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- ナノ -

episode 6
Can you hear this song?

「りっちゃん……おねがい、いっしょに寝よう?」

もぞりと布団の中から這い出て、名前はそう言った。凛月は、彼女の言葉に振り向きもせずに鍵盤をはじき続ける。子供ゆえに力強さはないものの、軽快なリズムは傍から聞くと美しい。

けれど名前は、悲しそうに眉をひそめてベッドから降りた。

「ねえ、わたしね、お昼にま〜くんとお外でサッカーしたからねむいの……つかれたの……」
「ふぅん……」
「がんばったの、たのしかったの……だから、もうおねんねしたいの……」

だから、と言葉を続けて凛月の袖を引っ張ろうとした名前。その手を凛月は振り払って「うるさい」と一喝してしまう。

「ひゃっ……」
「昼にま〜くんと遊んだ? だから何。名前が『夜更かし』したのが悪いんでしょ?」
「で、でも……ひっく、ぐす……」
「夜はおれたちの時間でしょ? 起きてあそんで、何が悪いの? わるいのはおまえだよ、名前」
「うぅ、でもぉ……おにいちゃん、いっしょに寝てくれるもん……」
「じゃあお兄ちゃんのところに行けば!?」

振り下ろした拳が、不協和音の悲鳴を起こす。名前がその音にびっくりして、ついにボロボロと大粒の涙を零し始めた。

「お、おにいちゃん居ないよぉ……」
「は? ああ、昨日から外国だっけ……だったらお兄ちゃんの部屋で一人で寝ればいいじゃん。静かだし」
「りっちゃんも一緒に寝るの……」
「寝ないよ」
「だって、おにいちゃんのベッド、おおきくて、ひとりで寝るのこわいの……」
「じゃあ寝なくていいじゃん」

ふいっと顔をそむけた凛月は、それきり名前を無視するかのようにピアノの演奏を続けた。ひとしきりわんわん泣いた名前は、凛月が次に振り向いたときには、既に子供部屋からは姿を消していた。



「お父さま、名前はお外で遊びたいの」

名前のそのお願いは、父を大いに喜ばせた。

昼間に遊び、夜に寝る。名前のその生活習慣は、父や母、朔間家の人間にとってはあまり喜ばしいものではない。真っ黒なドレスとリボンで着飾らせた愛娘は、夜にまぎれて遊ぶ。それが彼らにとっての『正しい姿』だったのだ。

だから名前は、今すんなりと庭に出ることが出来たのだ。

「……これだわ!」

庭の隅、そびえ立つ生垣のその一部。ちょうど子供一人が通れそうな穴を、名前と真緒だけは知っている。

今まで……お昼には、名前の着るふわふわとしたドレスのスカートが引っ掛かって通れなかった穴。けれど、パジャマ姿の今ならば、きっと通れる。名前は猫のように四つん這いになって、そうっと穴の中に入り込む。

「……んしょ……っと」

ふっと、明るい光に目を細める。見上げると、ちょうど電灯の光の下へと出ていたらしい。

名前はそれを目を細めて見つめて、やがてぱぁっと顔を輝かせた。

「本当のお外だわ!」

ぴょんぴょん飛び跳ねるようにスキップしながら、少女が夜道を歩きだす。危険極まりないが、当然名前にそんな判断など付くはずもなかった。

そのまま楽しく冒険を続け、彼女は目的の家へとたどり着いた。一応、玄関の表札を確認する。漢字は難しくて読めないけれど、ローマ字ならば幾らでも読めた。

「い、さ、ら」

衣更真緒。
間違いない、ここは真緒の家なのだ。

ワクワクしながら中に入ると、名前はまずお庭へ入った。名前の家よりずいぶん小さかったけれど、花壇に植えられたお花は鮮やかで、薔薇とは違って慎ましやかな、愛らしい花々がたくさんある。

「すてき……」

名前はそっと花壇の前にしゃがみこんで、花々を見つめる。そうしてふと、真緒に会いたくなった。この綺麗なお花を見せたい、なんて、この家の住人に思うのはおかしな話なのだが。

どうすれば真緒が来てくれるだろう。インターホンを押す、という行動を名前は知らない。だから、真緒が最初に名前を見つけてくれたときに、していた行動を思い出す。

「――What」
「are」
「little boys」
「made of?」

ぽつり、ぽつりと。
単語の一つ一つを、聞き取りやすいように。届くように。

届くといいな。
そんな、夢のような考えと共に、名前はマザーグースを紡いでいった。

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