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Knights the Phantom Thief

Step.32 良い子

「ロマンチストは嫌いだって言ったよね?」
「唐突になに?」
「ぼくはただ、仕事をしに来ただけだね。たまに至らない子に注意喚起をしてあげるのも、ぼくの役目だからね!」

相変わらずはた迷惑に高いテンションで笑う日和に、こちらも苦笑を返す。仕事、ということは父から何か言われたのだろうか。

「ぼくは君のことを評価してるし、個人的にも好きだと思うけれど。残念だけど仕事だからね、雇い主の要望には応えてみせないとね? という訳で、端的に言うと『夢を見るのはやめなよ』だね?」
「んん? 私、夢なんか見てないよ。いつも見てるのは、数字と人の足元だし」
「あっはっは! 名前ちゃんはジョークがうまいね! これだから好きなんだよね」

そう言うと、日和は私の髪を一房掬ってキスをした。なんだろう、今日はやけに、彼の方が感傷的じゃないか。ロマンチストが嫌いだって言っておきながら、彼はリアリズムだけでは生きられないタイプの人間、ということも理解してはいるけれど。

「本当に――死んでほしくないのだけれどね?」
「物騒だなぁ。なに、私とうとう父さんに殺されるの?」
「最短だと残り二日だね」

謎を解いたら殺す。という旨の脅しだろう。
『Knights』には残り一日しかない。私もこんなところに居るのだから、謎を解くチャンスなど無い。なぜそんな無意味な脅しをかけるのだろう。

意味が分からないが、理解したってどうにもならない。ふっと息を抜いて笑い、軽く冗談を重ねた。

「――最長は?」
「さぁ。名前ちゃんが犯罪コンサルタントである限り、神様という名の『犯罪界のナポレオン』に見捨てられない限りは、ずっとだね。安全で幸せじゃない?」
「この箱庭は安全というか、無菌なだけ。もし願いが叶うなら、Edenを出たいよ。だって私も人間だし」
「無理だね。名前ちゃんは人間じゃなくて、化け物だからね」
「よく言われる。一目見ただけで何もかも見透かしやがって、この魔女め、とか」
「誰にも見つからずあいつを殺す方法を教えてくれた、貴方はまるで全能の悪魔だ〜ってのは聞いたことあるけど、魔女って言われたこともあるんだね! でも名前ちゃんは、その化け物じみた脳みそをひけらかさないと仕事にならないんだから、嫌だなんて駄々は捏ねちゃだめだよね?」

これからも仕事を続けろと、暗に日和はそう言いたいわけだ。
さもないと殺される、という注意書きを添えて。

傍若無人を絵にかいたような彼に、そこまで気を遣わせてしまったのだ。――本当にこれで最期だな、と理解する。

なぜなら私は、父さんの犯罪計画をぶち壊すのだから。

「……反抗的な目のままだね。悪い日和」
「気持ちだけは反抗してるよ。ねぇ、私を外に連れ出してくれたりしない?」
「お断りするよ。ぼくは泥棒じゃない、れっきとしたビジネスマンってことを忘れないでほしいね」
「ちぇ」
「――もう部屋を出るけれど、明日必要なものはないのかい?」
「素敵な男の人。死ぬ前にセックスしてみたい」
「いま犯されたくなかったら、きちんと要望を言っておくべきじゃないかな?」
「ジョークだって。いらないよ、そんな出来合いの男の人なんて」

少し怒ったような顔をした日和に対し、ひらひらと手を横に振って微笑んだ。

知らないのはセックスと仲間だって言うのは嘘じゃない。だから、知りたいのだ。

でももし、どちらかしか叶わないとしたら。
だったら、日和に笑われてもいい。ロマンチストよろしく、私は迷わず仲間や友達が欲しいと告げるだろう。

でも、それは誰かに授けてもらうものじゃないから。

「明日、久しぶりにジュンくんと二人で遊びに来て」
「良いけど……何する気だい」
「この楽譜をね、二人に歌ってもらうの」

そこにあったのは、歌詞が既に振ってある楽譜だった。最近、レオは変名で表の世界に曲を売っているとのことで、彼はアイドルに曲を作ることもしているらしい。

これは、試しに息抜きで彼が書いたという歌。二人組で歌う曲らしく、この前、ジュンくんだけじゃ歌えないって言われたのだ。

「私、二人の歌は凄いと思うから」

そう言うと、日和はふっと自然に頬を緩めた。

「ジュンくんはともかく、ぼくは一応これでも財閥の出だよ? 崇高な趣味の一つに、歌くらいあって然るべきだね!」
「そうなんだね。ふふ、じゃあ明日の朝、目覚ましを切ったら歌って頂戴。モーニングコールならぬモーニングコーラスと洒落こみたいな」
「阿呆かい君は? ま、そんなものでいいならぼくもジュンくんも金銭面的に助かるのだけどね」

斜陽の巴財閥を支える為、日和はこの仕事を。ジュンくんは一人で生きていくため、この仕事を選んだ。彼らが私に親身にしてくれるのも、しょせんは金銭の為でしかないだろう。

けど、その綺麗な声は、紛れもなく私の中では誠実なものに聞こえるから。だから、彼らの歌を聞きたい。

何も持っていない私に与えられた、たった二人の知人なのだから。

「おねがい、日和」
「――分かったよ。良い子で今日は眠るんだよ?」

どこか含みのある、微妙な表情で日和が笑った。
こくりと私は、愚かな良い子のように頷くだけにした。

大丈夫だよ、悪い子にサンタさんは来ないんだから。
だから、望みは叶わない。