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▼りんごジュースじゃ物足りない

「それでは、今日はここまで」

椚先生のその一言が、今だけは天のお告げレベルにありがたいものに感じられた。ガタガタと椅子が床と擦れる音が教室中に響いた。

お昼休み前の授業って、どうしてこう長く感じられるんだろう。お腹減ってるし、疲れも二倍くらいに感じられる。さっさとお弁当食べて、次の授業に備えて寝てしまおうかな?

なんて机に突っ伏せながらお昼寝の算段を立てていると、ふいに頭上からお声がかかる。

「名前先輩、寝てるんすか?」
「あれ、真緒くん?」

3Bで真緒くんの声を聞くなんて、なかなかないシチュエーションだ。嬉しくて顔を上げると、彼も笑顔だった。

「どうしたの、今日の昼休みは『Trickstar』のレッスンあったっけ?」
「いや、ないですよ」
「だよね。じゃあ、何か用事?」

そう言うと、真緒くんは「あー……」と言い淀んでいる。なんだか少し照れくさそうだ。
それでもじーっと彼を見ていると、彼は苦笑してとうとう口を開いた。

「あの、今日は一緒に帰りたいなって、思ったんですけど……」
「えっ、ほんと!?」
「ほんと。っていうか、嘘ついてもしょうがないし」
「えへへ、それもそうだね」

そのためだけに、わざわざ三年生の教室に来てくれたんだ。そう思うと、思わずにまにまと笑ってしまう。真緒くんはちょっと恥ずかしそうに眉をひそめて、「顔、緩みすぎ」と私の頬をつねった。

学校で真緒くんがこうやって触れてくれることは滅多にないので、また顔が緩みそう。なんとか顔を引き締める。

「じゃあ、『Knights』がいつも借りてる防音練習室の前で待ってるね」
「わかりました。俺、今日は部活あるんで、たぶん丁度いい時間になると思います」
「りょーかい! あ、真緒くんもうお昼食べた?」
「いや、まだですね。学食行くつもりで」
「私お弁当なんだけど、一緒に行っていい?」

そう言うと、真緒くんはニッと笑って、私に手を差し出してきた。

「行きましょう、先輩」

お弁当を片手に、その手を取る。一緒に帰るだけじゃなくて、お昼まで今日は一緒だ。なんてついてるんだろうって思いながら、真緒くんの腕に抱き着いた。



昼間言った通り、ちょうどいいタイミングで集合することができたので、まだ日が暮れるには早い時間帯だった。空はちょうど、茜色と紺色がまじりあって美しい。

まだ時間にも余裕があったので、真緒くんと近所のコンビニに寄った。部活帰りでお腹が減った、と言って彼は菓子パンを買い、私は喉が渇いたので、パックのりんごジュースを買ってみた。歩き食いはお行儀が悪いけど、今日だけは許してほしいな、と誰に言うでもなく思った。

「おっ、これ美味い!」
「あ、そのメロンパンうちの購買にもあるよね。いっつも朝、争奪戦になってる」
「ああ、これが! 確かに美味しいや、甘さもちょうどいいし」

真緒くんは心底おいしそうにメロンパンを頬張っていて、とってもかわいい。一時間目終了後、という微妙な時間帯に入荷するにも関わらず、ファンが殺到する入手困難な一品だ。おいしいのは約束されている。
……いいなぁ。

「……名前先輩、」
「えっ!? い、いいの!?」
「まだ何も言ってないんだけど……ま、いっか」

お世話焼きの真緒くんが、私の口元にメロンパンを持ってくる。遠慮なくかぷり、一口。すると、中に挟まっているクリームがどろりと口内に溶け出して……天国だ。

おいしいっ、と小声で叫ぶと、真緒くんが可笑しそうに笑った。

「すっげえ幸せそう」
「実際幸せ! えへへ、おいしい〜」
「……間接キス」

ぼそり、その呟きは唐突に私の耳に入り込んで、思いっきり心臓を打ち付けた。あ、えっ? い、言われてみれば、確かに……! と、さっき噛り付いた場所を見た。すでに真緒くんに返却されたメロンパンは、ちょうど彼の口元に迫っている。

真緒くんは、私が見ているのに気づいて、わざと私のかじった場所を一口で食べてしまった。彼の一口は、私よりも大きい。なんてどうでもいい感想が、ぼんやりと頭を支配する。

「名前先輩、顔真っ赤」
「うっ……だ、だって……真緒くんが変なこと言うから」
「もう一口、どうです?」

意地悪な顔で、また私の口元にパンを差し出してくる。先輩の矜持があるので、これ以上からかわれるわけにはいかない! という訳で丁重に辞退する。

「いりませんっ」
「あはは、拗ねないでくださいよ。照れてるの、可愛いですって」
「照れてないもん。ほら、私のジュースだって飲んでいいんだからね!」
「へぇ? じゃあ、遠慮なく」

もはやヤケになって真緒くんにりんごジュースを差し出すと、彼は私の右手ごと掴んで、ストローに口を寄せた。口をつけた場所が残らないパンよりも生々しいことを、真緒くんの喉が動くところを見ているときに思い当ってしまった。

真緒くんの右手が離れ、思わずストローをまじまじと見つめてしまう。
これ、もう一回私が口をつけないといけないよね……?

どうしよう、すごく恥ずかしい。なかなか覚悟が決まらず、ぎゅっと唇を噛んだ。心なしか、真緒くんの視線刺さってるし……!

「先輩」
「うっ、待って、もう少し……」
「こっちこっち」
「え?」

とつぜん指示語を出されたら、反射で振り返るのが人である。
なんて格好がつけられたらいいのだけど。

振り返った瞬間、後輩の綺麗な顔が視界いっぱいに広がってたら、どうすればいい?

「んっ……!?」

ふに、と唇を食まれる。食べられてるみたいで、ドキドキする。慌てて目を閉じると、ほかの感覚が研ぎ澄まされるっていうのは本当なのかな。
かすかにりんごの味がする、キスだった。

すぐに唇は離れ、近すぎる真緒くんの顔を見上げる。茜色の空と、真緒くんの赤紫の髪が、綺麗にお互いをなじませていた。

「やっぱり、ちゃんとキスしたほうがいいな」

満足げな可愛い年下の彼に、文句なんか言えなくって。大人しくジュースのストローを口にして、残りのりんご味も堪能することにした。

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