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Knights the Phantom Thief

Step.32 最後の問題

『僕の父は殺されて、ついこの間、あの森の中で、僕はもう一回その『モンスター』の姿を見たんです!』
『ストップ。なぜ『モンスター』と』
『え?』
『順当に喋れば、『化け物』や『怪物』と表現するはずなのに、あえて英語であなたは『モンスター』と言った。その理由は』
『そ、そんなの分からないよ……』
『貴方のセラピストはポンコツ? まだ引き出せてない記憶がある。父が目の前で殺された子供の貴方は、ショックで記憶が滅茶苦茶になったんだろうけど……時がたてば、大人になれば、やがて整合性は取れていく。トラウマと向き合う方向で受診するなら、セラピストを変えたほうがいいよ』
『ま、待って。僕、貴方にセラピストのことなんて話してない』
『見れば分かる』


『ついに一昨日、死体が森で見つかったんです。明らかに他殺だった。あの森にはやっぱりモンスターが居る……そう思うと怖くて。でも先生に相談しても、幻覚って一掃される』
『で、貴方はお得意の情報収集で、何か情報を得たの?』
『――犯罪界のナポレオン』
『!』
『あなたのお父さんが、町はずれの軍事施設に『何か』を提供したと。仕事用の筋を使ったので、確かな情報です。本来なら僕ら【Thief】も軍事施設寄りなので、こんな情報は絶対漏れてはいけない……』
『でも、いま私に教えてくれたのね。……面白そうな話だね』
『! ってことは、この依頼を――』
『受けるよ。犯罪の種類としては『重要機密の盗難』かな? それとも『モンスター』の排除が目的なら、『殺し』か『金品の盗難』になるかも』
『『モンスター』を排除して欲しい、です……』
『OK! じゃあ待っててね、真くん。きっと面白いゲームになる!』


ブチッ。と音を立て、そこで『あの女』の……名前のスマホは沈黙を取り戻した。泉は、いまだ信じられない思いでその録音された会話を頭の中で反芻していた。

あの穏やかな町での殺人、真の知ってしまった軍事施設の秘密、政府の黒い部分。――犯罪界の第一人者、あるいはナポレオンとも呼ばれる男に、まさか施しを受けていたなんて!

「あらまぁ。こんなことを知っちゃって、『ゆうくん』は大丈夫なのかしらぁ? ってまぁ、アタシたちも今知っちゃった訳だけどねぇ」

嵐が呑気な声でそう言ったが、泉はハッとした。いくら思い悩み、妄想に取りつかれたとしても、真は大事な弟分だ。

「ゆうくんは今、精神的に弱ってるんだよ。もうすぐお父さんの死んだ日が近づいてるから……だからこんなの妄想だ」
「セッちゃんが妄想と思いたいだけでしょ」

凛月が、縋る様な泉の言葉を切り捨てた。ただの妄想に、名前がこんなところまで来るはずないと言った。その通りだ。これが、レオの選んだ『最後の問題』ということだろう。

「Monsterかはさておき、実際死人は出ています。見過ごすわけにもいきません」
「そうだねぇ。俺と同じ暗殺者かもしれないよ……♪」
「やぁねえ、物騒。腕比べてもするつもりかしらぁ?」
「しないしない。だってこれは、俺じゃなくて……セッちゃんと名前の腕比べなんでしょ」

ばちっと、視線が『あの女』と絡み合う。
泉は、今日初めて『あの女』の顔を見た。犯罪コンサルタントとして莫大な金を得る女、という先行したイメージから、もっと大人っぽい女性を想定していたし、気の強そうなイメージを持っていた。

けれど、予想とは違った。

生まれてこの方、一度も余計な染色をしたことがないのだろう、真っ黒な髪。瞳の色も黒。表情は柔らかく、いまも司に何事か話しかけられては、たおやかに笑っている。唇は桜色で、メイクも極めて薄い。一見すると、泉や真の故郷にいくらでもいそうな、純情な少女といった具合だった。

「……ちょっと泉ちゃん、じろじろ見すぎでしょ」
「おわっ!? い、いきなり声かけないでよねぇ」
「あらやだぁ、見とれちゃってたのぉ? ロミオとジュリエットみたいな恋、間近で見れちゃうなんて嬉しいわ♪」
「誰が恋とか言ったかなぁ? ほんとクソオカマは脳みそがピンク色で困っちゃうよねぇ」

泉と嵐の言い争いを見ていたのか、名前は少し驚いた顔をして泉を見た。うっ、と声をこぼす泉に、彼女はまた楽しそうに口元を綻ばせた。

「意外と、泉くんは面白いね」
「だろー? だから、心配しなくても大丈夫って言ったじゃん!」
「うん、レオの言う通り。そうだね……レオの友達なんだから、良い人だよね」

泉くん、と耳に心地のいい声が、するりと鼓膜を撫でてくる。毒気を抜かれる声色とセリフに、一瞬だけこちらも口元が綻びそうになるが、なんとか気を引き締め、名前をつんとした態度で見つめ返した。

「なに? 王様と名前、やけに仲がいいねぇ? まさか一週間前、あんあん言ってたのはアンタなわけぇ?」
「あんあん?」
「なっ、セナ――」

あからさまにレオが動揺したのと対照的に、名前は不思議そうに、泉のセリフを復唱する。まるで幼子に猥談を聞かせてしまったような、気まずさが周囲に漂う。

「ちょっとセッちゃん、いきなりセクハラは酷いよね」
「瀬名先輩、Ladyに対して何という発言を……第一、わざわざこの建物に女性を連れ込んで、ことに及ぶなど……Leaderの出来ることではないでしょう」
「少なからず、連れ込むことは出来ちゃってるけどねぇ。この場合は、名前ちゃんが入り込んだって感じかしら」

三人は、レオの所業よりも、泉が女性にとんでもない発言を聞かせたことに対して注視しているようだが、泉だけは違った。レオが名前に、何か言い含めるように囁いている。その内容に、悪いとは思いつつも耳を傾ける。

「レオ、あんあんって何」
「気にしなくていいよ」
「一週間前って、レオと一緒にいたときのこと?」
「そうだけど……、セナには内緒だぞ」
「うん……」

レオの零す甘やかな囁き声と、まるで少女に言い含めるような物言いに、思わず眩暈がしそうだった。もしや、『あの女』ともあろうものが、そう言ったことに対する知識がないのか――?

だとしたら、あの晩泉が聞いたのは、立派なレイプの現場だったのだろうか。無知な少女のような名前に、レオが――なんて悪夢のようなことを思う。

というかまず、この2人はどういう関係なんだ。
今から戦う相手と、自分が仰がなければならないリーダーに抱く疑問。明らかにこのまま放置してはならない。集中できるはずもない。

泉のそんな心の靄に気づいてかそうでないのか、レオは畳みかけるように新たな情報をぶち込んでくる。

「最後の賭けは、セナと名前の戦い……のはずだったけど、取りやめた。代わりにセナと名前、二人一緒に『犯罪界のナポレオン』に挑んでもらうぞ!」
「はぁ!!?」

叫んだのは泉一人。名前は、涼しい顔でレオの腕に抱き着いているだけ。いよいよ訳が分からない二人に、泉は混乱しそうだ。その混乱を紐解こうとしてくれたのは、奇しくも名前だった。

「真くんが見た『モンスター』は、私のお父さん……数学教授にして、犯罪界のナポレオンと称される大悪人によって、軍事研究施設に提供された『何か』と同じものだと思う。

――空洞のような巨大な目、まるでモンスターみたいな四つ足の黒く大きな体、口からは炎。生物実験で出来た生物兵器? それともそう見せかけたロボット? それとももっと別な何か? 私とっても知りたいの」
「知りたいのって――」

子供のような純粋な欲求だ。仮にも自分の父がやったことを、破滅させる気満々の瞳。どれほど愛らしい少女の姿をしていても、やはり泉の前に立つこの女は、村娘のような凡庸な存在ではない。

それこそ、怪盗のライバルにふさわしい――特別な存在。

「『モンスター』が何なのか。それを泉くんが突き止めた時点で、貴方たち『Knights』の勝ち。五日経っても分からなかったら、私の勝ち。ルールはそれでいい? レオ」
「ああ! あ、でも、もしセナが必要とするなら、他の奴らの手を借りてもいいってことにして。おまえの作った問題と違って、難易度が合わせられてないからなぁ。俺の騎士に捨て駒は居ないから、うっかり死なれたら困るんだ」
「いいよ」

珍しくも、レオが気を遣ったような発言をした。それだけこの事件が難解なのか、あるいは名前の前で良い格好したいのか。泉には判別がつかなかった。

名前の許可が下り、明日から泉は故郷に帰ることになった。猶予は五日。

さぁ、始めよう――最後の問題を。