貴方の為に4




ルナが落ち着いたところでどれくらい時間が経ったのかと、二人は抱き合ったままぼんやりと思う。
椅子に座ったままの状態で抱き締められていたのに泣いてる間に移動され、ソファに腰掛けたリオンの上に座る形となっていた。


「(色々と不味いな、この状況…)」
「(あったかい…)」


その場の雰囲気と勢いに任せて抱き締めてしまい、離したいような離したくないような複雑な気持ちに駆られるリオン。
ルナもルナで心地好いらしく離れるどころか今では抱き付いてきている。


「……(あ…)」


リオンの体温やらが心地好くて眠りそうになったルナは気付く。


「(また…リオンに甘えちゃった……)」


いい加減一人立ちをしなければ彼に迷惑かけてしまうとつい先程まで考えていた事を思い出し、のろのろと体を起こし、気まずく感じながらも彼から降りる。
ルナが離れた事を残念と思ってしまった自分を頭の中で叱責しつつ、彼女にもう大丈夫かと声をかける。


「うん、なんとか。ごめんね、突然…」
「…聞かない方がいいか?」
「うーん……。別に大した事じゃないんだけどね。ただ情けなくなっただけで」


情けない?何故そんな事をあの時思ったのか。リオンはその意味合いを含めて思わず鸚鵡返しでルナに訊ねた。
ルナは躊躇った後、視線を机の上にまだ残っている自作プリンに目を向け、手に持つ。


「これね、……プリン…のつもりなの」
「……は?」
「ゴメン、待って。わかってる、わかってるの。だから何も言わないで」


プリンはこんな形をしていないと今にも言い出しそうなリオンを制する。
そのおかげか突っ込む気が失せたリオンはただ黙ってルナの話を聞く。


「ユーリと一緒に作ったのに私のだけこうなっちゃったの」


こうなっちゃったの、それで済むレベルか。あれでは嫌がらせの一種ではないか。プリンに対する冒涜か。
(特にプリンが好物な)スイーツ男子からしてみれば怒りを買いそうな無惨な姿しているプリンと言い張る物体を見、リオンはひっそりと息吐く。


「…お前、変なところで不器用だな」
「変なところでとはなによぅ!」


ルナは何も料理が全く出来ない訳では無い。
大抵の家庭料理はそこそこ完成度高いのに少し凝った物を作ろうとするとこうなる傾向があるのだ。

先程まで泣きっ面だった奴が今度は頬を膨らませて怒った後拗ね始める。
毎度毎度よく表情が変わる奴、とリオンは思いながら膨れた頬に指を突き刺せば、ぷすと空気の抜ける音がルナの口から飛び出た。




「ところで、今回は何故作るだったんだ?」
「ユーリにも言ったけど…ま、いっか」


ユーリ。そう言えばさっきもユーリと一緒に作っただとか言っていたなと思い出し、僅かながら嫉妬心が芽生えた。
少しむすっとした表情のリオンに気付いてないのか、ルナは続ける。


「リオンがね、最近疲れて帰ってくるから何かしてあげたかったの」


どうせただの好奇心で作りたくなっただけだろうと思い込んでいたリオンはルナの言葉に驚きで目を見開かせる。


「…さっきの話の続き。こんなのしか出来なかったからなんか悔しくて。リオンにはいつもお世話になってるし、よくしてくれるからそれのお礼も兼ねたかったんだけど…」


リオンみたいに上手い事出来ないんだ、私。と続けたルナは自嘲気味に微笑んだ。
向こうは労いや感謝のつもりらしいが、リオンにしてみれば形が悪かろうが自分の為に作ってくれたという事がどうしようもない喜びを感じていた。
そして後悔してしまうのは先程、そんな事知らずに面白半分でからかってしまった事。自分の浅はかさに辟易する。


「…寄越せ」


この言い方だとお願いではなか物乞いである事なんて承知済み。
ルナが今の言葉をどう捉えようが今のリオンには関係なく、ただ彼女の手の中にあるプリンを欲した。


「え、これ?」
「それ以外の何がある」
「だ、ダメだよこれは!失敗しちゃったんだから…」
「僕に渡す為に持ってきてくれたんじゃないのか?」
「それはユーリが…!」
「ユーリ…」


また出てきた彼の名。菓子作りの腕以外は何かと気に食わない人物。
言動は勿論、容姿でさえ勝手ではあるが腹立ってしまう。
常に他人を見下ろせるだけある身長、整った顔の造り、大胆に前を開けた胸元からわかる体格の良さ、何かと頼りになる兄貴肌な性格、いつも余裕たっぷりな態度。
どれをとっても自分には到底得られない物を兼ね備えているユーリにリオンの気も沈む。
大抵の女はあぁいうのが好みではないのか。
リオン自身も女性に言い寄られる時は多々あるが、ルナ以外興味等てんで沸かなかった。


「ユーリが持っていけって。そんなんでもリオン喜んでくれるって言って…。でも、やっぱりこんなので喜んでくれるなんて思えないの」


奴の思い通り確かに喜んでいた。それがまた腹立つ。
船内にいる人物でも特にユーリとシェリアからは早くルナに告白でもしてくっつけと最近顔を合わせる度に言われる。
否、この船にいる者達は皆、野暮な連中ばっかだ。
ルカやイリア、ジーニアスにプレセアと他にもそういう焦れた奴等はいる筈なのにどうして自分達に集中攻撃されているのか、理解も納得も出来なかった。


「…なんでもいいからさっさと寄越せ」
「やだ」
「この僕に口答えするのか、ルナ」
「だって嫌なんだもん。味だってしなか、ちょっと!」


口で言っても埒が明かないと思ったリオンはルナの手からスプーンを奪い取り、それでプリンを一掬いし口へ運ぶ。
あぁ…!と悲痛な声を挙げた彼女を無視して喉の奥に流し込んだ。


「……、美味い…」


リオンの口に入ってしまってから眉尻を下げていたルナの顔に驚きの色が宿る。
リオンも決してお世辞なんかではなく、素直にそう思い素直に感想を吐き出した。


「う、嘘…。だってさっき食べた時は味しなかったのに…」
「気の所為だろ」


リオンが率直に告げた味の感想に信じられないという様子のルナ。
あの時味を感じられなかったのは間違いない。なのに彼はどうして美味い等と言ったのか。
リオンが優しいというのは知っているが、お世辞を言うのも言われるのも嫌いだという事もルナは知っていた。
つまり自分が感じた事は割と素直に言うのだ。
そうこうしている内にリオンはプリンを平らげる。


「ありがとう、リオン」
「?何故お前が礼を言うんだ」
「いーの。こんな形の悪い物を食べてくれて、しかも美味しいって言ってくれたんだから」
「…そうか」


そんな事で素直に礼が言える彼女を羨ましく思うリオン。
本来ならば自分が自分の為に作ってくれたルナに礼を言わなければいけない立場なのだが、普段言い慣れてない言葉を言うのは中々難しいもの。
言えない言葉がわだかまりとなってもやもやとリオンの中で渦巻く。


「?リオンどうしたの?」
「何がだ?」
「何がって…。なんか思い詰めたような顔してるから…」


やっぱり疲れてるの?と聞いてくるルナ。
疲れも確かにあるが、感謝の言葉一つ満足に伝えれない事に気が沈んでいたなんて口が裂けても言えない。
そもそも顔に出さないようにしていたのにそれが出来ない程体力も気力も磨り減っている事に今更気付く。
そう言えば先程平らげたプリンは自分が疲れている事を気に掛けたルナが作った物。つまりルナに多少なりとも心配を掛けてしまった。


「…大丈夫だ、なんでもない」


連日続いてる調査が体に響いているかもしれないと言い訳しながらぽん、とルナの頭に手を乗せる。


「なんでもない事ないよ。私が気付くくらいだもん。リオン、相当疲れてるでしょ」


適当な事言ってはぐらかすつもりだったが、彼女は引かなかった。
お互い、どうも昔から妙に頑固で意固地になってしまう時がある。今回はリオンが大丈夫だと言い張ってそれをルナが否定する。


「ねぇリオン。リオンは強くて要領もいいのはわかってるんだけど、それでもたまにはしっかり休んでいいと思うの」
「僕には必要無い事だな」
「必要だよ。リオンはいつも私に早く休めとか寝ろとか言うじゃない。同じ事だよ」


妙に頑固だと対応するのが面倒になってくる。適当にあしらおうとしてもそれを無視されて尚食い付いてくる。


「私に出来る事ならなんでもするよ?」
「………」


なんでもする。その言葉がリオンの脳内に響く。
肩とか揉んであげようかと言ったルナを即行で断り、少しショック受けたらしいルナに改めて声をかける。


「ルナ、そこに座れ」
「え、…うん」


突然言われた指示に少し戸惑いながらルナは言われた通りリオンが腰掛けているソファに腰掛ける。
もう少し向こうに寄れとも言われ、それに従いソファの肘掛けにくっつくくらい体を寄せる。


「なに、なに?リオン何するつもり…」


彼が何を求めているのかわからないから聞こうとしたルナの声が途切れる。


「…り、リオン?」


ルナの声に含まれる戸惑いが先程よりも大きくなっている。
その戸惑いの目線の先には己の太股を枕にして寝転がっているリオンの姿が。つまり俗に言う膝枕って奴だ。


「…なんでもする、そう言っただろ」
「そうだけど…。え?このまま寝ちゃうの?」


出てきた欠伸を手で隠しながらルナの言葉に首を縦に降る。
その僅かな動きで彼の髪がルナの太股を撫で、それを擽ったく感じたルナが身動ぎする。


「動くな…」
「だ、だって擽ったい…。てか、寝づらくない?足も伸ばせないし…。ベッドとかの方がいいんじゃ…」
「いや、…いい」


言われた通り、こんな二人掛けソファでは満足に足を伸ばす事が出来ないしベッドに比べたら寝心地も劣る。
だが、そんな事はどうでもいい。ルナに膝枕してもらっているだけで十分安らげる。
見た感じ細いのに女性らしいふっくらとした柔らかさと短いスカートであるが故に晒されている肌の感触。それ等を心地好く感じ、自然と目を閉じる。


「10分…経ったら起こせ」
「…はい」


やけに潮らしい声が聞こえたが、さらりと髪を撫でられた感触が更に心地好く感じ、特に気にする事なくリオンはすんなりと眠りに落ちていった。

















長い…。



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