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▼朔間零とて高校生である

ショコラフェス。憂鬱で仕方ない、と零はため息を一つ吐いた。

イベントの趣旨そのものが嫌いだとか、昼のうちにライブをするのが嫌とか、そんな駄々を捏ねるつもりは毛頭ない。そこは仕事、好き嫌いをその日のパフォーマンスのクオリティに反映するような三流ではないと、零は自己評価している。
それに、普段はまったくライブに乗り気ではない薫が、今日のこの日に限っては活動的である。この機に『UNDEAD』の名を更に売る、というのも戦略的には間違いではない。

「おい、吸血鬼ヤロ〜。俺様の周りでため息つくんじゃねえ、うっとおしい」
「朔間先輩、ため息をつくと幸せが逃げるとも言うらしいぞ」
「おお、そうじゃのうアドニスくん……」
「ちょっと朔間さん、何その顔。俺たちのステージに女の子が集まらなかったらどーしてくれる訳? しゃんとしてよねぇ」

普段の三割増し輝く笑顔で、薫が零の背をバンバンとたたく。あまりのハイテンションぶりに、二年生は肩をすくめていた。

「気持ち悪ぃレベルにやる気だな、羽風センパイはよぉ……」
「逆に朔間先輩は、どうも機嫌が悪いな」
「機嫌が悪い? やる気がねえんじゃねーのかよ?」

ひそひそと自分を遠目に見ながら会話をする二年生にも、普段のように絡みに行く気概はない。零は重い腰を上げて、ライブの準備を始めた。



ショコラフェスはつつがなく終了し、『UNDEAD』の配るチョコレートは売り切れ御免の在庫ゼロ。文句なしの出来栄えだ。

「はぁぁ……」
「ほんっとうっとうしいなぁ!? 何だよ、ライブも終わっただろ!」
「我が愛し子は、やっぱり来てくれなんだのぅ……」
「あ? 双子……じゃねえな。名前のことかよ」

どうせそんなことだろうとは思ったぜ、なんて吐き捨てる晃牙に、零は苦笑した。どうやら同じ部の後輩にも、零の思惑はバレていたようだった。

「無理だな。あいつは『Knights』のチョコ貰うだろ、普通に」
「うう、耳に痛い発言じゃのう……我輩一応、名前の彼氏なんじゃが……」

あの絆に、そうそう割り込めないということも自覚している。だから余計に嫌な気分になるのだった。
なんて零の気持ちは、晃牙にくみ取ってもらえるわけもない。終いに話すのが面倒になったのか、晃牙は投げやりに真正面のステージを指さした。

「つーか正面に『Knights』のステージがあるんだし、気になるなら見に行けばいいじゃねえか」
「我輩に、ほかの男から贈り物をされる名前を眺めてこいとは、鬼畜過ぎるぞわんこや……」
「ちげえよ。そのポケットに隠してるもん渡してこい、ボケ! ってことだ」

う、と零らしからぬ図星を突かれた表情。珍しいものを見れたな、と晃牙はゲラゲラ笑ってギターをケースに詰めた。彼は帰るつもりらしい。

ポケットに入っている小さな箱に、そっと触れる。ショコラフェスに倣い、零個人で作った菓子だった。正直、店で指輪でも買うか……と思っていたのだが、薫に「重っ」と言われて動揺し、結局やめた。今考えれば、お菓子作りなんて笑ってしまうほど自分に似合わない。これを渡す方が恥ずかしいんじゃないか、と思ってまた憂鬱になる。

「ふむ……とはいえ、我輩、もうこの菓子は食べたくないのう……」

試作過程で、死ぬほど味見したので。
という笑い話はさておきだ。このまま箱を放置する訳にもいかない。気は進まないが、『Knights』のブースへと足を進めた。

『Knights』もとうの昔に撤収作業に移っていたのだろう、ステージは閑散としていた。そのステージの隅の方で、騎士五人と女王が何やら話している。いきなり見たくない光景にバッティングしてしまった訳だ。

すでに名前は、何やらプレゼントらしきものを貰っていた。足元に大きなクマの人形、紙袋が三つ。凛月も家で菓子を作っていたので、おそらく凛月の作った前衛芸術的なモノが、紙袋のどれかに入っているのだろう。

「っていうか司ちゃんのこの人形、どうやって持って帰るの〜?」
「すみません、車で持ってきたもので……持って帰ることを失念していました」

しょんぼりとしている一年生の子に、名前は微笑んでいた。

「とりあえずは、『Knights』のスタジオに置いておこうか。悪いんだけど、今度車で運んでもらえないかな……?」
「はい、そうします! 配慮が足らずすみません」
「ううん、ありがとね司くん。このクマさん可愛くて大好きよ! 名前は何にしようかな〜」
「スオ〜なんてどうだ? おれは猫につけたけど!」
「Leader! 余計なことは言わないでくださいっ」
「いいね、スオ〜ちゃん! 決定!」
「ええっ!? 名前先輩までっ」

和気あいあい、という言葉を体現したような輪に入り込むのは、別に零じゃなくとも気が引けるだろう。やはり今日はやめにしようか、という所で、レオとばっちり目が合ってしまった。

「おお〜! レイじゃないか、元気にしてるかー?」
「あぁ、月永くんとその騎士たちよ。今日はお疲れ様じゃったのう」
「あら、朔間さん。うふふ、名前ちゃん、彼氏様が迎えに来てくれるなんて嬉しいわねぇ?」
「な、鳴ちゃんっ」

かぁ、と頬を染める名前が可愛い。それだけで少し気分が晴れてしまうのだから、自分はこんなに現金だったかと、思わず首を傾げそうになるくらいだ。

一方で、凛月と泉は零の姿を見ると露骨に嫌な顔をする。どちらとも、零を見てそういう顔をする心当たりは零にもあったので、特になんとも思わなかった。

「このチョ〜でかいクマ、スタジオに運べばいいんでしょ?」
「あ、俺も行く。兄者と同じ空気を吸うくらいなら、雑用のほうが100万倍くらいマシ」
「じゃあおれは、ほかのプレゼントを運んで帰ってやろう! おまえはレイと先に帰っていいぞ!」
「あっ、ありがと、レオ」
「すまんのう、月永くん」

珍しくも、レオが人に気を遣ってくれたらしい。『Knights』のメンバーがいる場所でプレゼントも出来ないので、ありがたくこの場から名前を攫ってしまおう。なんて考えて名前の右手を取ったが、

「あっ、ちょっと待って! 名前!」
「なに、レオ……っ!?」

そのとらなかった方の左手の甲に、レオがキスを落とした。
周囲が水を打ったように静かになる。レオを信じられないとばかりに見るもの、零の表情を伺うもの、面倒くさそうに額に手をやるもの。反応は様々だったが、そんなのは零には何の面白みにもなりはしない。

「な、え?」
「おれからのプレゼントは、おまえへの感謝だ。あと、退魔のおまじない」
「は……」
「言ってくれるじゃね〜か、月永くん」

つい、昔の口調がポロリと飛び出る。一年生が目をむいて零を見たが、そうか彼は生徒会長だった頃の自分を知らないのだ、なんてどうでもいいことを理解した。

「余裕ないな、レイ。心配すんなって、いまんとこ邪魔するつもりはないからさ!」
「嘘つけ。人の彼女に唾つけやがって、殴り飛ばされても文句はいえね〜ぞ?」
「おまえの彼女は、おれの幼馴染だ。おれにも大事にする権利はあるだろ? あと、昔のおまえを知ってるから、おれは名前が心配なんだよ」

泣かせたら、即刻お祓いしてやるからな! なんて笑うレオだったが、その目は全く笑っていない。よほど警戒されているらしい。
これ以上場の雰囲気をおかしくするのも得策ではない。泉など特に、レオと同調し始めるかもしれない。そうなれば『多少』面倒くさい。

と、様々な状況判断を五秒ほどで行って、零はいつもの穏やかな雰囲気を纏いなおし、さっさと騎士の集まりから名前を連れて抜け出すことにしたのだった。



「れ、零さんっ」
「ん? なんじゃ、名前よ」
「ごめんねっ! ほんとにごめん、レオがすっごい失礼なこと言って!」

名前は本当にすまなさそうな顔をして、零に何度も頭を下げている。手をつないだままなのに、そう何度も頭を下げられては、まるで自分がカツアゲでもしている不良生徒に見えてきて居た堪れない。昔の口調で話したせいかもしれないが。

「良いんじゃよ、別にあれくらい。可愛いお仲間を盗られては、いくら清廉な騎士と言えども恨み節の一つや二つは吐きたくなるというものじゃろうて」

ついさっきまでチョコを貰いにきてくれなかったと『Knights』を僻んでいた自分としても、共感できる気持ちではあった。……なんて、名前には恥ずかしすぎて言えないが。

それに、零はああいう感情を向けられて傷つくほどできた人間ではない、と自負している。むしろ、優越感を感じられるタイプである。元来、俺様な性格をしていると言われても否定はするまい。

「でも……なんか嫌だよ」
「なにがかえ?」
「……零さんの彼女として、釣り合ってないみたいで」
「は」

思わず間抜けな声が出た。釣り合っていない? あの騎士たちからすれば、零の方が名前に釣り合わないどころか、比較対象にもしたくないのではないだろうか、なんて思うがそれはともかくだ。

かなり拗ねた顔で頬なんか膨らませて、名前はしょぼくれた声で続きを言った。

「零さんはスタイルもいいし顔もいいし頭もいいし優しいし、まったく釣り合ってないって、身内から言われてるみたいで辛い! 何よみんな、私と零さんはお似合いじゃないって言いたいの?」
「名前や……逆じゃよ、逆。我輩が釣り合わぬと思われておるのじゃ」
「えっ!?」

そこで心底驚いた顔をするあたり、名前は本当に自己評価の低い子だと再認識する。零が恋人になった以上は、存分に甘やかしてほめちぎって、もっと自己評価を上げさせようという目論見もあったりするが、それはまたの機会で。

今は、名前に不意打ちで褒めちぎられたせいで、情けなくも緩みかけた表情を引き締めることに集中しよう。そうだ、レオにキスされていた。あれは本当に腹立たしい出来事だった。というか彼女、前に英智にもキスされかけてたことがあったのだ。少し、お灸をすえるべきか。

「それより名前よ、おぬしどういうつもりなのじゃ」
「えっ」
「月永くんにキスされて、ぽかんとしている場合ではなかろう」
「あ……っ、あれは、だってレオだから……」

レオだから、という言葉に不愉快な気持ちが湧きおこる。レオの言う通り、彼は彼女の特別な枠に収まっている幼馴染だ、という現実をまざまざ見せつけられているようで、嫌だった。

「月永くんじゃったら、ここも……許すのかのう」
「えっ、あ」

つ、と名前の薄いお腹の辺りに人差し指を這わせ、徐々に下降させる。道端だというのに、名前は零の嫉妬と色気を纏う微笑みに参ってしまって、頬を赤くしていた。

「えっちじゃのう、名前は……そのような顔を、往来で見せて」
「っ……零さん、怒らないで……」
「うん? 我輩怒ってなどおらぬよ」
「うそつき……チョコ貰いに来なかったから怒ってたって、こ〜ちゃんが言ってたんだからね……」
「なっ」

今度は零が顔を赤くする番だった。名前のほうが、今度は美しくにっこりと微笑んだ。

「こ〜ちゃんが昼頃に、『今日は『Knights』からチョコ貰わねーほうが身のためだぞ、あの吸血鬼ヤロ〜がイライラしてっからな』ってLINEしてくれたの」
「わんこめ、余計な気を回しおって……」
「なんで? こ〜ちゃんが言ってくれたから、私、『Knights』のチョコは受け取ってないよ」
「なんと……それは知らなんだ」

途端、風向きがなんだか零の思いもよらない方向に進んでいる。この分だと、零のポケットで寂しく主張している小箱の存在にも、気付いているのでは……。

「零さんっ、チョコちょうだい?」

私の為に作ってくれたんだってね? と微笑む名前が、今はうらめしい。目には目を、策士には策士を、といった光景だった。この子の前だと、自分が相手を翻弄しっぱなし、という常勝手段が使えない。

女王に貢物を許され、魔王は死ぬほど恥ずかしいと思いながら、ポケットからそっと小箱を取り出した。

「上手くいったかは、分からんのじゃが……」
「うふふ。零さんから手作りのチョコ貰えるなんて、私幸せ者だなぁ」

そういって名前も、何やらカバンを探り始めた。彼女が取り出したのは、零のものより少し大きな平たい箱。

「はい、私からも」
「なに?」
「バレンタインのチョコレート。本命だからね?」

本命。阿呆のように繰り返してしまった自分が情けない。
「可愛い」と名前が零の赤くなった顔を見て笑うので、可愛いのはどっちだと、荒い口調で内心文句を言ったのは零だけの秘密。

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