*

私は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。目が覚めると、私は浴衣を纏い毛布に包まれていた。はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか。
なんとも情けないことに、事態がまったく飲み込めていない。ここはどこで自分は何故こんな格好をしているのか全くもってわからないのである。ただ一つ明確なことといえば
「(喉、乾いた…)」
喉の渇きと空腹感であった。
ぼんやりと辺りを見渡すとサーモンピンクを基調とした空間にゆとりのある洋間のようだ。調度品はマホガニーでまとめられており、部屋の主のセンスと経済力がうかがい知れた。
そうしているとガチャリと扉が開き、三十代くらいの着物がよく似合う素朴な雰囲気の女性が入ってきた。
「あら、お目覚めになられたのね。いまお白湯を持ってきますから…嗚呼、それから林太郎さんたちにお嬢さんがお目覚めになったことをお伝えしなければ」
にっこりと安心させるようにほほ笑みかけて女性は部屋を出て行った。看病をしてくれていたのだろうか…?

程なくして女性は二人の男の人と戻ってきた。
「さあ、お白湯は飲めそうですか?」
やさしく尋ねてきた女性に首を縦にふってみせた。湯呑の白湯を、いつもよりゆっくりと時間をかけて飲み干す。
「ありがとう…ございました…」
湯呑を女性に返すと、赤髪の男性が目の前までやってきた。
「やあ、気分はどうだいお嬢さん」
にこりと品の良い笑みを浮かべる様や立ち居振る舞いからしてこの人がリンタロウサンだろうか。
「ええ、おかげさまですっかり…ところでここは?」
「僕の屋敷さ…正確には僕の叔父のものだがね。さて、おまえはそこの春草の前で倒れたそうだが、一体何があったのか。話してくれるね?」
そこの春草、と後ろに控えていた青年に目線をやり、そして有無を言わさぬとばかりの視線を私に戻す。
さて、話したいのは山々なのだが一体どこから話せば良いものか。よもや正直に蔵の古書から竜神が抜け出たとも言えまい。
あまりに困った表情でもしていたのだろうか。男性は瞳の奥の鋭さを消しはしなかったが、先程よりは幾分か和らいだ声色で話せる範囲で構わないから話してごらん、と言ってくれた。



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