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- ナノ -

episode 5
What are little boys made of?

それはちょうど、真緒がはじめてサッカーボールを買って貰った日の出来事だった。

両親が居間でのんびりと過ごしている間、庭でサッカーボールを蹴って遊んでもいいと言われ、大はしゃぎで外に出る。もちろんサッカーの詳しいルールなんかも分からないような幼い子供の彼は、ただボールに触れて転がすだけだったが。

それでも夢中になってボールを転がしていると、段々と庭の端っこへと寄っていた。蹴り進めた結果だろう。幼い真緒はまだ飽きる様子もなく、何十回目かの壁打ちをしようと足を引いた、その時だった。

「What are little boys made of…?」

ふと、足を止める。

真緒の耳には珍しい、日本語ではない言葉。それも、女の子の。その声は歌っているようで、テレビの中で動き回る着ぐるみや、体操のお兄さんやお姉さん、そして子供たちが歌うそれとは一線を画す、不思議な歌だった。

声の主を探してきょろきょろして、小さな可愛い歌声をたどる。家の塀の向こう、……隣の家?

「……That's what little boys made of.」

「あっちだ」

真緒はサッカーボールを手放した。

隣の大きな家。古臭くて、庭は真緒の家のように花壇があるものの、家の周りを取り囲むように大きな木がいくつも植えてあって薄暗い。お化け屋敷みたいだ、と何度思っただろう。

「でも、ここだよなぁ……」

ごくりと唾をのむ。恐怖心と好奇心、果たして上回ったのは好奇心だった。

いざ足を踏み入れると、やはり暗い。こんなにお天気なのに、陽ざしを遮る植木達のせいで、さっぱり光が届いていない。けれどこの木々は植えっぱなしということではないらしく、地面は一面敷石がしてあるほど丁寧に整備されていた。

奥へ奥へと進んでいくと、ぽつりと赤い薔薇が咲く植木を見つけた。奥に行くごとにどんどん薔薇は増えていって、まるで絵本の世界のようだった。気付けば真緒は、赤と黄色の薔薇が入り乱れる花園へと入り込んでしまっていたようだ。

薔薇園はまるで迷路のように入り組んでいて、薔薇の植木は真緒の背より高い。行くか行かないか迷ったその時、また歌声が聞こえた。

「What are little girls made of?」

「! あっちか!」

迷路の奥だ。きっと、この先にいる。

そう思うと、真緒は自然と前へと進んでいた。幸いにも迷路のようと思った植木は、曲がり角が多いだけでほぼ一本道で、道なりに歩くと、やがて開けた場所に出た。

そしてその先に、真緒は女の子を見たのだ。

ビックリした。なぜなら、真っ黒だったから。

二つに結ばれた髪の毛は綺麗な黒で、その髪の毛の先が垂れるふわふわのドレススカートの部分も黒。大きなリボンも真っ黒で、真ん中の薔薇と、真ん丸の瞳だけが、鮮やかなまでの赤だった。膝の上に乗せられた本に視線を落としているので、長い睫毛が赤色を隠しているよう。

「Sugar and spice And……」

そこまで歌い上げ、急にぴたりと曲が止まる。ぱっ、とその子が真緒の方を見上げた。一言もしゃべっていないのにどうして、とか、なぜ日本語じゃない歌を唄っているのか、とか、疑問に思うことは色々あれど、――全んぶ吹っ飛んだ。

「わ、わあああ!?」
「ひゃあ!?」

しりもちをついて叫んだ真緒に、少女がビックリした顔で叫ぶ。子供二人が騒いでいると書けば可愛いものだが、真緒には死活問題だった。

「おっ、おおおお化け!? お姫様のお化けだ!」
「え? おひめさまの……?」
「だ、だってそうだろ!? まっくろなドレス! 呪いの歌! 人形みたいな顔! おまえお化けだろっ!?」
「あら」

きょと、と真緒を見ていた少女だったが、やがてじわじわとその口元に笑みを浮かべて、しまいにはコロコロと鈴がなるように声をあげて笑い出した。

「あははは! おばけ! 私が!」
「な、なんだよっ……ってうわっ!?」
「あなたのほっぺ、ふにふに」
「や、やめりょよ……ってあれ?」

お化けなのに、真緒のほっぺに触れてる。それに気づいた真緒が、おそるおそる少女の手に触れる。……あたたかくて、やわらかい。

「私はおばけじゃなくて、おんなのこだよ」
「……そうだな……」
「そうよ。おんなのこは、おさとうと、スパイスと、素敵ななにかでできているの。あなたは、おとこのこ?」
「あ、当たり前だろ! おれは、真緒っていうんだ」
「そう。マオ、マオ……」

女の子はとっても嬉しそうに、真緒の名前を口ずさんでいる。まるで少女に歌われているようでむず痒くて、何となくたくさん喋ってしまう。

「でも、父さんと母さんからは、たまにま〜くんって呼ばれるな!」
「ま〜くん? かわいい名前! わたしもま〜くんって呼ぶ!」
「おう!」
「ふふ、ま〜くんはどこから来たのかしら? また明日も来てくれるの?」

女の子は、真緒にたくさんのことを聞いてきた。
真緒も、たくさんのことを彼女に聞いた。たとえば、彼女の名前は名前であること。お兄ちゃんが二人いること。お家から出ちゃいけないと言われていること。

……そういえば真緒も、勝手に家から出てきたのを忘れていたが。

「ま〜くん、明日も来て? お兄ちゃんたちは、昼間はあそんでくれないの」
「ああ、わかった。おれ、サッカーボールもってきてやるから!」
「さっかあぼおる! たのしそうね!」

何かわかっていないのだろう、でも彼女は一向にかまわないというように喜んでくれた。それがうれしくて、真緒はその日からずっとずっと、彼女の家に通っているのだ。

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