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『見舞い、行ってきたのか』
部屋に戻った私を迎えいれた第一声はお帰りでもなく。
「はい、ただいま戻りました」
どうだったとも聞かない辺りが昴らしいというか、不器用な優しさだと思う。
「明日で退院だそうですので、明日には此処を発つかと」
そうか、と短く返事した昴は、日当たりのいい窓辺にゴロリと横たわっている。
気持ちよさそうだったので横に並んでみたらアホかと尻尾で叩かれた。
『ったく…しゃーねぇな』
「たまにはこういうのも悪くないですね」
うっかり二人して寝入りすぎて夜中に目を覚ますのはまた別の話。

‐‐*‐‐*‐‐

「退院おめでとうございます」
血まみれだった体躯はすっかり元の黄色い毛並みに戻り、瞳も弱々しいものから強い輝きを帯び。つまるところ完全回復したピカチュウくんに退院の祝辞を述べた。
『アンタ、また来たの』
「一応連れてきた責任がありますので」
『ふぅん。なら責務は果たしたんでしょ』
もう関係ない、と言わんばかりのピカチュウくんに苦笑いをこぼす。
『お前さ、もうちょい命の恩人に対して敬意とか払えねえの』
『は?なんでそこまでしなくちゃいけない訳』
『お前を助けたせいでコイツは跡が残るような大怪我したんだ、当たり前だろ?』
昴、と諌めるも時すでに遅し。
ピカチュウくんは大怪我?とその丸い瞳をさらに丸くしている。
『結鈴、腕出せ』
はあ、と観念して素直に左腕を出す。ブラウスを捲ってみせればそこには白い包帯が巻かれている。
『ねえ、聞いてないんだけど』
「言ってませんからね…」
あはは、と笑ってごまかそうとしてみるもピカチュウくんは未だに難しい顔をしているし、昴はどう責任とるんだとにじり寄ってるし。
「いやいや、責任とか取らなくていいですよ。私が自分でやったことですから。自業自得です」
『ほう、それを言うなら火中の栗を拾うじゃねえの?』
「そんな自己犠牲を払った覚えは『覚えはなくても払ったんだ、認めろ』…はい」
四面楚歌、進退これ谷まる。返す言葉が見つからなくってピカチュウくんに助けを求めてみれば、かちりと目があった。
『ああもう!どうしたらいいかなんてわかるか!おい、アンタ!』
「は、はい」
その小さな体躯に似合わぬ気迫に思わず押される。
『僕を捕まえたいなら好きにしな』
どう反応していいか分からず、無言で瞬きをしてしまった。
「ええっと…特には。その、間に合ってますので」
とりあえずやんわり断ってみたら、ぶつりと何かが切れる音がした。
『だあああああ!!!もう!手持ちになってやるっていってんの!』
昴にせっつかれモタモタとボールを出すと、ピカチュウくんは躊躇なくボタンを押した。
しゅううんと赤い光に包まれてやがてボールに吸い込まれていく彼を、間抜けな顔をして見守ることしか私に選択肢はなかった。



 

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