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▼月永レオの印

「え、今日の祭りに行く?」

レオが怪訝そうな声で復唱してきた。そこまで驚かなくても、と思いながら頷いた。

「中学校のときの友達……ほら、引っ越した子いるじゃない」
「覚えてないな! それ男?」
「男。あの子が数日だけ帰ってきて、他の子がどうせならみんなで遊ぼうって話を持ち出してきて」
「んん〜と……おまえらそんなに仲良かったっけ」

レオほど仲がいいわけじゃないが、まぁ友好的な関係だったと思う。一緒に遊んだことはないけれど、学校では仲良くしてたタイプの友達だ。そういう関係は、誰にでもあると思う。

とにかく、私も数合わせか何かで呼んで貰ったのだ。いま夢ノ咲の普通科に通ってる、仲のいい女友達も居るので、お邪魔しようと思っている。アイドル科に行ったレオの話をすると、みんな物珍しがって『月永くんも呼べる?』と聞いてきたので、今こうしてレオに話しているのだが。

「おれはパス」

そう言うと思った。
たぶん、大して親しくもない人間とうだうだ祭りを回るより、家で作曲活動をしていたいのだろう。その気持ちも分からなくないし、連れて行ったら『アイドル科に行った珍しい奴』として若干見世物にされるだろうから、来なくて正解だ。

「わかった。皆には用事があるからって言っとくね」
「うん。なぁなぁ、それよりおまえ、行くんだろ?」
「ん、そうだよ?」
「それ、おまえの友達の……なんだっけ、田中? 佐藤? ちゃん? と浴衣着てくの?」
「そうそう。楽しみ」

ちなみに、その友達の名字は別に田中でも佐藤でもないのだが。どれだけ名前を覚えられないの、レオは。いや、むしろ存在や性別を認識しているだけマシかもしれない。

まぁ、とにかくレオは来ないという連絡と、あと浴衣を引っ張り出す作業だ。夕方六時ごろに集合、と言われたのでさっさと準備をしなければ。短針がもうすぐ3を指しそうな時刻であり、悠長にしていられない。

そう思ってレオの部屋から出て行こうとすると、「待って!」とレオが大声を上げた。

「え、なに?」
「これ、付けてって良いぞ〜☆」
「わっ」

ひょい、とレオが無造作に何か小さな箱を投げた。なんとかキャッチすると、思った以上に重さがない。軽い。開けていいのかと視線を送ったら、レオがこくりと頷いた。遠慮なく包装紙をはがしていくと、中から出てきたのは……

「かんざし!? えっ……レオ、これくれるのっ?」
「ああ! この前ルカたんが浴衣用のかんざし探しに行くのに付き合ったら、『お姉ちゃんの分も買おう』って言ったからなー。ルカたんに払わせるわけにもいかないし、おれが買った」
「ああ、そういうことかぁ。なんか悪いね」
「別にいいぞ〜? ルカたんも喜んでくれたし、おまえも嬉しそうだし。一石二鳥だなぁ、わはははは☆」

ホントなら来週二人で行く祭りで渡せばいいかと思ってたらしいが、前倒しでくれることにしたらしい。

レオからのプレゼント。小さいころから、例えば石ころだとか花だとか、何かと貰ってはいたが。この手の女性らしいモノを貰ったのは、片手の指に収まるほどだ。ちょっと気恥しいが、レオはそんなこと気にしてもいないだろう。「うれしいよ、ありがとう」という月並みのお礼を述べ、今度こそ私はレオの部屋から出て行った。



「あんたのそれ、可愛いじゃん」
「え、ほんと?」
「うん。良いセンスしてる」

普通科に居た頃からの友達が、何気なくそう言った。彼女は中々クールな性格で、着飾ったりするのも恋愛話も全く興味なし、部活に一生懸命なスポコン女子だ。そのぶん性格もさっぱりしており、愛想がなくとも周りには頼りにされる人だった。

そんな彼女が『可愛い』と評すのだから、このかんざしは余程いいものなのだろう。レオがくれたものを褒められると、なんだかこちらが嬉しくなる。

「大きめの月モチーフに、ちっちゃい星。シンプルだけど、わたしは好きだな」
「えへ、そう? じつはね、これ……」

友達に教えようとしたその時、向こうから「お、名字たち居るじゃん!」と声がかかった。振り返ると、そこには中学校の時の友人たちがわいわいと賑やかにやって来ていた。

「久しぶりだね。元気だった?」
「おう。名字たちも変わりねえな」

数年ぶりの再会、って人たちがチラホラいる。隣の友達は、相変わらずにこりともしないが。

「あたし、月永くん連れてきて欲しかったなぁ〜!」
「夢ノ咲のアイドル科って、俺んとこでも結構有名だぜ」
「中学のときから、月永くんイケメンだったもんね!」

女子たちは残念そうだ。またの機会に、と永遠に来そうにない機会を言うのもアレなので、苦笑で誤魔化す。

「今日は、家族でお祭りに行くことにしてたみたいだから……」
「この年で家族サービスかよ、大変だねえ月永くんも」
「あはは。まぁ、月永は妹好きだから……」

なんとなくレオと呼ぶのもはばかられ、名字で呼んでみる。想像以上に寒々しくって、本人に聞かれたくないなぁと思った。

さて、十人程度でぶらぶらと会場内を歩いて行く。平凡で、平凡な会話は、きっと無駄でしかないのだろうけれど、私はそれでも楽しめる。結構こういうひと時も悪くはない。みんなも楽しそうで、お祭りの雰囲気ってこういう所があるから好きなのだ。

一時間くらい経ったとき、誰かがふと「のど渇いた」と呟いた。それで買い出しに行くことになり、公平にじゃんけんをした結果、私と、一緒に来た友達、それから一人の男子が選ばれた。ジュースでさえ、屋台は列をなしていて中々すすまない。

「隣にもジュース売ってる屋台があった。空いてたから、わたしそっちで買ってくる。二人はそこで並んでて」

と、痺れを切らしたように友達が言って、列の短い屋台へと歩いて行ったのに苦笑する。隣にいた男子も、少し笑っていた。

「相変わらずだよね。クールなんだけど、待たされるの嫌なところ」
「本当だよな」

なんて何気ない会話を交わして時間を潰す。ふと、男子も友達と同じ話題を口に出した。

「可愛いな、そのかんざし」
「ほんと?」
「うん。名字に似合ってる。月の形してて、」
「宇宙みたいでかっこいいだろ〜?」
「「!?」」

男子も大概驚いたような顔をしたが、私もきっと驚いた顔をしている。列に並んでいた私たちの横に、いつの間にかレオがそこに居たのだから!

「れっ……え、と、月永!? なんでここにっ」

男子の手前、名字で呼ぶ。やっぱりレオは超不思議そうな顔で私を見てきたが、気にしないことにしよう。

「さっきルカたんが帰ってきたんだけどな、『りんごあめ買い忘れた』って悲しそうにしてたから、おれが買いに来た!」
「なるほどね。でも、この列じゃないよ?」
「知ってる」

レオはぱ、と私の左手を取った。

「どうせ来たんだから、おれと遊んで! 名前」

やけに私の名前を強調して、ニコリと美しく微笑むレオ。とっても嫌味ったらしい感じなので、きっと私が月永と呼んだのが相当お気に召さなかったらしい。

いや、遊ぶのはいいけど。いま私はお使い中で。

「つ、月永くん? 久しぶりだな」
「ん〜? おまえは、えっと……ごめん覚えてないや!」
「中学の時から覚えてもらってないから、知ってるよ。それより、名字を連れていかれると困るんだけど……」
「なんで?」
「ジュース六本買わなきゃいけないの。だから、彼だけで六本も持てないし」
「袋貰ってきたから、わたしとアンタで運んでけばいいんじゃない?」
「あっ」

気が付くと、友達がビニールを手に提げて戻ってきていた。彼女は私と男子、それから最後にレオの顔を見ると、「ふうん」と意味ありげに呟いた。

「あんた月永? 久しぶりね」
「ああ、おまえはなんか記憶にある! 伊藤? 山田?」
「ハズレ。あとで名前に答え合わせしてもらってもいいし、しなくてもいい。そんなことより」

くす、と友達が少し笑った。それだけでもかなり珍しいので、男子と私は目を見張ったが。

「ずいぶん露骨ね、月永は」
「そう? でも、わかってもらわなきゃ意味ないだろ〜?」
「仰る通りだわ。この子鈍いから、ちゃんと手握ってなよ。じゃあね、名前」
「は、え? どういうこと?」
「こういうことよ」

友達の手が、私の頭に伸ばされて。
しゃらん、と小気味良い音を立て、月の髪飾りが揺れた。

「しっかりマーキングしてないと、月永のモノって自覚が芽生えないらしい、って話」

さらりと耳に流れてきたセリフの衝撃にぽかんとした私は、レオの手に引き寄せられ、列から外れていった。

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