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▼ドレスアップの憂鬱

宗の服は何時でも最高傑作だ。

着る相手をよく考えてあり、実際の採寸でもよく相手を観察している。そうして彼が相手の体形、嗜好、時には経歴でさえ考慮し、服のデザインが出来上がる。

「『Knights』の月永からの依頼で作った、名前の為のドレスなのだよ」

今日も、彼が渡す服は素晴らしい。

『Knights』の新曲・Silent Oathで彼らは紺色を基調としたスーツを纏っていた。それに合わせて、彼が私に渡したのは紺色のドレスだった。上は極めてシンプルな型にしてあるが、スカート部分にはフリルがあしらってあり、重ねられたそれは花びらのように美しく広がっている。

『Knights』らしい、清廉な女性をイメージしたとのこと。泉の乙女、とレオが注文したらしい。アーサー王伝説に出てくる女性のことだろうか。

「これ、今から着るの?」
「ああ。影片を置いておくから、隣の部屋で、着替えと……それが終わったらメイクを頼め。僕は新しい作品に取り掛かるので、準備が終わったら声をかけるのだよ」
「わかった。ありがとう、宗」
「フン」

彼は少し誇らしげに口の端を上げると、そのまま作業机の方へ向かった。邪魔をしてはいけないので、そのまま隣の教室へ直行。影片くんは奥の方で、様々な化粧道具を用意していた。

「あっ、名前先輩! 堪忍なぁ、おれ手際悪いから、メイク道具の準備に手間取って……ちょっと待ったって〜」
「あ、大丈夫だよ。コルセットつけるんだよね?」
「せやせや! 忘れとったわ!」

影片くんが棚から、ドレス用のコルセットを取り出した。その間に私は制服を脱いでいき、下着姿になる。

最初は「影片くんの前で下着になんてなれない!」とめちゃくちゃ宗に抵抗したんだけど、何回も彼のドレスを着る機会が重なると、次第に慣れていってしまった。宗の芸術を壊す方が問題だ、という結論に落ち着いた訳だ。

影片くんも最初は真っ赤になったものだが、彼の方もついには慣れて、お師さんのドレスが完璧に着て貰えた方が嬉しいわあ、とニコニコ顔で私の前に現れるほどになった。

「おっしゃ、んじゃまずはこのストッキング履いたってぇ」
「はーい」
「でその間におれは、このスカートの膨らます奴を……」

最早流れ作業である。
影片くんは、いつも私に服を着せるのに一生懸命になっている。作業工程をそらんじながら行動する姿は、なんだか愛らしいくらいだ。

特に普段と変わりなく、つつがなく着替えは終わった。紺色のドレスは、予想通り着心地がいい。

「わぁ、かわええなぁ」
「ふふ、ありがとう」
「あ、信じとらんやろ! おれ本気で思っとるんよ〜? 名前先輩はほんまに、紺色がよく似合うって……」

だんだんと言葉尻が弱くなった。すこし、悲しそうな顔をしている気がしたので「どうしたの」と聞こうと思ったけど、一瞬で表情を変えたので追及は出来なかった。

そのままいつもの笑顔で手を引かれ、椅子へと座る。彼は、手元のメモ帳を覗き込んでぺらぺらと紙をめくった。

「えっと、お師さんの指定は……ナチュラルメイクやな。てか名前先輩、これ着て何かするん? メイクまでやれって言われるのは久しぶりやない〜?」
「今日、記念撮影をするみたい。『Knights』のアルバムが出来た記念に、私にまで衣装を作ってくれたみたいでさ」
「ふうん……」

うーん、なんだかさっきから影片くんの元気がない。
とはいっても、彼のメイクは気持ちに左右されるほど拙いものではなく、順調に私を塗り替えていく。顔が近づくけれど、彼の表情は真剣そのもので、安心して任せられた。

けれどたまに、メイクの出来を確かめるように顔が離れる。そうすると、やっぱり彼の表情が暗いことが分かるのだ。

「影片くん」
「……あ、なに? どったの姉さん?」
「悩みでもある?」
「ほえ?」
「さっきから暗い顔してたよ〜?」

そう言うと、彼の頬にかすかに紅が差す。

「あ、えと……なんでもない!」
「影片くん」
「う、うう……なんでもなくはないんやけど……ただ、ちょっと嫌やってん」
「いや? 何が?」
「ん、んん……ちょっと待ってな?」

彼は少し困ったように視線を反らし、グロスの入った箱を開けた。赤、オレンジ、ピンク……指がそれらの上を彷徨い、彼の選択した色は薄いピンク色だった。

グロスを開け、そっと私の顎に手をかける。はちみつ色と空色が、真剣に私の唇を見つめるものだから、なんだかこの時ばかりは気まずい。ドキドキしてしまう自分が、少し恥ずかしくって。

綺麗に塗り終えると、影片くんは少し微笑んだ。

「やっぱ、ほんま綺麗なんやな」
「影片くんがお化粧上手だから、ね」
「ほんと? おれ、うまくなったかなぁ。嬉しいなぁ。でも、やっぱそれやったら嫌や……」
「え? どういうこと?」

上手くなったら嬉しいのに、嫌?
不思議そうにしている私を見て、影片くんは少し唇を尖らせて拗ねたような顔をした。

「おれががんばったのに、隣におるのは騎士様たちなんやもん……」
「えっ」

こんな至近距離で、顔を赤くしたら……確実にバレてしまう。だから落ち着け、と自分で自分を律しようとするけれど、私の体は言うことを聞いてくれる訳もなかった。

ただ、それは影片くんも一緒みたいで。

「こんなに可愛ええ紺色のおべべ着て、お化粧までして、王様さんの隣に立たんといてえな。名前先輩がお姫様みたいになってしもたら、おれ、どうしたらええかわからんくなる……」
「お、お姫様って……もう、大げさだなぁ」
「せ、せやかて! お姫様の隣言うたら、王様やん! おれみたいな人形は、隣に居れんようになってしまいそうで、こわい……」

ぽつり、呟いた言葉は子供のようで。
なんとなく、不安にさせてしまったということだけは分かった。影片くんの気持ちも、自分の気持ちも、なんとなく察していたけれど、そういえば言葉にも、行動にも表したことはない。

だったら、ここは先輩の出番かな。なんて脳内で言い訳をしながら、私は影片くんのネクタイを掴んで引っ張った。

「っえ!? せんぱ、」

一瞬、触れるだけのキス。
せっかくグロスつけてくれたのに、乱してしまってごめん。

なんて冗談めかして言おうかな、とお気楽に思ってた。きっと影片くんは驚いて、言葉も出なくって、だから私が言葉をつづけなきゃ。って思ってた、

けど。

「名前先輩っ……」
「え、あれっ? 影片く、ちょ、んんっ!?」

離した唇は、再び塞がれてしまった。後頭部には影片くんの少し冷たい手があって、がっちりと固定されている。おまけに椅子の上で、私は引き下がることなんてできない。影片くんの思うがまま、唇は触れたり離れたりを繰り返した。

「っは、……せんぱい、へいき?」

ふと、思い出したように影片くんが唇を離した。いつもの気づかわしげな声がかかるけど、息も絶え絶えな私には返事ができない。は、は、と乱れた呼吸だけが二人の空間を響いている。

「苦しかった? 堪忍な……? でもあかん、もっかいしたい……」
「ちょ、ちょっと待って!」

再び頬にかけられた大きな掌に、自分の手を重ねる。すると彼はもう片方の手でその手を引き剥がして、ぎゅっと握りしめた。

「名前先輩、好き。おれ、先輩のこと好きやねん」
「っ」
「先輩もおれのこと……さっきのちゅーは、そういう風に受け取っても、ええんやろか……?」

うるんだ瞳が、私を見つめる。健気で優しくって、ちょっぴり臆病な色が、彼の瞳で揺れていた。

ああ、彼はこの目は嫌いというけど。私は結構、この目は好きだな。彼のことを伝えてくれる、瞳だ。

「影片くんのこと、好き」
「ほ、ほんまに……?」
「うん。だから、おねがい」

もう一回キスして。
そう言って私は、影片くんの数分の努力を帳消しにさせてしまった。

彼の唇にも、彼の努力の『かけら』がにじんでいるのが、とてつもなくうれしくって。これは夢じゃなくって、現実だってわかる、綺麗なピンク色。
宗のドレスがぐしゃぐしゃになってしまうかも、と危惧する余裕なんてなく、抱き着いてしまった。

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