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Knights the Phantom Thief

Step.32 子供ではいられない

真っ白な部屋だ。真っ白なベッド、真っ白な机、真っ白な椅子が一つずつ。それだけ。あとは、四方を覆う透明なガラスの壁。

実は、あの研究所には親近感すら覚えていた。絶対に、泉くんには言えなかったが。

「――ねえ、ジュンくん。これ、弾いて」

ベッドの下の僅かな収納ケースに手を伸ばし、その紙の束をひっつかむ。手書きで書かれた五本の線と記号の羅列を見て、ジュンくんはあからさまに苦笑した。

「なんでオレに、抜け出してた証拠を渡してくるんすかねぇ?」
「だって聞きたいんだもん。新しい曲よ」
「作曲できない名前さんが、どうして楽譜なんかオレに提供するんすか。オレがアンタのお父さんにチクるとか、考えないんすかぁ?」

そう言いつつも、ジュンくんは律義にも毎回持ってくる薄い電子ピアノを机の上に置いた。彼が持ってくるピアノの黒い鍵盤だけが、この部屋の色だった。

そうして演奏が始まる。ジュンくんは危なげなく曲を上手く弾き鳴らしていく。彼が初めて私の前に現れたのが、何年前だろう。覚えていないほど昔だが、最初彼はピアノなんか弾けなかったはずだ。

私の相手と監視が仕事とはいえ、こちらの要望に応え新しくピアノを学ぶとは――嫌味をいって他人を遠ざける割には、彼もずいぶんお人よしだ。

そういうジュンくんだからこそ、私も四六時中監視されても、死ぬほど嫌……なんて事態にはならないのだけど。

なんて取り留めもないことを回想していると、一曲丸ごと終わったらしい。ジュンくんは達成感に満ちた顔でこちらを――あれ?

「うえっ。なんすかこれ……」
「え?」
「強烈なラブソングっすねぇ。なんつーもんを貰ってきてるんすか……」
「ラブソング? 歌詞なんかないのに?」
「……なんというか、名前さんは感性が鈍いっすよね」
「ええ!?」

酷いなぁ。
まぁ、こんな場所で生活していたら、嫌でも人間味が薄れるのかもしれないが。でも最近は、めっきりここに戻ってなかったのに。

――仕事をしていれば、此処にいなくても許されるから。
だから、私は365日、ほぼ仕事を請け負っていた。父さんの思うつぼとわかっていたけれど、此処にいるよりは数千倍マシだ。

だから、泉くんの素敵な提案には乗れない。
善い人の役に立つ職につけたら、どんなに幸福だったか。けれどできない。物語の探偵のようにはなれないのだ。ごめんね、と優しい彼に脳内で謝った。

「名前さん、ご自分のお父さんの作った謎は解けましたかね」
「……最後の一手が分からないまま。どうやって薬品を体内に取り込んだか……」

何もない空間のほうが、思考がまとまるかもしれない。そう思うと、私を急に連れ戻しに来た日和とジュンくんに対する恨みつらみも軽減しそうだ。それに彼らを恨んだってしょうがないのだけど。ただの仕事でしかない訳だし。

「ていうかお父さんって言うのやめてよ。私たち二人とも、自分の父親から見捨てられた身でしょ」
「……そっすねぇ。死別した訳でもないのに、子供以下の扱いっすもんね。お互い苦労する訳ですねぇ」

私は、道具扱いを。
ジュンくんは、売り物扱いを。

親が居ながらにして、子であることを許されない。そういう人生も、少なからずあるものだ。そして、その少なからずに入った私たちは、何の因果かここで出会った。運命の皮肉にもほどがある……けれど、私はジュンくんと知り合えてよかったと思うのだ。

「ま、俺はここに売り飛ばされてよかったと思ってますけどねぇ。あの廃人の親父の元で暮らすよりは、数千倍ましっすよ」
「あはは、私と同じこと思ってるのね」
「そりゃ同じ立場ですから。あんたの父さんは天才的な犯罪コンサルタントなら、オレの親父は天才的なマッドサイエンティストって所ですかねぇ」

お互い、妙な親を持つと苦労するものだ。

――とにかく。
その妙な親のせいで、私の楽しい○○町旅行は一瞬で終わってしまった。
『Knights』との賭けは、まだ終わっていない。今が四日目の夜――ということは、まだ一日ある。明日の朝までに謎を解いて、泉くんに伝えられればいい。……まぁ、この部屋に連絡手段はないのだが。

「ねぇジュンくん、【Thief】の人に連絡とってくれたりしない?」
「はぁ? 無理っスよ」
「そうだよね」

自分の携帯もない、ジュンくんは連絡できない。

――あとは、私が言った発言をもとに、泉くんが自力で頑張ってくれることを祈るほかない。我ながらなんて情けないんだと思いながら、白いベッドに体を投げ出した。

結局、義賊の真似事なんか私には無理ってことだ。――悲しいけれど。