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Knights the Phantom Thief

Step.32 亡霊と怪盗

「なんですってぇ、名前ちゃんが攫われた!?」

気絶した司を背負い、なんとか家に戻ると、そこに居たのは凛月だけでなく、また新しい侵入者だった。――鳴上嵐。それが彼の名前だ。

「ってかクソオカマこそ、かさくんと一緒に来たんじゃなかったのぉ? 今まで何処ほっつき歩いてたのさ」
「やーん、辛辣。言っとくけど、遊んでたわけじゃないからねぇ?」

そう言って、嵐はテーブルに一つのUSBメモリを置いた。

「名前ちゃんからの依頼よ。佐賀美陣って男のパソコンの中身を、そっくりそのまま抜き取ってきたの」
「は? USBメモリに?」
「その辺のメモリとは違うからねぇ……。兄っぽいものが持ってきた、超高機能ウイルスみたいなもん」
「まさか朔間さんまで、名前のパシリの為に来たわけないよねぇ……?」

【Thief】のトップを使い走りにしているなんて、信じたくもない。
そして、佐賀美が――真の父を殺した悪人だとも、思いたくなかった。

「肝心の名前ちゃんは、お父様に強制連行されたのかしらね。まぁ、今回は彼女がアタシたちの味方をしているようなものだし、いつ妨害されてもおかしくないと思ったけれど――まさか、泉ちゃんと司ちゃんに銃を向けるとはねぇ……」
「名前を連れ去った男二人組は、俺たちが【Thief】ってことも知ってたみたいでさぁ。武力行使も辞さないってくらい、重要な機密なのかねぇ〜? 犯罪界のナポレオンが多額の資金で売りつけた『商品』だとすると」

嵐と泉が、顔をしかめて話をする。……その横で、凛月は何をしているのだと思い、二人がちらりと彼を見ると。

「凛月ちゃん!? 何してるの!?」

そこに居たのは、司を床に転がし、自らは風呂場にあった桶を抱えている凛月の姿だった。桶の中には、なみなみと水が入っており、氷も浮いている。

二人の驚いた顔に、凛月は眠たげな顔のままきょとんと首をかしげた。

「え? いまからデータを見るんでしょ……? かさくん起こさないと」
「冷や水かけて起こすとか、拷問のしすぎだからぁ! 床が濡れるからやめ、ああー!」

ばしゃあああん! と大きな音とともに、桶の中の水がぶちまけられた。……司と、泉の家の床に。

「――!?! What’s happening!?」

そのあまりの冷たさに、当然、司の意識も戻るわけで。目を白黒させて飛び起きた彼は、まるでハリウッド俳優のように流暢な英語で叫んだ。

「おはよ〜、ス〜ちゃん」
「さっ、さささ寒いんですが!? な、なぜ水浸しにっ……!」
「ちょっとぉ! チョ〜うざぁい!! 今すぐ床を拭きなよぉ!」
「ええ!? 私がですかっ!?」

烈火のごとく怒りだした泉に、司が狼狽しながら尋ねた。もちろん、くまくんもだよ! と叫びながら、泉は二人に向かって雑巾をあるだけ投げつけていく。雑巾をひょいひょいと避けていく凛月と、座ったままのために腕で飛んでくる雑巾から身を守るだけの司。嵐の可笑しそうな笑い声が響いた。

――閑話休題。

床を拭き、司も着替え、ようやく四人はパソコンを起動した。USBメモリを差し込むと、そっくりそのままのデータがパソコンに移行していく。

「――さてと。まずアタシは、名前ちゃんの推理を聞いてないんだけど? 手短に説明してくれると助かるわぁ」
「俺も。できるだけ簡単に教えてね……セッちゃん、ス〜ちゃん」

そうだ、この二人はまだ、名前の推理を聞いていないのだった。

泉も話しながら、脳内を整理することにした。

まず、『モンスター』自体は存在しない。
その代わり、『モンスター』を幻視するなどの幻覚症状を引き起こす『薬』があると、名前は踏んでいる。

『薬』は、食べ物や飲み物に含まれている訳ではない。この町に来て、何も飲み食いしていない司も、『モンスター』の幻覚を見たからだ。

よって、いま『Knights』の四人が調べるべきなのは――

「その『薬』はどうやって皆の体内に入ったのか。そして――」
「誰がその『薬』を使用しているのか、かしらね」
「そういうことじゃない?」
「でも、佐賀美陣って人のPCデータを盗めってことはさぁ、犯人は佐賀美なんでしょ?」
「それは……」

泉は言い淀んだ。そうとは信じたくなかったからだ。嵐も何となくそれを察したのか、「ひとまずは、データを調べましょう。研究データから、『幻覚症状』を引き起こすものを」と会話を絶ってくれた。

四日目の深夜。あと数分で、五日目が訪れる。
五日目が終わるその時までに、調べ上げなければ――。

「……」

――頭の中に、一瞬だけ泉を振り返った名前の姿がこびりついて離れない。

あのまま、放っておけばいいのか? どうせ最後には敵になる、利用するだけ利用できたのだ、あとは『犯罪界のナポレオン』に放り出せばいい。彼女なんて、もう居なくても良い――

――本当に?

靄のように心を満たす何かが、泉の心を締め付けた。
欲しいモノ一つ、奪う事の出来ない怪盗なんて――少々情けないのではないか。

だったら。
だったら――

「……ねぇオカマ、名前ってさぁ、連れ戻されたとしたら何処にいると思う?」
「あら、簡単よぉ。『犯罪界のナポレオン』は、表の世界では超有名な数学教授なんだから」

嵐はあっさりと、彼女の居場所を言った。首都の高層ビルの一角だった。

「ビルを丸ごと買い占めて、そこを根城にしてる。警察はとっくの昔に懐柔されてるから、家宅捜査もできない。王さまも名前ちゃんに会いに行く〜ってそこに忍び入ってるから、間違いないわぁ」
「ふぅん……」

首都まで、約六時間。往復で十二時間。
なんだ――半日残ってるじゃないか。

泉は口の端をあげて笑った。
突然椅子から立ち上がって、コートを羽織る。その行動に、他の三人は驚いたような顔で泉を見た。

「瀬名先輩!? どこに行かれるのですっ!?」
「首都に」
「……まさか、名前を奪い返しに行くわけ?」
「そんなところ。せっかく期限内に謎を解いても、名前がその場にいなきゃ、とっ捕まえられないでしょ〜?」
「ふふふ……いいわよ。行ってらっしゃいな」

嵐がそう言った。

「頑張る男の子は世界の宝だもの。それが好きな子の為なら、なおさらよ」

はぁ? 勘違いも甚だしいからぁ……というセリフが返ってくると、司も凛月も思っていた。

けれど、その罵りは三秒経っても聞こえてこない。
代わりに雄弁に語ってくれたのは――、美しく微笑む、泉のその表情だった。

「俺は『Knights』の――【Thief】のトップ集団の一員だし。自分の狙ってたものを横から盗られて、放置する訳にも行かないでしょ」

泉がそう言うと、窓の扉を開けた。冷たい夜風に、ロングコートの裾が翻る。身のこなしも軽く、彼がその窓から飛び降りた。ここは二階だ。慌てて司が窓の外を覗いたが――そこにはすでに、怪盗の姿はなかった。

「――Phantom」
「どうしたの、司ちゃん?」
「まるで瀬名先輩は、Phantomのようですね。一瞬で消えてしまうなんて」
「それだけセッちゃんも急いでるってことじゃない? 根が真面目だからねぇ、名前もきちんと助けるし、仕事もきちんと完遂したいんでしょ」
「亡霊のように、どこからともなく現れ、消え去る――それってアタシたち怪盗の在り方と一緒ねぇ」

普段はリアリストの癖して、今夜は司の先輩たちも、どこか夢のように美しい理想を語る。それが少し、年若い司には嬉しくて。

やはりお姉さまは特別なお方だと、妄信にも似た真実を見据えつつ、彼はぽつりと呟いた。

「Knights the Phantom Thief――ですかね」