あやかし奇譚 | ナノ
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‖地続き、時続き



来た道を戻る。ただし、今度は三人で。

ガス灯が照らす道は明るいが、そうは言っても日付をまたいだ時刻である。女の名前と、行き倒れの男・朔間、それからうら若き美少年の奇妙な三人組が歩いているのは少々危ういかもしれない。

「申し遅れました。私は司と申します。この街で守護、いわゆる悪鬼払いの陰陽師を生業としている者です」
「悪鬼払い……陰陽師……」

つい昼間、『あやかしなんて新聞記者の言い訳』と言っていたのを思い出す。なんだか奇妙なめぐりあわせだ。

「ふふ。銀座にほど近い煉瓦街で、古臭い仕事と思われるでしょう?」
「あ、い、いや! そんなことは!」

赤髪を揺らして、司くんが少し笑った。その笑い方も上品で、古臭いというよりは由緒正しい家の方だという印象のほうが強い。それに、陰陽師ほどではないにせよ、『女中』をやっている自分だって古臭い仕事に当たるだろう。

「ですが先ほどのように、自然発生して人を襲う災害のような悪鬼もおりますから。決して、あやかしのような異人さんばかりではないことを、ぜひ頭の隅に置いてくださいまし」
「……? あの、悪鬼とあやかしって、違うんですか?」
「え」

朔間を挟み、二人が顔を見合わせる。認識の食い違いが、確かに発生しているようだった。

「……申し訳ございません、お姉さま。もしや今まで、異人……いえ、妖怪を見たことがございませんか?」
「は、はい。一度もないです」
「それは……Surprisingな出来事に立ち会ったということですね」
「は? さぷらい……?」
「いえ。では、お姉さまのご自宅にお邪魔して、彼を寝かせたのち、じっくりとご説明いたします。……そういえばお名前をお伺いしておりませんでしたね?」
「あ。名字名前です。こっちの彼は、朔間零さん」
「彼は悪鬼が見えていましたか?」
「はい。あ、そういえば『けんき』がどうとか言ってましたけど……」
「ふむ。わかりました、まとめてご説明いたしましょう」

名前の家はもうすぐそこだ。家に帰ったら、まずは自分の寝床に朔間を寝かせ、茶を沸かして司に出そう。茶菓子なんて洒落たものは、貧乏勤め人の家にはないけれど……夜通しの長丁場になりそうだ。



まず、『見鬼』とは。
書いて字のごとく。鬼を見る。転じて、鬼を見ることが出来る人間のことだ。

陰陽師である司はもちろん『見鬼』に当たるし、一般人でもそういう人間は居る。今回名前は初めてあやかしを見たが、今まで出てこなかった『見鬼』の才能が、あの場で突発的に表面に出てきた……というのが司の解釈らしい。

「そして、おそらく朔間さんも『見鬼』なのでしょう。しかし不思議なのは、あやかしが近づくと体調不良を起こしたという部分ですね。貴方も体感で分かるでしょうが、『見鬼』はあやかしが近づいて具合が悪くなる、といった体質はありません」
「確かに、私は別に……ただ怖すぎて腰が抜けそうだったけど」
「ふふ、仕方ありませんよ。あれは自然発生したとはいえ、かなり時代を遡った悪鬼でした。見た目もあやかしとは違い、おどろおどろしいですから……」
「あの、それです。悪鬼とあやかし、って違うんですか」

その質問に対しても、司は至極丁寧に回答した。

「すごく簡単に説明すると、あやかしは『良い』妖怪、悪鬼は『悪い』妖怪ですね。人やあやかし、そして神は昔から存在し続けている……いわば違う民族と言えばわかりやすいですか? とにかく、種が違うだけであり、別に恐怖の対象ではないのです。

けれど今、貴方は悪鬼に襲われた。
悪鬼は簡単に言うと、『人間や神を襲う、ルール違反の妖怪』です。人間同士でも、人を傷つければ罪に問われるでしょう? それと一緒です」
「なるほど……。つまり私や朔間さんは、良い妖怪も悪い妖怪も見れるってことね」
「そういうことです。そして、悪鬼は自らの姿を見えるものを襲いやすい傾向があるので、普通『見鬼』は大なり小なり陰陽道に通じています。私の場合は、陰陽道を職にしていますがね」
「陰陽道」

子供のように、彼の言葉を復唱する。
なんだか夢を見ているようだ。ガス灯の下、陰陽道だのあやかしだのを真面目に語り聞くとは思っていなかった。

江戸は東京になった。けれど、江戸そのものがいきなり東京と入れ替わった訳じゃない。江戸と東京は地続きであり、時続きである……とでも言おうか。

「朔間さんは当分起きないでしょうし、どうでしょう。一つ、簡単な陰陽術をお教えしましょう」
「え、いいの? そういうのって、一子相伝的なものかと思ってた」
「まさか。一子相伝では東京を守る人間が減ってしまいますからね。私の家の他にも、陰陽道をたしなむ家はたくさんあります」

仰る通りだ。
先ほどから、まだ少年のような見た目の司に諭されっぱなしで、名前は苦笑する。

「じゃあ教えてちょうだい、司先生」
「ふふ、名前お姉さまってば。貴方のほうが年上でしょうに」

とはいえ、司くんは嬉しそうにしている。人に物を教えるのが珍しいのか、ワクワクした様子だ。末っ子みたいだなぁ、なんて思った。


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