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肌寒い日には、

こんにちは。ところで今、逆セクハラで泉に裁かれそうで不安です。

……とまあ突然こう書いても何が起こったのか分からないだろうから、冒頭に戻り解説。

といっても大層な事件も事故もない。『Knights』のレッスン中に、我らが王様が突如「肉まん食べたい」とか言い出したのだ。何でも空腹でインスピレーションが刺激されたのは良いが、おなかが減りすぎて譜面にペンを走らせる気力がないとのこと。要するに燃料切れだ。

時刻は6時過ぎ。そろそろ小腹がすく時間帯ということもあってか、普段はレオの我儘にぷんぷん怒る司くんも「珍しくleaderと意見が合いました。司も賛成です」と言い出し、凛月は休憩のチャンスとばかりに「俺も……肉まん届くまで眠っとくね、ふわぁ……」と言い残し寝床にダイブ。面白がった鳴ちゃんが賛成し、残された泉一人が「バカじゃないの!?」とツッコむものの、もはやボケ4ツッコミ1その他1では彼に勝機はなかった。

その他1? もちろん私だ。
まあ、そこに肉まんがあるなら食べたいが、買いに行くのはヤダ。だって確実にパシられるの私じゃん?
という訳で、泉が肉まんを買ってきてくれるという一縷の期待を込めて無効投票。なのでその他、中立だ。

「……はぁ。ちょっと『プロデューサー』」
「出たよ。嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃん?」
「その一片の信用もおけない胡散臭い笑顔、尊敬の領域である」
「勝手にモノローグしないでくれる? チョ〜うざぁい」

おっと、泉への溢れる気持ちが漏れていたようだ。
だいたい泉がわざとらしく『プロデューサー』と呼んでくるときは、確実に良くない申し出なのだ。乗るわけがない。

「早くしてくれぇ……宇宙の喪失が始まるぅぅ……」
「ちょっと、れおくんが飢えてるんだけど? 幼馴染さんの出番じゃない?」
「コンビニ遠いし……あ、影片くんからもらった飴ちゃんならあるよ? 食べる?」
「くれ……でも肉まんもくれ……」
「強欲かよ……あ、そうだ。泉」
「何」
「バイク持ってるよね?」

ぴし、と泉が固まった。
矛先が自分に向かないと思っていたのか。どうせパシられるなら道連れを作ってやろうぞ。零さん風に言えばそんな感じ。

「な、なにそれ。俺に行けってこと?」
「いや、そこまで怖いことはしないよ。道連れにするだけ」
「見下げ果てた性根の悪さなんですけどぉ! 俺を足にするつもりとかありえないし!?」
「いいじゃん、乗せてよ。ほら、バイク用意! いざコンビニ!」
「なっ……ほ、……本気?」
「うん」

なぜか泉は目線をうろうろ彷徨わせている。なにやら頬が赤いけれど、この防音練習室、暖房付けてたっけ?

「やだぁ泉ちゃん、よかったじゃない!」
「う、うるさいよ。このオカマ」
「念願のバイクデートね! 行き先はコンビニだけど!」

きゃっきゃと鳴ちゃんがはしゃいでいる。バイクデート……だと?
その発想はなかった。確かに、泉の後ろに乗るつもりだったけれど、それって泉にめちゃくちゃ密着しなきゃいけないよね……抱き着かなきゃ振り落とされるし。
……ヤバい、これ逆セクハラしているのでは?
慌てて泉に辞退を申し出ようとしたけれど、泉がさっさと部屋を出て行ってしまったので言いそびれてしまった。



「意外と寒いね……」
「当たり前でしょ。もう十二月だよ?」

駐輪場を歩きながら、地球上で百万回以上使い古されているような会話を交わす。なんだか私たちの間を流れる空気もぎこちない。泉は微妙に緊張したような顔だし……。
と、とりあえず、セクハラで訴えられる前に謝ろう……

「ご、ごめんね? 泉」
「……は?」
「二人でバイクに乗るとか、嫌だよね」
「……なに、今更遠慮してんの。俺をパシリに陥れておいて、よく言うよねぇ」
「い、いやぁ。調子乗ってました、はい……歩いて行きます……」

穏便に済ませておこう。
そう思って泣く泣く一人で徒歩を選択する。

「……俺、別に同級生いびりまでするつもりはないけど?」
「ええ……」
「何その疑わしそうな顔。いいから、さっさと乗りなよ」
「え? いいよいいよ、無理しないで」

なんだかんだで親切な泉のことだ。断れないのだろうと思ってこちらから拒否するように片手を横に振る。けれど、予想に反し泉の機嫌は急降下。

「は? なんでそうなるの、意味不明なんだけど」
「なんでって……嫌でしょ? 彼女でもない子に抱き着かれるとか。あと、たぶん今バイク乗ったらめちゃくちゃ寒いよ? アイドルの資本は顔と健康な体なんだし、風邪ひかせるわけにも……」
「……別に、健康管理くらい自分でしてるんですけど?」
「それは分かってるよ。ほんと、気遣わなくてもいいからね? 私たち友達なんだから」
「――ほんと、鈍すぎ。チョ〜うざぁい」
「え」

ぐい、と強い力で腕を引っ張られる。
気付いた時には、彼と正面で抱き合っていた。

「……泉?」
「ほんと、余計なお世話だよ。こっちの気持ちもしらないで」
「だからごめんって」
「だったら黙って乗って」
「……えっ」
「好きな子なら相乗り許可。はい、乗った乗った」
「…………!?」

とん、と背を押されてバイクに近づく。
え? え?
その理屈でいうと、つまり、

「ああ、あと寒いのが問題なんだっけ」

混乱する私を他所に、泉は世間話の続きのように言う。私の肩を掴んで、もう一度引き寄せると、ごく自然に私の唇にキスを落とした。ばっちり目を開いていた私は、彼の長く整った睫毛を眺めることに。

「はい、これで寒くないでしょ。恥ずかしくて今、死にそうなくらい暑いし?」

なんて言ってのける彼は、唐突にキスをしたのはそっちのくせして、顔を真っ赤にしてそう言った。私はふらふらと、情けない足取りでバイクに跨る。泉は少し満足げに微笑んで、バイクに座った。
その背に、恐る恐る……抱き着く。まわした手に、一回り大きな手が重ねられた。その手は少し熱い。

「あ……暑いね。とっても」

動揺は倒置法に現れ、告白の返答は彼の背で感じられるであろう、バカみたいに跳ね上がった心拍数に現れている、はずだ。



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