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▼ぬるい珈琲はいかが

零がセックスのとき、キスをしなくなったのは、確か二年生の夏頃。
そもそもその時期、彼は学校できな臭い動きをしたりされたりしていた。忙しくてそれどころじゃなかったのかもしれない。してる最中すら、もしかしたら頭は別のところにあったのかも、と今になって思う。

そもそも、彼は夏あたりから急激に、どの女の子とも積極的に『遊ぼう』とはしなくなった。

「ねぇ、零?」
「……んだよ」

何もかも終わった後、彼は気だるげにシャワールームから出てきた。そのままおざなりに服を着ようとしているところに、わざわざ声をかけてみる。
水が滴る烏の羽のような真っ黒な髪。均整の取れた体つきは、アイドルとして彼が努力をしていることも明確に示していた。皆を魅了してやまない歌を奏でる喉は、誰がつけたともしれないキスマークがついていた。

なんだ、今も遊んでることには遊んでる。
だったら私と遊ぶ時も、集中してほしい。……とはいえ、そのキスマークを付けた子は、今頃切られてるんだろうと思うと、迂闊な行動もできない。

「もしかして、好きな子でもできた?」
「……はぁ?」
「当たりね」

零は思いっきりバカにしたような声を出したけれど、少し困ったように眉を動かした。そこそこ長く『遊んで』いた私には、それが図星であったことくらいは分かるもの。

それにしても、と素直に感嘆した。
あの傍若無人、俺様男を絵にかいたような零が……人を好きになるとは。一種の感慨深さが湧き上がる。あと、誰かを好きになったからってあからさまにキスをしなくなるとか、可愛いところもあるものだ。

「ねぇ、センパイに教えて頂戴?」
「まだ居るとは言ってね〜だろ」
「あ、絶対いじめとかそんな面倒なことしないから安心して」
「……話聞けよ、アホ」

はぁぁ、とため息をつく零。けど、言い訳をするのも面倒になったのか、結局は「いるよ」と肯定。

「いるよって……さっさと告白なり押し倒すなりしたらどう? 零のこと嫌がる女の子なんて居ないわよ」
「そりゃ光栄だな」
「なに、その不景気な顔。……まさかフラれた? 泣かれた?」
「人を強姦魔みたいに言うんじゃね〜よ」

かるくデコピンされる。あーあ、こういうお気軽な態度とってくれるのに、私じゃダメなんだ。……なんて我ながら、セフレらしからぬ気持ちが浮かんでくるので慌てて蓋をする。情けない先輩とは思われたくなかった。

「とりあえずは、試験段階なんだよ。相手がどう出るか、見極める」
「戦争みたいに言うわね」
「恋は戦争、とはうまくいったもんじゃねぇか。おまえもいい加減、お目当ての奴とどうにかなれよ」
「クラスの○○くん、零みたいに軽くないのよ」
「そ〜かよ、世の中誠実な男が一番だっつーんだから良いじゃねえか」

そういって、彼はベッドから腰を上げた。
ああ、誠実な男になりたいって思っちゃった訳ね、と一人納得する。本気でその子が好きで、気に入られたくて、変わろうとしている。自分を変えようとするところは好ましいけれど、変化の過程で切り捨てられる『お友達』も私も、とっても可哀そう。そのあたりが、零はとっても残酷だ。

でも、初めからこんな関係を望んだ時点で、詰んでたのは百も承知。
だったら最後くらい『良い先輩だった』と思われて、この美しい人の前から姿を消したかった。

「零、頑張って」
「ん」
「言っとくけど、強引だと怖がる子とか、避けてくる子とかも世の中にはいるのよ」
「そこは大丈夫だ。あれは怖いからとか、んな理由で逃げ出すタイプじゃねえ……とはいえ、あまり好かれない気もするな。忠告、受け取っとく」
「そうそう、先輩の言葉を信じて頂戴」
「ああ、信じる。あんたの言葉だ」

そういって微笑んだ零の顔は、どこまでも優しかった。



「おお、誰かと思えば名前先輩じゃないかえ」

局の廊下、自販機前。
収録も一段落つき、アイドルも俳優も芸人も皆帰ったのでそろそろスタッフ陣もまばらになった頃。私もそろそろ帰ろうかと思い、仕事終わりのコーヒーを吟味していた。

その背後から、懐かしい声。

「れっ……ごほん。朔間さん。まだ残っていらっしゃったんですね」
「うむ。これから『UNDEAD』の皆で飲みに行こうという話になったんじゃが、プロデューサーが他の出演者に挨拶周りに向かっておってのう。そやつを待っておる最中じゃ」
「お疲れ様です」
「……何、今は人も通らぬ。普通に呼んでくれて構わぬよ、センパイ?」

そういう訳にも……と思ったけれど、もう二度とないだろうチャンスだ。人通りが少ないということも、普段私がここに立ち寄って一人休憩しているので証明済み。だったら、少しだけ。

「結局、『戦争』には勝てたのかしら?」

その言葉だけで分かってくれるかしら。正直、記憶の片隅にすらなくっても全然可笑しくない。
けれど零は覚えていてくれたのか、悩ましくため息を一つ。

「いまだ継戦中じゃよ、嘆かわしくもな」
「えっ……まだ付き合えてすらないの?」
「そうじゃよ、自信無くすのう……。とはいえ、ちょっと我輩も大人しくなったというべきか、無理強いせぬようにしておるのじゃよ」
「その子、まさか男の子だった〜とかいうオチはない?」
「あっはっは、面白いオチじゃのう。だがそれは無い。可憐で、きちんと一本筋の通った、愛しい女の子じゃよ」

そういった零の目は、いまだ恋をしている目だった。ああもう、のろけなら他所でやりなさい、とも言えない。

「で、そっちはどうじゃ。お目当てはどうなった」
「聞いて驚きなさい? ……来月で、付き合って5年目突入よ」
「おお、それはめでたい! 真面目だから〜とか言って尻込みしておった先輩も、案外やるものよ」
「でしょう。零に勝ったわね」
「うむうむ。おめでとう、名前先輩」

心からの称賛。あの朔間零から送られた賛辞。うれしくって、涙がでそうね、なんて茶化した。
零の隣に居るには、私はひねくれ過ぎてた。だいたい相手が散々なひねくれものなのだから、まっすぐすぎるくらいが丁度よかったのかもしれない。同調だけは出来ても、そこまでだった。

「ではのう、結婚したらまた教えてくれ。ささやかながら賛辞とお祝いの品でも送ろうぞ」
「ええ。またいつか、会いましょうね」
「うむ」

零はまた、優しく微笑んで立ち去る。この人はいつも、笑顔だけは一等すばらしいものを与えてくれる。
連絡先の交換なんてしない。
けれど、この仕事を選んだのだ。また会う機会はあるだろう。
それに。

「貴方のことずっと好きだったかも、なんて半端な気持ち、持ってる私が居る」

そんな女が居たら、邪魔でしかない。
『お友達』もやめたから、本当にほんとうの友達になりたいけれど。……でも今はまだ、無理だった。

だから、またいつか。それが彼に送る、私の最適解。

コーヒー缶は、少しぬるくなっていた。
いつかこの恋心が冷え切ればいい。それまではまだ、このぬるい恋心を持て余していよう。

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