克服しよう




「ガイ!私達、このままじゃダメだと思うの!」


突然部屋に押し寄せたルナはガイに詰め寄る勢いで近づく(しかし、大して近づいてはいない)。
いきなりダメ出しされたものの、何がダメなのかを察したガイは頬を掻く。


「うーん…、やっぱりダメかぁ」
「うん!私はいつまでもリオンに頼ってちゃダメだし、ガイは女の人が大好きなのに触れないなんて可哀想!」
「ちょっと待て!誤解を招く言い方はしないでくれって、誰に聞いたんだ!」
「ジェイドさん」


合っているっちゃ合っているが、聞きようによっては女好きの軟派野郎というレッテルを貼られ兼ねないルナの発言に慌ててガイは言い返す。
悪気が全く無かったルナはきょとんとしながら答え、その人物名にガイは肩を落とす。

ルナがガイに詰め寄っている理由はお互いの異性に対する恐怖心をなくそうとの事。
この船にいる者達には理解してもらい、気遣ってくれている(逆にからかわれたりもする)が、やはり克服した方がいいに違いないとルナは強く思った。


「でもルナはリオンに触れるじゃないか。俺なんてそんな相手いないよ」
「うん、そうなんだけど…」


表情が雲ってしまったルナを不思議そうに見つめるガイ。
普段明るい彼女がこんな顔をするなんて、と思った。


「リオンに頼ってばっかなのはダメだもん」
「それまたどうして」
「だって、もしリオンに好きな人が出来たら私邪魔になるじゃない。リオンだっていつまでも私に構う訳にもいかないから、リオンがいなくても大丈夫なようにならないと」
「…リオンの奴も報われないな」
「なんて?」
「いや、別に?」


あんなわかりやすい奴の想いに気付かないとは。リオンも不憫な奴、とガイは密かに思った。


「とと、とりあえず、私達がくっつければい、いいんじゃないかなって(ガクブル)」
「そ、そうか。ルナがそう言うなら…(じりじり)」


お互いに手を伸ばして近寄ろうとする。


「…う、うぅぅ……」
「はぁ、はぁ…」


しかし、二人の距離が近づくに連れてルナは泣きそうな顔をしながら震え、ガイは脂汗を滲ませながら息を荒げていた。端から見れば少女を襲おうとしている変質者の図だ。






「…何やってんだぁ?お前ら」
「!ル、ルークさ…!」


二人が奮闘している間にルークが部屋に戻ってき、怪訝そうな顔で尋ねる。
ルナにとって少し苦手な彼の登場にルナの体が強張る。


「まるで変態みてーだなお前」
「誤解だ!」
「が、ガイは私に付き合ってもらってるんです!お互い男の人や女の人に慣れようと…!」
「………」


ルークとガイからかなり離れた位置でルナは訴える。
ルークはそんなルナを見て眉を寄せたかと思えばおもむろにガイの腕を掴みルナに向かって歩きだす。


「ルーク?」
「え、あの…、ルークさん?」
「こうすれば早いじゃねーか」
「おわっ!?」


ルナの前にガイを立たせたルークはガイの背中を強めに押した。
突然の事で身構えておらず、その衝撃で前に倒れるガイの体。そして目の前にはルナ。
認識する間も無く大きな音を立てて倒れる二つの体。


「っつ…」
「いった…」
「………」
「………」


痛む箇所を押さえながら二人して近距離にある顔を見つめる。
端から見ればガイがルナを押し倒している状態。
次の瞬間には男女の悲鳴が船中に響き渡る。


「うるっせぇぇぇ!!うぜーんだよオメー等!」


一番近くでその悲鳴を聞いたルークが耳を塞ぎながら喚くが、今の二人にとってそれどころではない。


「は、はははな、はなっ、離れて離してぇ!」
「そ、そうしたいのは山々だが…こ、腰が抜けて…っ」
「やだやだ!こ、怖いよぉ…!」


ルナの目には本当に涙が浮かんでおり、体がガクガクと震えている。
一方のガイは自分の為にもルナの為にも離れたい気持ちは強いのだが、失いかけそうな気を保つのに精一杯であった。
そんな時扉が開かれ、慌ただしく入ってくるような足音が。


「ルナ!」
「リオンっ…た、助けて…!ガイ動けないって…!」
「け、蹴飛ばしてでもいいからなんとかしてくれリオン…っ」


ルナの悲鳴が聞こえたから何事かと声を頼りに辿り着いた部屋を開けてみれば、ガイに押し倒されているという衝撃的な光景が目に映った。
驚く暇もなくルナに助けを求められ、動けないらしいガイの体を押し退けルナを解放させる。
恐怖で混乱して泣きじゃくっているルナは夢中でリオンの体に抱き付く。
一瞬戸惑ったリオンだが、ガタガタ震えながら泣いているルナを引っ剥がす訳にもいかず、とりあえずこのままにしておき、ガイを睨む。


「助かったよリオン」
「…どういう事だ」
「いや何、ちょっとした事故だよ。ルークが無理矢理、な」
「おっ、俺が悪いってのかよ!俺はただ、お前等が苦手な物を克服したいっつーから協力してやったんだろーが!俺は悪くねぇ!!」


もはや公式でさえテンプレ及びネタ化している台詞を喚き散らすルーク。


「だからっていきなりアレは無いだろ。俺が言う事じゃないが、ルナはあぁなってしまったし。余計怖がってしまうかもしれないだろ」
「っだよ!あんな呑気にしてたところでなんも変わんねぇだろーが!くっついちまった方が手っ取り早いじゃねーかっ」
「そうした結果がこれじゃないか」


ガイとルークの会話を聞いたリオンは事の経緯をなんとなく理解した。
ルークはどうも荒療治的な行いをしてしまったのだろう。それでルナの男性恐怖症(ついでにガイの女性恐怖症)が治るんだったら世話の無い話だ。






「…る、ルークさん……」


未だ声が震えているルナがルークの名を呼びながら顔を上げる。
涙で濡れて伏し目がちなルナを見るなりルークは何処か罰が悪そうに顔を歪めルナを見下ろす。


「んだよ。お前まで俺が悪いって言うのか」
「い、いいえ…。あの…だって、ルークさんはルークさんなりに考えてやってくれた事…だから」
「…チッ」
「っ…」
「ルーク。そんなあからさまな態度、ルナが怯えるだろ」
「っるせーな…」


ルークの一挙一動にビクビクと体を震わすルナ。
自分は悪くないと思い込んでいるルークからしてみれば、そんなルナの反応は面白くもなんともない。

いつだって彼女はこうだった。
男が苦手で、リオン以外の男が近づこうものなら体を震わせながら逃げる。これだけなら他の男と変わらない反応。
だがルークに対しては、ルークが悪意無く普通に接しようとしても彼の姿を見るなり他の男より体を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をされる。
他の男は距離さえ離れていれば普通に話しているのに、これもルークには声を震わせながら出来るだけ最低限の事しか話さない。
自分とよく似ている顔をしているアッシュにはそこまでの反応しないのに。

いつも体がくっつく程の距離にいるリオン。リオンと変わらない様子で触れられているジューダス。ルナが大好きな甘い菓子を作ってあげているユーリ。男らしくないナリだからか、比較的他の男よりも会話が弾んでいるルカ。ルナの男性恐怖症をからかっているものの、紳士的な対応をするジェイド。異性に対しての恐怖心をなくそうと日々共に奮闘しているガイ。そしてアッシュ。
ルナが接する男を思い浮かべていく度に苛立ちが募っていく。


「…んでだよ」
「え?」
「なんで俺にだけいつもそうなんだよオメーはっ!」
「ひぃっ…!」
「よせ!ルーク!」


掴みかかろうとしたルークをガイが制し、リオンは咄嗟にルナを抱えあげ、自分の体を盾にした状態でルークを睨む。
行き場が無くなったルーク自身よくわからない怒りをどうする事も出来ず、ルークはまた舌打ちする。


「…もう行くぞ、ルナ」


今まで黙っていたリオンの口が開く。
リオンの腕の中、ルークに怒鳴られた事で体を縮こませ、リオンの服を皺が出来るんじゃないかという程強く握り締めて小刻みに体を震わせていたルナがリオンの声に反応し、恐る恐る顔を上げる。


「で…でも、ルークさんが…」
「ただ自分勝手に感情をぶつけて喚き散らしているような子供なんて放っとけ」
「っ!誰が子供だ!バカにしてんのか!?」
「ルナがどうして他の男以上に貴様を怯えている事もわかってないようだからな。愚か者」
「な…っ!」


リオンの言葉に怯んでしまったルーク。
売り言葉に買い言葉の如く騒がれてはまた面倒だと思ったリオンはルナを解放し、立ち上がるよう促す。
だが、彼女は座り込んだまま困惑した表情を浮かべ、ボソボソと何やら言いにくそうに呟いている。


「ルナ?」
「……い」


口許は動いているが、聞き取れない為、リオンは首を傾げながら眉を寄せる。
それを見たルナは更に眉尻を下げ、リオンのマントを掴み、くい、と遠慮がちに下に軽く引っ張る。どうやら座って欲しいと訴えているようだ。
それにリオンは素直に従い、跪いてルナと目線を合わせる。


「た、…立てない」
「…は?」
「あ、足に力…入らなく、て…」


申し訳なさそうに告げたルナはどうすればいいのかわからないようで、困惑した表情を浮かべたまま。未だマントを握っている手が僅かに震えている。


「はは…。俺が言えた立場じゃないけど、色々怖い思いしたからな。腰が抜けてしまったか」


事故とは言えガイに押し倒され、苦手なルークには怒鳴られたのだ。ショッキングな出来事が二回立て続けに起こってしまったルナの体は精神的苦痛により動けなくなってしまっていた。


「どうしよう…、リオン…」


歩くどころか立ち上がる事すら出来ないルナの目が悲しそうに歪む。
暫く経てば気持ちが落ち着いて正常に戻るだろうが、こんなところから早く立ち去りたいのが本音なところ。
リオンは小さく溜め息を吐き、羽織っているマントを外しルナに着ける。
戸惑っているルナを余所に跪いた状態のまま彼女に背を向ける。


「乗れ」
「え…、え?」


背を向けられ、後ろ手に広げられた状態で命令され、ルナは戸惑いと疑問が混ざった間抜けな声を上げる。


「えと…、おんぶ…してくれるの?」
「それしか移動手段がないだろう。…さっさとしろ」
「う、うん…」


促されるまま、リオンの肩に手を置き上半身を彼の背に乗せる。
背に乗った事を認識したリオンは少し前屈みになり、彼女の足を手探りで探し当てて持ち上げ、バランスをとる為に数回背負い直してから立ち上がる。
そしてそのまま二人に挨拶を交わす事なく部屋を出ていこうとする。


「ま、待ってリオン、止まって」
「…なんだ。まだ何かあるのか」
「うん、少しだけ。あの…、ルークさん」


先程リオンに言われた事に対して言い返すタイミングを失い、今まで黙ってたルークがルナに呼ばれて面倒臭そうな表情を浮かべながらルナの方を向く。
不機嫌面な表情に一瞬怯んでしまったものの、ルナは言葉を続ける。


「ルークさん、ゴメンなさい…。あの…、ルークさんが私の態度に対して怒るのは当然の事だと思うんです…。いつになるかわからないけど、私、出来るだけ早く男の人に慣れるようにしますから…」
「…あー…、わかった。わかったから、んな泣きそうな顔すんな。それとあんま無理すんなよ」
「それをお前が言うか…」


無理させたのは誰なんだか、とでも言いたげなガイは苦笑いを浮かべて溜め息を吐いた。


「ガイ、また練習しようね?」
「あぁ、ルナが大丈夫な範囲でな。お互い克服しないとな」
「うん、頑張ろうね」


バイバイと言いながら手を振るルナにガイは微笑んで振り返す。
別れの挨拶を聞いたリオンは何も言う事無く歩を進めた。




「優しくしてやればルナは心を開いてくれるぞ?」
「んだよそれ…。意味わかんねーっつーの」
「ルークお坊ちゃまはヤキモチ妬きだからな〜」
「んなっ!?あ、アホな事言ってんじゃねーぞ!俺はただ…っ!」
「ただ?」
「…なんでもねぇ!!」


誤魔化すように怒鳴ったルークはソファにドカリと足を大きく開いて座る。


「(俺はただ…、アイツに笑っていて欲しいだけだ。…俺の前でも)」









「リオン…ゴメンね。重たいよね?」
「…お前一人ぐらいなら問題無い」
「そう?でも久しぶりだよね、おんぶしてくれるの。昔は結構やってくれたのに」
「疲れて歩けないとか言って駄々捏ねてたからな」
「むぅ…、いけず」


見えていないものの、十中八九唇を突き出して拗ねた表情しているだろうとリオンは安易に想像する事が出来、ルナに気付かれないように口許を緩め薄く笑う。

昔はまだ腕に筋肉が付いておらず、抱き上げるのは無理だった為に歩けないと訴える彼女をよく背負っていた。
今は彼女一人抱えれるぐらいの筋肉が付き、横抱きにする事も可能だったがルナの格好を考慮してやめた。
短めのスカートを穿いているので、横抱きにしようものなら見えてしまうのだ。因みにマントを着けさせたのも同じ理由だからだ(ただ単に邪魔だったからというのもあるけど)。

五年くらい前までのルナは今よりもっと甘えたですぐにぐずってはリオンが機嫌取りをしていた。
幼い故なのか泣いている彼女を見たくなくて、冷たく突き放したり厳しく叱ったりという事をせずに、ルナが好きな菓子や花を与えたり頭を撫でたり抱き締めたりしていた。
そうすると彼女が泣くのをやめ、喜んでくれた。それがリオンにとっても嬉しくなり、ただ甘やかしているという事を知らずに行っていた。その事に気付いたのは二年程前。
甘やかすべきじゃない時期に甘やかしていた割には自制を利かせ、そこまで我が儘に育たなかったのが救いだ。
…思考が実年齢に反して幼いのが気になるところだが。


「…なんで私はこうなんだろうね、リオン」


ギュ、と軽く首に回していた腕で抱き締め、密着した首筋に顔を埋めるルナ。かかる吐息が擽ったく感じたが、それを表に出さないリオン。
ぽつりと空気に溶けるように呟かれた言葉はすぐ傍にあるリオンの耳に入り、脳に浸透する。


「…気にしたところでどうにもならないだろ」
「うん…、そうなんだけど…。ルークさんをまた怒らせてしまったし」


我が儘言いたい放題、自分勝手で思い通りに行かない事があれば辺りに喚き散らすルークの言動を思い出したリオンは顔を歪めた。
双子の弟であるアッシュとは顔が似ていても内面的には全く似ていない。何やら複雑そうな事情があるようだが、然程興味が沸かなかった。


「この船に来て…色んな男の人がいるから慣れるかなって思ったんだけど…」


難しいね、とルナは消え入りそうな声で呟いた。


「(慣れなくて…いい)」


確かにルナの男に対する態度は見るものにあまり良い印象を与えないのは事実だ。ルークがいい例である。
男性恐怖症である彼女が唯一触れられるのは自分だけでいいとリオンは思ってしまう。
何か男関連でトラブルが起きる度に縋り付いてくる彼女を見るなり優越感に似た気持ちで支配されていたのに。
ジューダスとか言う異世界から来た気味の悪い仮面野郎には何故か怖がる事無く触れているルナを見ただけでも心に靄がかかったかのように落ち着かなかった。最近では逃げ先も彼になる事があるらしい。

ユーリやセネルに甘い菓子とパンを貰っては嬉しそうに頬張っていたり、ルカと勉強して色々な知識を付けてきたり、リカルドには銃の手入れを教えてもらっていたり、逆にアレンには銃の扱い方を教えていたり、ガイと共に異姓に対する恐怖心をなくそうと努力していたり。
たったこれだけの男達がルナに関わっているってだけで醜く嫉妬してしまうのに、いざ彼女に好きな男でも出来たとしたらどうなってしまうのか、リオンは想像すらしたくなかった。
自分は甘い菓子等を作る事もルカのように優しくわかりやすく勉学を教えたりする事も出来ないし、銃の扱い等もわからない。ましてや異姓に対する恐怖心の事なんて共感出来やしない。
銃の弾が切れた時の為にと最低限教えていた短剣の技術でさえ最近ではアンジュやシェリアに教えてもらっているらしい。


「いつまでもこんな感じじゃ、こんな風にリオンに迷惑かけちゃうし…。頑張るよ、私」
「…迷惑だなんて思った事、一度も無い」
「ぅ?そうなの?」
「あぁ。…だから、無理する必要は無いからな」
「うん。ありがとう、リオン」


笑いながら抱き締める力を強くしたルナにリオンは心を締め付けられる。
愛しくて堪らないからこそ、そんな風にされると想いが溢れ出そうになる。
好きと言われる事も時折あるが、それは恋愛感情ではなく家族愛に近いものである。リオンにとってこれ以上に無い残酷な言葉であった。
きっとこれから先も自分は恋愛対象外なのだろうな、とリオンは半ば諦め、ずれ落ちてきているルナの体を背負い直し歩を進めた。

















長いなー。シリアス入れるつもりなかったんだけどなー。



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