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リビングデッドの恋


「……名前や」
「……ん? 零さん、どうしたの?」

珍しく図書館で時間を潰そうと零さんが申し出たので、現在は図書館の机に二人で座っている。向かい側に座る彼は、長い脚を机に放りだして本を読んでいたのだが、……いや。

「本を読んでるふりしてないで、本題に入りなよ」
「――はは、『俺』のことはお見通しってか? 成長したなぁ、名前?」
「そっちこそ、『我輩』ってしゃべりだしてから巧妙に『俺』で脅しをかけてくるようになったよね。昔の方がまだ怖くなかったかも」
「な、なんじゃと!? いまのすごい傷ついたぞい!?」
「ふふ、冗談だよ」

あからさまに驚く零さんを見てくすくすと笑う。昔は彼が私の方をみてくすくす笑っていたのだが、これも時の成す変化かな。私はずいぶん、いろんな意味で零さんに似てきたのだろう。

さて、似合わぬ慌てぶりを見せてしまった彼はというと、やや照れくさそうに苦笑して本を机に伏せた。

「仕方あるまい、長生きすると人間ずるくなるものじゃ……なんてお茶を濁すのもやめておこうかのう。思わぬ来客もありそうじゃし」
「え? ……ああ、中庭のほうに敬人がいるね。こっち来るのかな?」
「さっき此方を見ていたからのう。まぁよい、『蓮巳ちゃん』にお説教される前に話を済ませておくぞい」

そう言って、彼は懐かしい写真を取り出してきた。
彼が読んでいた本――正確には本ではなく、アルバムだったらしい。

「――これ……」
「うむ。『俺』たちの過去の遺骸じゃよ。埃をかぶって、書庫の中に埋もれて……今の夢ノ咲には忘れ去られた思い出じゃ。蓮巳くんなんかは思い出すだけで怒り出しそうで怖いのう?」
「……はぁ。それで、『デッドマンズ』を……『僕』たちの遺骸を取り出した理由は?」

意趣返しのつもりでそう言うと、零さんは心底愉快そうにくつくつと笑った。

「わんこと喧嘩してしもうたからのう。ついでに、遺骸をリサイクルしてしまおうかと思うての? なに、飼い犬の鎖を外して、首輪も解いて、所有権も投げ出したのじゃ。それを恨みに思って噛みついてくるならば、保健所に突き出すまでじゃ……♪」
「もー……。やめてよ、男の子同士の喧嘩に巻き込むのは。私はショックだったよ、こ〜ちゃんに怒鳴られて。可愛い後輩なのに、嫌われちゃったかも」
「わんこの方がショックじゃったろうて。いつもなら、不器用な晃牙の為に、絶対おぬしが我輩との間を仲介してくれるのに……今回は一つも口をはさんでくれなかったのじゃからな。まぁあやつは思った以上に物事をはっきり見ておるゆえ、おぬしに嫌われたとまでは思わんじゃろうが……?」

うん、本当は分かってるよ。
晃牙くんは確かに短絡的と言われるかもしれないけど、決して間違いのまま直行するタイプじゃないことくらい。

今頃きっと、私に怒鳴ったのを後悔して、謝らなきゃ〜って思ってるのかもしれない。

「今頃気に病んでおるじゃろうの〜? あやつ、転校生の嬢ちゃんとは初対面でやらかしたからのう、あの子には結構気を遣っていたらしいが……おぬしには可愛らしくも甘えて、子犬のようにじゃれておったから」
「間違えて噛みついて、痛い思いさせちゃった〜って? ふふ、痛い思いするのも先輩の、お姉ちゃんの務めだから、別にいいのにね?」
「羨ましいのう。我輩が痛い思いさせたら、一週間以上拗ねるのに」
「零さんがさせる痛い思いは、粉砕骨折なみに痛いもん。三年一緒にいるとね、さすがに治りも早くなるけど?」

ほんと、勘弁してほしいくらい無理難題を出してきたんだよね、……昔は。今となっては、全部懐かしい思い出だけど。

「我が愛し子には、強くなってもらいたいからのう? 我輩、天祥院くんに言われたんじゃよ」
「なにを?」
「君は抱きしめたつもりでも、相手は死んでしまいかねない……ってな」
「……」

怪物、あるいは大天才。
それが昔、零さんと『五奇人』に与えられた識別名だ。

事実、彼の傍に四六時中いたものは誰もいない。敬人も彼の夢の為に去り、私も蜘蛛の糸のような細いつながりを残して、『Knights』の方へと意識を向けた。――零さんを選ばなかったのだ、彼のはじめの『愛し子』は。

もしかすると、私たち二人は、無意識のうちに自分を守ったのかもしれない。

もしかすると、零さんが、私たちを意識的に遠ざけて守ったのかもしれない。

抱きしめる/抱きしめられると、殺す/殺されるから。

なるほど、確かにその通りだ。英智の言う通りだったかもしれない……『昔は』。

「零さん」
「うむ、なんじゃ名前? おお、そろそろ蓮巳くんが来る頃合いかのう」
「心配しなくても、もう敬人も私も殺されないから」
「――はて、なんのことかのう? おぬしら、悪の組織にでも命を狙われておるのかえ?」
「あはは。それじゃまるで物語のキャラクターみたいだね」

だけど、そうじゃない。
私も敬人も、そして零さんも……そうじゃないんだ。

「でもさ、心配しなくても『私たち』はキャラクターじゃなくて人間だよ。私たちは女王でも魔王でもないし、神様のミズハノメでもない」
「……」
「同じ人間同士なんだから、思いっきり抱きしめていいよ。ほら、敬人も私も、もう三年生なんだ。貴方と一緒にこの学院を去るよ。だから最後くらい……力いっぱい抱きしめてよ」

後輩ばっかり不公平だね、って笑った。もちろん、零さんが後輩のことを極力丁寧に、力を抜いて抱き寄せていることだって知ってるから。

だから……貴方の全力の、涙が出るくらい『痛い』抱擁を知れるのは、私たち二人だけの特権だ。

「……はは、これは……すごいのう……」
「……零さん?」
「ちょっと待って、本気でこっち見ないでくれんかの? 頬が熱いんじゃが……」

彼らしくない、やけに震えた声が印象的だった。
もちろん、零さんのお願いは却下だ。……そう、彼と敬人と三人でやんちゃしてた私は、とっても悪い子なので。

「あっははは、すっごい真っ赤!」
「名前や〜……いつからそんなに意地悪になったんじゃ? 我輩のせいか? 我輩の教育のせいなのかえ?」
「そうだよ。そう、零さんの『おかげ』で、私はこうなったの。朔間零に似てる、三年生のプロデューサー。軽音部の三年生。もうずいぶん前から、皆が言ってるよ! おかしいよね、私たち顔面偏差値的にも雲泥の差だし、貴方は演者で私は裏方で、貴方はお兄ちゃんで私は一人っ子で。ほんとは全然同じ点なんてない。でも私は、結構嬉しい。ううん、嬉しいよ零さん。貴方と似てるってみんなが言ってくれること」

誇らしくすらあるんだ、きっと。

「よく言うじゃん、夫婦は似てくるって。もちろん、零さんと夫婦なんておこがましいことは口にしないけどさ? きっとそれって、私たちが三年間一緒に居た証拠だよね」

気楽に笑った。だって、例えが例えだけに照れくさい。零さんはもはや真っ赤になった後だから、気にならないだろうけど。

さて、まだ顔の赤みが残っている零さんはというと……

「……そうじゃな。ああ、そうじゃ……おぬしは、誰とも交われぬと思っておった我輩の傍に居てくれたのう」

はぁ、と充足したようなため息とともに、ようやっといつもの微笑みを浮かべていた。

「他人との『交錯』が怖かった我輩に合わせて、『並行』で居てくれた。交わらねど、肩が触れる距離に居てくれたんじゃな、名前……」
「大げさだよ。そんなに恩義みたいに言われると困る。それに、私も貴方が三年間……常にべったりは出来なくてもさ、ほんのふとした合間に傍に居てくれたから、毎日楽しかったんだ」
「楽しかったかえ。ああ、嬉しいのう……♪ ますます卒業間際の寂寥感が加速してしまいそうじゃ」
「寂しがらなくてもいいと思うよ……今生の別れでもあるまいし。それに私はたぶん、これからも貴方の声が届く位置にいるから……」
「――名前」

ふと、私の言葉にかぶさるように、零さんの声が私を呼んだ。

夢中になって語っていた自分に気づき、少々恥ずかしい。卒業間際、そもそも別れるのは先輩後輩だけではない。だからこそ、しゃべり倒してしまうのかもしれない。

「……お願いがあるのじゃが」
「うん?」
「我ら『デッドマンズ』の遺骸を使って、我輩は最後の心残りを断ち切る。全部終わったら……我輩に、おぬしと敬人を一緒に抱きしめさせておくれ」
「――お願いされるまでもないよ。楽しみにしてる」
「うむ。……それと、これは個人的な話で申し訳ないのじゃが」

そう言って、零さんは、ぎゅっと私の右手を握った。

「――好きだ。なんて若造みたいな台詞は……はは、今の『我輩』には似合わぬな。愛しておるよ……名前。……ずっと隣に居てくれてありがとう。叶うなら、卒業しても我輩の隣に居ておくれ」
「……零さん、今のは」
「うむ。我輩も結構、おぬしに似たようでな。こう、思ったときにしっかり好意を伝えたくなったのじゃ。はぐらかしても、伝わらんのは分かっておるし?」
「え、え? ……んん!? それってつまり、……どういうこと?」
「くっくっく。迷え悩め、名前。……『俺』はさ、この三年間ずーっと誰かの隣が欲しいと思ってた。でも結局、隣に置いたらうっかりぶっ壊すんじゃねえかって怖くて……苦しかったよ、実際。

でもバカみてーな話じゃねえか、お前はずっと俺に隣をくれてたなんてさ。俺はいったい何を悩んでたんだ? ていうか、そーいうのは早く言えって……時間の無駄したじゃね〜かよ」
「はい!? な、なんでいきなりなじられてるの!?」

好きなのか愛してるのか苦しんで欲しいのか、なんなんだ一体。というか、この感覚も懐かしいな。なんだか楽しくなってきた。

「はは、なじってねーよ? でも苦しんで決めてくれ。これからも隣を俺にくれるのか、もっと違う道を選ぶのか」
「……つまり、零さんのプロデューサーになるかならないか……ってこと? それとも、……私のこと、女性として好きってこと?」
「あ〜? つまんねえこと聞くなって」

『どっちも』に決まってんだろ!
と、輝かしく笑う零さん。ああ、こんな笑顔が見れる日が来るなんて思ってなかった。――卒業前。別れ際になってやっとだなんて、実際惜しいが。

「はー、欲張りだなぁ」
「あっはは! そりゃあもう、『デッドマンズ』が復活するんだからなぁ? リビングデッドってのは往々にして未練たらたら、強欲なのが相場だろ〜が」
「はいはい! まったく……分かったよ。でも返事は待って欲しいな。卒業式まで……そう日はないんだから、いいよね?」
「お〜。三年待ったんだから、今さら数日なんて苦じゃねえよ」
「よかった。……大事な貴方のことだから、じっくり考えたいし」

今更ながら、告白だなんて言われると緊張してきた。が、零さんと私の間に緊張だなんて、それこそ『今更』というものだ。

「今の俺らは『デッドマンズ』のこと、【返礼祭】のことを考えんのが優先だしな」
「うん。……プラス、あと十五秒ほどで、敬人のお出ましだろうし?」
「違いねえ。……さて、では『我輩』は、いつもの穏健な爺に戻っておこう。……卒業式が来るまではのう♪」



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