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クロスロード・プロローグ

「朔間さん! 事件発生だっ、手を貸してくれ!」

息を切らせて走り、生徒会室の重い扉を開いた敬人。だが、部屋の中に広がる光景に、思わず脱力しかけた。

「え〜……いま俺は忙しいんだけど」

あからさまに面倒くさそうにため息をつく零。その手は、黒く長い、女性の――名前の髪を綺麗にまとめていた。おそらく製作段階であろう三つ編みの束と、テーブルに置かれた様々なピンやリボン。これをどうするつもりだったのか、敬人にはよく分からなかった。

もちろん、いま女性の髪形について学ぶつもりはないが。それより優先事項があるだろう。

「名前の髪を弄ることを忙しいと表現するなら、なんだ? 俺は忙殺寸前、あるいは過労死寸前か何かか?」
「あっはっは! 相変わらず蓮巳ちゃんの表現は面白いなぁ」
「ちゃん付けするな、不愉快だ! 名前も朔間さんに何とか言ってくれ!」
「何とかって……言葉より行動のほうが早いかな」

困ったように言った名前が、さっと零の手を退けた。「ああ〜!」という悲痛な零の叫びも一顧だにせず、三つ編みを崩した。そのまま髪を手早くゴムでまとめると、そばに置いてあったウイッグを手に取り、その中に豊かな髪は隠れてしまった。

「これでよし! 敬人、気兼ねなく話していいよ」
「名前ちゃん、何するんだよ……俺の十分間の苦労が水の泡なんだけど」
「だって零さん、私の髪弄ってたら敬人の話聞かないでしょ……」
「話は聞いてるって。ただ、意識の九割九分が髪にいってるだけで」
「一分しか聞いてないなら、それはもう聞いていないのと一緒だぞ朔間さん? 名前も、いくら防犯設備の整った生徒会室とはいえ、髪を出すのは控えろ。いつ何時、アイドル科の生徒が入ってくるとも限らん」
「そうだね。敬人に心配かけちゃだめだし、これからは零さんを甘やかさないようにする」
「心がけてくれ」
「おーいお前ら、一応俺は年上だぞ〜?」

やれやれ、と苦笑しながら零が重たい腰を上げた。急に立ち上がったからか、敬人は驚いた顔をして「なんだいきなり」と一言。

「なんだって、事件発生なんだろ〜? ほら、困ったのび*くんの為に用意してやるよ、秘密道具……☆」
「おいなんだその拳銃は!?」
「オートマチック拳銃。弾数は十六弾な気がする」
「お、せいかーい。さすが名前ちゃんだな、よしよし」
「銃の説明は求めてないし、気がするで弾数を当てるな、お前は超能力者か!? というかまず、それは本物じゃないよな!?」
「まぁまぁ落ち着けって蓮巳ちゃん。とりあえずは現場に直行だ」
「のどだいじに」
「ドラクエ風味に言うな、イラっとする! そもそも俺が声を張り上げてるのはあんたたちのせいなんだが……?」

敬人がため息をつきながら扉を開けた。その行動は、今日もまた、三人で戦場に出かけようという意思表示だった。名前と零は顔を見合わせると、愉しそうな顔で敬人の開けた扉を潜り抜ける。

「苛立っても精神統一してる暇はねえぞ、蓮巳ちゃん」
「さすがの俺も、移動中に木魚は叩かん」
「ローファーじゃちょっと走りづらいかもしれないなぁ……。もう上履きのままで出ていいと思う?」
「さすがにどうかと思うぞ。せめて体育館シューズくらいに……ちょっと待て。俺はいつの間に、外に出ると伝えた?」
「流れでわかるよね、零さん?」
「そうだな」
「俺にもわかるように説明してくれないか。途中の段階を抜かした発言は、凡人の俺にはわからん」
「はは、拗ねんなって。単に、俺が知らないような騒ぎは、校外でしか起きねえって推測だよ」

その完結な説明に、敬人の眉間のしわが一気にほぐれた。

「ああ……なんだ、言われてみれば単純な話だな。だが、自分でそれをやるとなると難しい」
「ま、世の中そんなもんだ。それにいちいち説明しなくても、結果がついてりゃ問題ねえだろ? 酸素を無駄にせず、賢く生きようぜ」
「ねぇねぇ敬人、どっちの門から出ればいい?」
「裏門からだ。案内するから二人とも、適当な靴を見繕ってくれ」
「おう。ま、最悪名前ちゃんの良い靴がなかったら、俺が抱っこしてやるから」
「恥ずかしすぎるから、死ぬ気で見つける」
「うむ、その意気だな」

零と、敬人と、名前。
一見してまったくつながりのない、けれど、確かに彼らは友達だった。

――十字路を過ぎたとき、誰一人として同じ路につけなかったとしても。



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