30万打リクエスト | ナノ
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▼SUMMER SONG

「あのぅ、ソーダありますかっ?」
「はい、ありますよ。300円です」
「一つくださいっ」
「あたしもソーダ」
「コーラくださいっ」
「はい、ありがとうございます」

にっこり。銀髪をまぶしい太陽に照らされ、青年が爽やかに微笑む。彼の手から飲み物を渡された女性たちは、きゃあきゃあと嬉しそうに砂浜のほうへ駆けて行った。

張り付けた笑顔をふっと陰らせ、青年は、

「……チョ〜うざぁい」

……太陽を思いっきり睨んでいた。
流れる汗を乱雑に手の甲でぬぐい、空になった箱を持って日陰へ向かう。その姿さえ、何かのCMのようで、また女性たちが遠目で彼を……泉を見ていた。黄色い声は、暑い環境では苛立ちの要因でしかないようだ。

「お姉さん、お茶ちょうだい」
「はい、200円になります!」
「あはは、可愛いね。その水着」
「えっ? あ、ありがとうございます……」

ふと、泉の後方でそんな会話が聞こえた。お姉さん、と呼ばれるような売り子は、この場に一人しかいない。せっかく日陰まであと20メートルほどの距離まで来たのに、と恨めしく思いながら泉は引き返した。

「はいはい、まいどあり〜。さっさと日陰に行くよ、名前」
「わっ、泉」

彼女が抱えていた箱の中から、最後の一本を男に押し付ける。あからさまに嫌な顔をした男も、泉の顔を見ると少しぽかんとして、すごすごと引き下がる。顔が良いっていうのも、面倒ごとを減らす要因の一つだった。……ナンパとか、そういう類の。

なんて泉が、暑さから逃れたいためにぐるぐると回していた思考を、涼やかな名前の声が遮った。

「手伝ってくれてありがとー。これで今日のノルマは達成ね!」
「まったく、俺を裏方に使ってくれちゃってさぁ……」
「もー、しょうがないでしょ? 鳴ちゃんが急に熱出たっていうんだもん」
「絶対サボり」

すげなく言い捨てた泉だが、とくに名前は気にした様子もなかった。
それどころか、空になった箱を前後に振りながら、スキップで砂浜を歩いている。ひらり、ひらりと、彼女が着たラッシュガードの白色がひらめいている。

「んん?」

彼女の少し後ろを歩いていた泉が、怪訝そうな声をあげた。

「なに、泉?」
「いや、そのラッシュガード、デカくない?」

くるりと振り返り、立ち止まって首を傾げた名前。立ち止まると、改めてその丈の長さがよくわかった。丈は膝の辺りまであり、まくられた袖は不格好なほど膨れている。明らかに肩幅も足りず、ずり落ちていた。

「ああ、これ? これはね」
「あはは、名前ちゃん可愛いでしょー? このぶかぶか感、男心をくすぐっちゃうよねぇ?」
「あっ、薫くん」

名前の肩にポンと手を置いたのは、つい先ほどまでステージで海賊をやってのけていた薫だった。しかし衣装はすでに脱ぎ、身軽な水着姿での再登場だ。

爽やかな笑顔と共に登場した薫とは対照的に、泉はものすごく不愉快な顔をして薫を睨んだ。

「あんたの?」
「正解」
「……あのさぁ、名前。なんで自分のラッシュガード着てない訳ぇ?」
「も、持ってくるの忘れた……」
「はぁぁ!?」

教師に怒られているようにビクついた名前をかばうように、薫が「まぁまぁ」と口をはさむ。

「こんなクソ暑い日に、そんなに怒鳴ることないでしょ。ますます暑くなるよ?」
「自己管理のできないバカは再教育! 当然でしょ!」
「え〜? 名前ちゃん、最終的に俺にラッシュガード借りてるし、おかげで俺は、彼シャツ状態の名前ちゃん見られたし、win-winだよね? ねー、名前ちゃん?」

こくこくとうなずき、名前は恐る恐る泉へ一言。

「ご、ごめんなさい泉……お尻ぺんぺんしないでください……」
「えっ!? 瀬名くんやらしい! そんなことするの!?」
「したことないですけどぉ!?」

明らかに暑さとは別の理由で顔を赤くした泉に、薫は少し笑った。名前は、「再教育といえばお仕置き、お仕置きと言えばお尻ぺんぺんと思った」とかなんとか。たまに彼女の発想は飛んでいる。幼馴染のせいか、と泉は頭を抱えたかった。

「まぁまぁ、男のヤキモチとかぜんっぜん嬉しくないからさ、その辺にしておいて。名前ちゃん、あっちで俺とデートしよ? おいしいアイスクリームの屋台が出てるんだってさ」

薫の誘い方は鮮やかかつ、爽やかだ。抵抗感があまりないのか、名前は嬉しそうに口元をほころばせている。

「いいね、アイス! 泉も行こう?」
「はぁ? アイスとか、高カロリーでしょ」
「うんうん、瀬名くんは来なくていいからねー」
「かき氷なら許容範囲だけどぉ?」
「来るなって言ってるの分からないかな?」
「良いな! 俺はチューペットを希望するぞ、羽風!」

バンッ! とものすごい音で薫の背を叩いて現れたのは、海軍衣装をいまだ着たままの千秋だった。

「千秋! はぁぁ、やっぱり海軍衣装ってかっこいい〜!」

真っ白な軍服調の衣装は、名前のツボだったのだろうか。ステージが始まる前から「『流星隊』の衣装かっこいい……」と言っていたのを、泉が思い出した。

珍しくきゃっきゃと黄色い声をあげる名前に、千秋もまんざらじゃなさそうに笑った。

「あっはっは! そうだろう名前! お前とは相変わらず意見が合うなぁ! 俺は嬉しいぞ☆」
「うぎゃっ、でも抱き着かれると暑い……!」
「はぁぁ〜? ちょっと守沢くん、ずるいっしょ。俺も抱き着くまではしてないんだけどなぁ」
「なんだ? 羽風も抱きしめて欲しいのか!」
「うげぇっ! やめて、男と抱き合うくらいなら死ぬ!」

薫が本気で嫌そうに五歩くらい引いた。泉はもはや作業のように、名前からべりっと千秋を引き剥がす。

「あんたらチョ〜うざぁい。もうアイスでもかき氷でも焼きそばでもいいから、さっさと日陰に行かせてくれない?」
「あっ、ごめんね泉! 日焼けしたくないんだったね、急いで日陰に入ろう!」

名前が、ぱっと泉の手をとった。え、と言った泉のずいぶん間抜けな声に、薫と千秋は顔を見合わせて苦笑する。

「瀬名くんだけ良い思いするのは、ずるいよねぇ」
「そうだな! 名前、俺たちとも手を繋ごう……☆」

声は遠のき、再び波の音だけがあたりを響く。
砂浜の上、四人分の足跡が残っていた。

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