*

そんな歌声を聞きながら、ぴょこぴょこと長い耳を左右に揺らす白うさぎを追っていると、やがて光へ飛び込んだ。
「っ!!」
まぶしさに目を開けていられなくて、手で遮ってしまう。やがて明るさに慣れた私は少しずつ目を開いてゆく。
目の前には燃えるような真っ赤な夕日に、蓮がたくさん浮かんでいる池。極楽浄土といっても差し支えない景色にああやっぱり死んでしまったのかと思った。
吹き付ける風は冷たくて、腕を抱えてふるりと震えた。死んでも暑さ寒さは感じるのか。
「ねぇ、君。そんなところで何してるの」
不意に後ろから声をかけられて首だけで振り返ると緑青の髪の青年が不機嫌そうに立っていた。
「―――あ」
青年の方へ体をむけようとしてくらりと体が傾いだ。そのまま世界が反転して、再び意識がブラックアウトしていった。

「っおい、ちょっと…!ハァ、なんで声かけただけで倒れちゃうんだよ」
肩を揺らせば起きるだろうかと少女に触れたとたん、あまりの冷たさに思わず止まってしまった。まるで生きているとは思えないほどの冷たさにゾッとしたのだ。
しかしながら目の前の彼女は死人のように冷たい体だが浅いながらも呼吸をしているではないか。いや、それも倒れてすぐ程しっかりとはしていない…少しずつ呼吸も弱くなっていっているようではなかろうか。
真面目な青年には、自分のせいで倒れたかもしれない少女を見捨てることができなかった―――例え原因が少女を不審に思ってのことだったとしても。
慌てて少女を抱き上げると、俥夫をつかまえ自身の下宿先へと急いだのであった。


青年が少女を抱えて帰宅したことに、家主は少なからず驚きはしたものの。すぐに医者の顔つきになりサンルームのソファに横たわらせるよう青年に指示した。
「冷たいし、脈も随分と弱っている。今夜が峠だろうね」
とにかく温めてやらねばと毛布に包んで暖炉に火を入れる。
「しかし春草、このご婦人は何故このように低体温症を起こしているのか。お前は私に話す義務があるよ」
春草と呼ばれた青年はひとつ息をついた。
「そうは言われましても、学校帰りに不忍池の前につっ立っていた彼女に何をしているのか聞いたら突然倒れたとしか…」
話を聞いた家主はふむ、と考え込んでしまっていた。
「まったく不思議な話だ。池に入水でもしていたならまだしもただ立ち尽くしていただけだなんて。だが濡れたようなあとは一切見られない。こうなると彼女が回復して話してくれることを祈るしかない、か」
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