*「その、全くもって信じられないようなお話なんですけれど…」いつの間にか女性は退室しているし、目の前の家主さんから発せられる言い逃れもできそうにない雰囲気に降参して、ゆっくりと話し出す。家の蔵にあった古書からうっかり竜神を出してしまったこと、なんとか本の中に戻ってもらったものの気づけば見知らぬ景色の中におり途方にくれていたこと。 「…という次第でして。まァ莫迦な女の戯れ言とでも思って」 「素晴らしい!」 言いおえぬうちに言葉を、しかも賞賛の言葉だったので驚き思わず固まってしまった…春草と呼ばれた青年と共に。 「…あの、素晴らしい…とは」 一拍置いて復活した私は理解ができず、おずおずと意味を尋ねた。 「つまりお前は神隠しにあったのだろう?それに竜神と言葉を交わすなどといったことからも恐らく強い力を持った魂依なのだろう。素晴らしいではないか」 きっと私の顔はさっきよりもさらに間抜けになっていただろう。玉依になった覚えはない。強いて言うならただの見鬼だ。神降ろしなどできるわけがないのに何を言っているのだろうかこの人は。 「あの、確かに竜神を本から出したり戻したり、そこだけ聞けば玉依と間違うのも無理はないかもしれませんけど…私ただ視えるだけで神降ろしとかお祓いはできませんよ?」 私の言葉に今度は家主さんがポカンとした。それもつかの間で楽しそうに笑う。 「ところで一つお訊ねしたいのですが」 「なんだい?」 「何故お二人共そのような格好をなさって……いえ、今何年でしたっけ」 そう、さっきから気にはなっていたのだ。洋風の部屋からして開国前ではないだろうが皆和装なのだ。それに突拍子もない話も神隠しの一言であっさり納得された。ここから推測されるのは人が一人消えても、不思議なことが起こっても当たり前のような世界、何それ怖い。 「今?今は………春草」 「(忘れてるな…)…22年ですよ」 ハァ、と溜息をついて呆れたような青年に、特に気にもせずおおそうだったと流す家主さん。 22年だと昭和かあるいは明治か。戦後間もなくでこの財力は果たして有りうるだろうか…。 「聞いていたかい?今は明治22年だ」 返事もない私に反応を求めるかのように言い直した家主さんにはい、聞いてましたと返事をする。 現実逃避したくなる気持ちをぐっとこらえてどうにか頭を動かそうとするもうまく動いてくれない。思いのほか動揺しているようだ。 ‐‐‐‐‐‐‐‐ 玉依:神降ろしの巫女 見鬼:所謂視える人。素養があって鍛えれば祓うことも可能 という解釈で使わせていただいてます。 実はこの小説を書くにあたって時代考証をしては原作のブレっぷりに匙を投げてしまいました。違和感を感じてもそっと目を瞑ってくださると嬉しいです。 (7/7) 前へ* 目次 #栞を挟む |