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▼××回目のバイクデート

卒業してから、私と泉は同棲を始めた。

泉はアイドルの仕事もモデルの仕事もするつもり、ということは卒業前から聞いていた。だから、ここでお別れと言われても仕方ないと思っていたのだけれど、現実は逆だった。

芸能界で働いて、数か月間平気で会えない状況になって、離れてたら絶対にあんたを逃してしまいそうだから、お願い傍に居て。俺と一緒に暮らして、俺のことお帰りって言って迎えてほしい。……って、いつになく本音をぶちまけてきたのを、克明に覚えている。

人気のない駐輪場で、彼が泣き出しそうな顔でそう言ったのだ。プライドが高くて、泣き顔なんてみっともないからって、どんな時でも我慢していた泉が。その姿だけで、私はもう、十分泉が好きだと思う事が出来るのに。とどめのように「愛してる」と言われたら、もう答えは一つだった。

そして季節は夏。泉と一緒に暮らして、数か月。レオやルカの居ない生活にも、泉と一緒に眠り、朝ご飯を作ったりという生活にも慣れてきた。泉の方も最初は緊張していたけれど、今では自然体で、私の肩にもたれかかって雑誌を流し読みするほどだ。

「……あ、ここ良い」
「ん? どしたの、泉」
「ここのビーチ、綺麗だと思わない? 近くに、水着のままで行けるショッピングモールがあるとか、レストランがあるとか、結構周りもいいしさぁ」

細く、でも男性らしい指が、雑誌の表面をとんとんと叩いた。覗き込むと、そこにはエメラルドグリーンに輝く海の水面と、白い砂浜、鮮やかなパラソルビーチが点々と花を咲かせていた。とても写りがいい写真で、思わず感嘆をあげた。

「すごい綺麗! 良いなぁ……」
「気に入った? んじゃ、決定だねぇ」
「え? 何が?」
「明日行こう、ここ」

8月最初のデートは、海らしい。



「この辺、道の駅があるから、いったんそっちに入るよ」

インカム――所謂バイクの上で会話するのに必要な機械だ――から、泉の涼やかな声がした。「うん」と短く返事をすると、彼は車線を左側に変更した。少し先に、道の駅の看板があった。

そのまま駐車場に入る。夏休み、されど世間様は平日だ。駐車場はまばらにしか車がなくて、建物の中にもそんなに人はいなかった。

ヘルメットを外し、泉がバイクから降りた。私にそのままメットを渡し、「ちょっと水買ってくる、あんたもなんか買う?」と提案してきたので、頷いた。渡されたヘルメットをいったん膝の上に置き、自分のヘルメットを脱いで地面に着地。約一時間ぶりの地面だ。

「ふふ」
「……? なぁに、泉」
「癖ついてる」
「え、わわ」

どこ? と聞くより早く、泉の手が私の頭に触れた。優しく撫でるように髪を梳かれて、なんだか気持ちがいい。にへら、と締まりなく笑うと、泉が「緩んでる」と私の頬をきゅっと引っ張った。まるで頬の感触を楽しむような感じだ。

「いじゅみ、はにゃしてー!」
「何言ってるか、意味わかんないけどぉ?」

とか言いながら、頬から指が離れていく。泉はとっても、私に甘い。意地悪だけど、その何倍もの愛情が、彼の表情から、指先から、漏れ出しているようだった。

「女の子なんだから、男に指摘される前に身だしなみを整える。当然でしょ〜?」
「あはは、そうだね。でも……」
「でも?」

私の髪を、丁寧に手櫛で梳かしながら、泉が言葉の続きを促した。

「でもね、私の彼氏は泉だから。指摘されても、泉がちゃんと直してくれるから平気だよね?」
「はぁ? ほんと、俺に甘えすぎ。……悪くないけど」

すっごくすっごく幸せそうな色をした文句だ。
まだ海にすらついてないのに、既に満足してしまう私と泉は、ずいぶん安上がりな恋人同士なのかもしれなかった。

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