×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Knights the Phantom Thief

Step.32 鈍行列車

「泉くん」

田舎町に帰るため、鈍行列車を駅で待っていると、また妙に耳に馴染む声が聞こえた。振り返ると、そこに居たのはワンピースを着た高校生くらいの少女――じゃない。彼女は名前だ。

「ちょっと、なんでそんな格好で来たわけぇ?」
「鈍行列車とはいえ、人の目に触れるからね」

そう言えば、彼女から計画を買った者は、ほぼ彼女の顔を知らないことで有名だった。昨日、『Knights』の前に現れたときは、変装をしていなかったが。

「俺たちに顔見せてもいいんだ」
「良いの。レオの友達だし」
「……ねぇ、気になってたんだけどさぁ。レオくんとあんたは、どういう関係なわけ」
「え? レオに聞いてないの?」

きょとん、とした顔で泉を見上げてくる名前。夏のじりついた暑さのなか、一閃だけ吹いた風がふわりと彼女の黒い髪を揺らした。白いワンピースと黒髪の揺らめきは、いっそ幻のようだ。

ちょいちょい、と手招きするように彼女が泉に向かって手を振る。その招きに応じるように、泉がちょっとかがんでやれば、彼女は泉の耳元に唇を寄せてきた。

「レオと私は、ひみつの幼馴染なの」

ひみつの、幼馴染。
それはきっと、彼と彼女の立場上、許されないからだ。だから秘密なのだ、と泉は瞬時に理解した。……が、どうにもこの少女めいた女性から紡がれる『ひみつ』は、妙に他人の心をくすぐってくる。

あの晩、レオが彼女の体を暴いていたのは、もはや確定だろう。そうさせるだけのいじらしさが、この女性にはあった。

「ふうん。じゃあ今までも王様と、あの部屋で会ってた?」
「どこでも会ってたよ。あの部屋だけじゃなく、外でも会ったし、私の部屋でも会った」
「はぁ? あいつ、あんたの部屋まで乗り込んでおいて、毎回捕まえずにのこのこ帰ってたんだねぇ。上司が聞いたら怒りそう」
「レオは、ゲームのルールを破ったりしないからね! それより、『Knights』の皆とまた会えるのが楽しみ!」
「おわっ!?」

ぽふん、と柔らかな擬音を付けたいほど軽く、彼女が泉の腕に抱き着いてきた。ふわりと漂う匂いは、石鹸のような香りだった。いよいよ少女じみた印象が強まるが、これすらも変装のうちなのだろうか。

「ねぇ泉くん、私○○町に行くの初めて」
「あ、そう。大抵の人間はいかないよ、あんな古臭い街……」

古くて、遅れていて、平和で。それを懐かしむほど、まだ泉は年老いたつもりはなかった。

皮肉ったつもりだが、名前は特に困ったような顔をしなかった。むしろ興味深いことを聞いたように、ふんふんと相槌を打っている。

「あなたは都会の方が好きなんだ」
「あんたは?」
「私は……出かけられるなら、どこでも好き」

にこ、と微笑む名前。穏やかで、相手を受け入れるような微笑みだった。ここ数年、見ることのなかったような具合の雰囲気を持つ他人に、なんだか調子が狂う。

これをマトモに二十年以上食らい続けたレオを思うと、あの晩のアレも無理もないと思ってしまう程度には――泉も名前が気に入りかけていた。もっとも、素直に認める気は微塵もないが。

その後も、故郷の話をいくらか聞かれては回答し、を繰り返しているうちに、いつの間にやら電車が来る時刻が迫っていた。あと五分程度だ。

「にしても暑いね……」

ワンピースなんて涼しげな格好でも、それなりに暑いらしい。泉はポケットに入っていたハンカチを取り出して、それを無言で彼女に差し出した。ありがとう、と笑って彼女がそれを受け取る。首筋に流れる汗がどうにも扇情的なので、他の客に見られる前に早く拭え……とこっそり願った。

もちろん、車内で妙な男の客に絡まれたら、チョ〜うざいからであって。他意はないのだ。……たぶん。