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Knights the Phantom Thief

Step.32 門限

一日目、名前と泉が来たパブにやってきた。ガーデンテラスでも食事が楽しめるとのことで、名前はその席に座った。――すっかり拗ねた司と、それから状況の把握しきれない泉とともに。

「ねぇ、なんでかさくんは怒ってる訳ぇ?」

コーヒーを飲みながら、泉が面倒くさそうに尋ねた。すると、名前に買ってもらったホットココアのカップを握りしめながら、司はじとーっとした視線で名前を見つめた。

「なに、名前がかさくんを拗ねさせた訳?」
「いやぁ……ごめんね本当に。でも、グッドタイミングだったから……今回の事件の功労者第一位は司くんレベルに感謝してるよ、ほんとに」
「本当ですか? では、ご褒美を所望いたします」
「うん、いいよ」
「ほらそこ、幼稚園じゃないんだから、ご褒美とか言ってないでさぁ。仕事だよ仕事ぉ」
「ですが本当に、死ぬかと思ったのですよ!?」

ぽこぽこと怒る司が、泉に事のあらましを全て伝えた。『モンスター』に殺されるかと思ったら、名前が現れ、何やら司を実験台にした類の発言をしたと。

「えっと、実験台といっても何も危ないことじゃないから安心して。体に害はないし、むしろ何もしていないと言うべきだから」
「何もしてない……? 対照実験でもしたのぉ?」
「あ、正解。泉くん凄いね」
「だって、『経口摂取』『直接接触』とかアンタが言ってて、かつそれが『モンスター』に関係あるんでしょ? だったらそれって、『モンスター』の正体は」

幻覚症状。

泉がそう言うと、名前は静かにうなずいた。



「『ありえないものをひとつひとつ消していけば、残ったものが、どんなにありそうでないことでも、真実であるはずだ』

かのシャーロック・ホームズの言っていることは至言だと思うよ。
だから、今回の私たちもそうしなければね。

私たちは『モンスター』を見た。全員。それも、ありえないおとぎ話のような姿の、化け物を。

それは真実で、覆しようがない。
じゃあ、素直に化け物が居ると信じるべきか?

生物兵器と言えばかたはつくかもしれない。けれど、私のお父さ……いや、『犯罪界のナポレオン』が、そんなつまらないオチを用意するはずもない。

だったら、やはり化け物は居ないと考えてみて。
見たものが本当にあり得たものか、考えてみて。

そう考えたとき、私は思ったの。
『本当に在った』のではなく、『在ったと思い込まされていた』のならば、どうだろうかって。

それはつまり、集団幻覚かもしれない。けれど、そんな曖昧な犯罪計画を渡したら信用問題になるしさ。じゃあ、一番妥当なのは『幻覚』は『幻覚』でも、

薬による『幻覚作用』なら、どうかな。

そう仮定すると、今度は別の問題が発生する。
私たちは、どこから薬を摂取したのか。
素直に考えて、私はこの町の食べ物か飲み物に潜んでいると思ったの。それならば、泉くんや私、凛月が『モンスター』が見えても不思議じゃない。

ただ、そうなると私たちは既に薬を飲んだ後。効果の持続も不明。
だから、零さんと司くんがやってきたとき、チャンスだと思ったの。泉くんの言う通り、対照実験を行った。

『この町のものを一切口にしていない司くんが、『モンスター』と思わしき幻覚を見るかどうか』

という類の。

結果、私が『モンスター』の特徴を入念に伝え、何回も刷り込みのように言ったとおり、司くんは『黒くて大きくて、四足歩行で、光る化け物』を見た。

――そうそう、泉くんの言う通り。
私たちが見た化け物は、光ってなんかいなかったでしょ?

私たちが見たのは、『真くんが言った通りのモンスターの姿』だった。

これで、見たり聞いたりしたものをそのまま描いてしまう『幻覚』症状であることはハッキリした。

ただ次の問題は、」

「『どうやって摂取したのか、全くわからないってこと』――って具合っすかねぇ?」

ぽとん、と。
まるで椿の花が落ちるかのように、泉の頭上から、その声は落ちてきた。

振り返ると、そこに立っていたのは――男だった。

紺色の髪、金の瞳。それはまるで、猟犬のような鋭いまなざし。それでいて美貌と言ってよい顔立ちをしており、肌は健康的に焼け、ずいぶんと隙のない佇まいをしていた。

あんた誰、と泉が眉を寄せて声を出そうとしたその時、名前の声が被った。

「――どうして迎えにきたの」

ずいぶんと、覇気のない小さな声。
謎解きを披露していた、少女のような明るい声ではなく。
生きるのに疲れたような、囚人のような淀んだ声で。

その様子に、泉も司もぎょっとした。けれど、その美青年だけは身じろぎ一つせず、むしろ美しく微笑んで答えた。

「そりゃあ、名前さんを監視するのがオレの仕事っすからねぇ。仕事を放棄するのは、おひいさんだけで十分っすよ」
「そう……」
「さ、帰るっすよ〜。もう十分、遊んだんでしょう?」
「…………そうだね」

青年が名前の腕を掴もうとした。
が、その手は払い落された。

「……何するんすか」
「はぁ? こっちのセリフだよねぇ〜?」

――泉によって。

その様子を見ていた名前は、今までで一番驚いたような顔をした。今までさんざん驚かされる側だった泉は、初めて見せる名前の心底驚いた顔に、場違いな嬉しさが湧きおこりそうになった。

「いったいあんた何なわけぇ? ナンパならお断りだよぉ、いまコイツが、二人もいい男侍らせてんの分かるでしょ〜?」
「ははは、面白いっすねぇお嬢。はじめての逆ナンでもしたんすか? 楽しそうに遊んでたみたいで何よりっすよ。車、あっちに止めてるんで」
「あ……」

青年に指さされ、名前は体を硬直させた。けれど、抵抗の意思は見られない。泉と司の方をちらりと見たが、彼女の体は彼らから背を向けた。

「ちょっと、名前! どこ行く気なの!」
「お姉さま!?」
「はいはい、そこまでっすよぉ。蜂の巣になって、綺麗な顔に傷つけたく無いんなら……【Thief】のお兄さんがたはそこでストップ」
「な!?」

小さく声を上げたのは、目の前の青年に銃を突き付けられた泉ではなく
――司だ。首だけで振り返ると、司の後ろにも一人、違う美青年が立っていた。金髪で、甘い顔だちの男。司の後頭部に、短銃を突き付けている。

「ジュンくん、何を手間取ってるんだい? こんな田舎町で時間を潰すなんて愚の骨頂すぎるよ……」
「はいはい。珍しく働いてくれて感謝してますよおひいさん。つーか、いつも働けって感じっすけどぉ?」
「愚痴はあと。で、これもう撃っちゃっていいんじゃないかなぁ。名前ちゃんが勝手に出歩く原因、悪いお友達でしょ?」

ぐり、と司の頭に銃口を更に押し付ける。軽やかに笑いながら、ためらいもなく。

今にも撃ちそうな男とは対照的に、青年は嫌そうに眉をしかめた。

「やめて欲しいんすけど。殺したら、今度こそ名前さんが名字教授を殺しにかかりそうっすよぉ?」
「あはは。良いじゃない、そういう旧時代的な悲劇もさ。滑稽で、面白くって……閉じ込められた子供が、外に出たくて出たくて出たくて――親を殺そうとするなんて」
「……オレは、喜劇も悲劇も興味ねえんで」
「つまんない子だね……おや? はいはい、なんだい? OK、名前ちゃんは車に乗った? すぐ行くからねぇ、凪砂くん。美味しいキッシュケーキを用意して待っててほしいね?」

誰かと何事か通話をしたあと、日和はごく自然に銃を司から外し、代わりに手刀をとんと落とした。無抵抗を余儀なくされた司はそれをまっとうに受け、気絶したらしい。ばたりと倒れる音が、泉の背後から聞こえた。

「さて……アンタにも、ちょっと寝て貰いましょうかねぇ? なんて、悪役っぽくやるのも悪かねえですけど。大の男二人転がしたら、かえって目立ちますからねぇ。このままアンタには、あそこの坊ちゃんを連れてお家に帰って貰いますよぉ?」
「何、勝手なことを――!」
「自分の立場を勘違いしないで貰えます? さもなければ撃ちますよぉ、もちろんアンタじゃなく――他人を」

その方がアンタのような人間には効くみたいですからねぇ、と青年。司の方に向けられた銃口に、泉は息をのんだ。――とても、殴り倒して銃を奪うなんて芸当のできる相手ではなさそうだ。下手に動けば、本当に撃つだろう。

静かになった泉を見て、青年はやれやれと肩をすくめて彼に背を向けた。そのまま静かに、立ち去っていく。その去り際に携帯を開き、彼はまた一言。

「あ、凪砂さん。マーカー出したほうが良いっすよ。脅しになってねえんで」

青年がそう言った途端、泉の体に複数の赤い光が向けられた。ロングレンジの銃のマーカーが……1、2、3。司の方にも二つほど。完璧に、今の今まで狙われていたのだ。

――どうすることもできない。
泉は、唇を噛みしめて、その小さくなる背を睨みつけた。