるまい。
「ならば問いを変えよう。お前は彼等と共に行く心づもりか」
「ヒビキ君達と? ……それは……多分、ないかな」
「では」
 手袋に覆われた手が頬を撫でる。距離は近いのに、色気の欠片もない現状に思わず笑い出したい気分になった。
「私と共に来るか? 金山、泰子」
 退路を残したままの問いは卑怯だ。探るように添えられた大和さんの手に己の手を重ね、ゆっくりとした動作で頬から引き離す。
「答えは、もう持ってるのに?」
「なんだと?」
 来い、と命令してくれれば、何の迷いもなく大和さんに着いて行けたのに。
 これが、気付いた者と気付いていない者の差なのだろう。
 僅かに空いた距離を広げるべく、大和さんの首元に片手を置く。ファッショなのか決まり事なのか、必要以上に長いネクタイの上で指を滑らせ、心臓の上で動きを止めた。
「ヤマトさんて、星みたい」
 微笑に様々な想いを込め彼の拘束から抜け出し、追ってくる事のない声を寂しいと感じながら都庁地下を後にした。



「……星、だと?」
 女の細い指が置かれていた場所に片手を当て、大和は呟く。
 仕立ての良い衣服にそぐわない、ネクタイの裏側に付けられた安っぽいピン。いつから所持しているのか覚えていないが、何故か捨てることを躊躇われなんとなく身につけてしまうそれ。
 古い物であるのは明確なのに劣化しない存在は、己と時間の流れが違うのではないかとすら感じる。気にしたことが無かったと言えば嘘になるが、いつからか自身の生活に組み込まれていたアイテムを改めて見直してみると、形容しがたい違和感のみが胸中に沸き上がった。
「なんなのだ」
 あの女はなんだ。高位の悪魔を使役し、息をするような自然さで自身の領域に踏み入っていた、あの女は何者だ。
 答えは既にあると言い切った根拠を述べろ。既に無い後ろ姿に向かって問い掛けてみても声が返ってくるはずはなく、その事実が苛立ちとなって脳裏を掠める。
「星……か」
 何気なく視線を落とした黒の向こう、忘れかけられていた存在を主張するかのように、未だ漏れ出る方陣の光を受け小さな星が輝いた。

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