Shooting Star 10

 半ば強制的に札幌に来たのはいいものの、周囲が荒れ果てて外気も寒ければ、某悪魔のせいで冷え切った私の心もよりいっそう寒くなっていく。
 どうせなら観光に来たかったと内心でぼやき灰色の空を見上げると、何かキラキラした物が降っていることに気付いた。
「雪?」
 白く舞う粉雪を掌で掬いとるが、体温ですぐに溶けてしまう。当たり前の現象を何故か物悲しいと感じながら、しがみついたままのカーマに視線を向ける。
「いい加減離してくれない? 重いんだけど」
「つっ、冷たいのネ!」
「冷たいとかそういう以前に、邪魔。鬱陶しい」
「ひぃぃ……なのネ……」
 わざとらしく泣き崩れるカーマと大和さんの会話をぼんやり聞きながら、ゆっくりとした速度で降ってくる粉雪を見つめる。
 雲の隙間から漏れ出た陽光を受け光りながら落ちてくる存在は、まるで星のようだ。
 小さな淡い星を両手で受け止めながら札幌上空にいるらしい、星の名を抱く敵のことを考えてみる。敵が落下すればこの地は終わり。元より死の街と化していた都市なのでこれ以上の被害はないが、それでも外敵のせいで景観が損なわれるのは良い気がしない。
「弥時、待避するぞ」
「……はい」
 話が付いたのか、渋々といった感じで離れたカーマを見つめ踵を返す。なんとなく札幌の風景をもう一度見たくて振り返ったけれど、先程のような郷愁に似た思いは沸いてこなかった。
「星かぁ……」
 ターミナルで戻ってくると同時に大和さんが響希君へと連絡を入れる。彼の立てた計画が失敗するわけがなく、時間をおいて響希君達は敵のコアを倒しに札幌へ向かうらしい。
「弥時、お前は待機していろ」
「言われなくても」
 戦闘狂じゃあるまいし、自ら進んで敵を屠りたいとは思わない。いつだって私の一番はあの人で、あの人の望みを叶えることが、私の――。
「あれ?」
「なんだ」
「あ、いえ、ちょっと……?」
 またこの感覚だと片手で首の後ろを押さえる。
 ナンパ男に遭遇した時のような焼け付く感じは、焦燥に似た感情を煽り奇妙な爪痕を心の奥に残していく。
「よもや毒に当たったなどと言うわけではあるまいな」
「まさか、そんな馬鹿はしませんよ」
「フッ、ならば良い。弥時、後で晩餐会を開く。お前も出席するといい」
「お誘いとあれば喜んで」
 局員の人たちと去っていく後ろ姿を見つめながら思うのは、落としどころのない感情をどうすべきかということである。
 多分、おそらく、私は大和さんが好きなのだろう。一目惚れというのも勿論あるけれど、恋とか愛とか生温いものではなく、渇望と称するに相応しい名前のない感情が胸の内に巣くっている。
 傍にいたいと思う気持ちを、好きという単語で表現するしかない程度には、制御しきれない強い感情。
「でも、だめ」
 私からの言葉は大和さんに届かない。かといって、大和さんの意識をどうすればこちら側に向けることが出来るのかも分からない。
 あの時たしかに私を見た瞳は別の人に向けられ、仕方ないと分かっていても一抹の寂しさを覚えてしまう。
 相容れない。理解しているからこそ望み、求め、手に入れたいと浅ましくも願う。そうしてとりとめもない思考を重ね、最終的に「これは本当に私の考えなのだろうか?」と意味不明な結末に辿り着くのだ。
「上手くいかないことばっかりで、嫌になっちゃうわ」
 運の良さだけが売りだった人生において、こんなにも悩んでいるのは初めてではなかろうか。
「今はヒビキ君達の勝利を願っておきますか」
 答えのでない悩みに時間を掛けているよりも、近しい者の勝利を願う方が有意義だと、彼等が帰ってくるまで祈り続けた。


 響希君達が無事敵を倒し、大和さんが言った晩餐会とやらが始まったのはいいものの、案の定不穏な会話が繰り広げられるだけで終わってしまった。
 世界をこんな状態にしたのはポラリスというセプテントリオンの親玉らしき存在で、大和さんはこの腐った世界を再構築するのだとか。
 なんだかスケールが壮大過ぎて良く分からなかったものの、他の人たちのような反発感も特にこれといって感じなかった。
「なんか食べた気がしない」
 会議場を後にし、味のしなかった料理を思い出す。現状から考えればかなり高価な料理の数々だったと思いはするけど、大和さんの話と周囲からの負の感情のせいで味わう暇なんてなかった。
「B級グルメが食べたい」
 味の濃いソースが恋しいと、空腹を訴えたお腹を押さえ食堂へと向かってみる。大阪には一家に一台たこやき機があるともいうし、もしかしたらジプスにも置いてあるかも知れない。流石にタコはないだろうけど、粉やクズ野菜くらいなら貰っても平気なのではないか。
 駄目もとで試してみる価値はあると歩き出した途端、背後からかけられた声に歩みを止めざるを得なかった。
「ヒビキ君、どうしたの?」
「ちょっと話があるんだけどいい?」
「うん、別にいいけど……食堂行きたいんだけど歩きながらでも平気?」
 私の言葉に頷いた響希君と共に遅い速度で歩き始める。
「ヤマトに右腕になれって言われた」
「おぉ、すごいじゃん」
 あの大和さんから直々のお誘いを受けるとは羨ましい。
「琉依はどう思う?」
「え、私? さっきも言ったけど、すごいと思うよ?」
 実際響希君は良く働いている。各地で出会った仲間を纏め、召還する悪魔の管理をしたりチームのバランスを考慮したり、戦闘以外でも頑張っていることを知っている。
「違う違う、琉依はどうなの?」
「え?」
 意味が分からないと首を傾げる私に、「ヤマトの事好きなんでしょ」と響希君が淡い笑みを向けた。
「好きか嫌いかで問われれば好きだし、傍にいたいとは思うんだけど、恋愛とは微妙に違う気がするんだよね」
「そういうもんなの?」
「私はね。それよりさ、たこ焼き作らない? たこ焼き。ソースこってりのあの味が食べたくなっちゃってさー」
「ああ、いいね。材料あるかなぁ?」
「ヒビキ君が一緒なら分けてくれると思う! 道具は多分あるんじゃない?」
「大阪だから?」
「そう、大阪だから!」
 とりとめもない話題に花を咲かせていると昔に戻ったような錯覚に陥る。昔といっても一週間前くらいまではこれが日常だったのだし、懐かしいもなにもないのだけれど。
「ね、ヒビキ君。私はね、ヒビキ君がしたいようにすれば良いと思うよ」
「琉依?」
「多分だけどね、私は最後までヒビキ君達と一緒にいない気がするんだよ」
 自分でも何を言っているのか分からないけれど、漠然とした確信がある。近い将来私は響希君達から離れるだろう。誰に言われるでもなく、私が望み、私が決断するのだ。
「ヤマトに着いていくのか?」
「多分、違うかな。ただ、なんとなくそんな気がしてるってだけだから」
 根拠のない決定事項を鵜呑みするのは馬鹿げていると理解しているのに、否定するだけの反発心が沸いてこない。
「そんなことより今はたこ焼き!」
「琉依がいいなら、それでいいよ」
 淡い笑みを浮かべながら着いてきてくれる響希君に心の中でお礼を言い、目下食欲を満たすため食堂へと向かった。



 結果から言えば、たこ焼き作りは大成功に終わったと言える。
 これまた日頃からお世話になっている運の力が働いたのか、諦めていたタコも偶然調理場にあり、よくあるたこ焼きの具材を一式セットで揃えることが出来た。
 たこ焼きを焼くためのプレートも勿論あって、響希君と二人ワイワイしながら作っていたのだが……まさか食堂に大和さんが顔を出すとは思ってもみなかった。
 挙げ句の果て、響希君からの押しで人生初たこ焼きを食べたと思われる大和さんは、なんというか、こう……大変味がお気に召したらしく、視線でお代わりを訴えてくる始末。
 結局自分の分は味見の一つしか食べれず、残りは綺麗に大和さんの胃袋へと収まっていった。
「ヤマトさんこういう味食べたことなさそうだしねぇ」
「まぁね」
「響希、これは君が作ったのか」
「違う、琉依だよ」
「ほう」
 灰色の視線が私の方へと注がれる。澄んだグレーを正面から受けていると自然と鼓動が早くなるが、響希君に恋愛感情ではないと言い切った手前、なるべく平静を装わなくてはならない。
「……。君達は不思議な存在だな、響希、琉依。私の想定しない行動を見せ、私の知らない世界を知り……。常に私を驚かせ続ける」
 薄い笑みを口元に引き賛辞らしき台詞を述べた大和さんは、至極満悦だと言わんばかりの雰囲気を纏って去っていった。
「ね、ヒビキ君。ヤマトさん……私の名前、呼んでたよね?」
「琉依って呼んでたね」
 今にも笑い出しそうな響希君を肘で小突き、耳の奥に残った柔らかな声を再生しながら、空になった具材を見つめる。
「ちょっと、嬉しいかも」
「良かったじゃん、琉依」
「……うん」
 素直が一番と私の頭を撫でてくる響希君と笑い合いながら考えるのは、何故たこ焼きで好感度が上がったのかということ。
 食事で好感度が上がるなんて、餌付けをしたようではないかと大和さんに失礼な事を考えながら、やっぱりお偉いさんの考えを理解するのは難しいと謎を深めた一日だった。
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