おかしい……。
「さぁ千夜、足は肩幅に開いてください! そしてまず呼吸法は……」
「ちょ、ちょっと待って渉」
「なんですか?」
「私……演劇部に入った記憶ない……」
そう言いながら、ジャージでステージ裏に立たされている私。いったいどういうことなの? 宇宙人に別世界にアブダクションされたとしか思えないんですが。
疑問しか浮かんでこない私を見て、渉は何でもないような顔をしている。
「記憶がない? 当然でしょうね」
「そっか。うっちゅ〜☆」
「ウフフ、勝手に宇宙人認定しないでくださいよ」
「うわ……渉にマジレスされた……」
割とショックだ。
ていうか、記憶がないのがなんで当然なんだ? 渉は何を考えているか分からない変態仮面の名を欲しいままにしている【奇人】だが、ついに記憶操作の技術まで手にした……訳ではないだろう。たぶん。
むむ、と私が正解を探っていると、彼はふっふっふ……と不敵な声を上げた。
「悩んでいますね? 正解を、この私を求めて苦しむその姿……ええ、人間は苦悩する生き物です! 千夜はいま、素晴らしく人間を謳歌しているといえましょう♪ はいそこ、背筋を伸ばす!」
びしっ、と指さされて反射的に背筋を伸ばした。合唱大会でも始めるつもりか、この人は。
「悩んだけど全然わかんないよ! 答え!」
「まったく、もう少し悩めばよろしいものを……与えられる答えなどつまらないものですよ? だって、私が昨日勝手に申請しただけですからね?」
「何それ怖い!!」
つまらないとかそういう問題じゃなかった!
え、何? なんで勝手に人の部活動を決めちゃってるの、この変態仮面さん? っていうかそんなことできるの!?
「どうせ驚くならば、声高らかに叫びましょう! そう、Amazingと……☆」
「死んでも言わん!」
「北斗くんみたいなこと言ってますねぇ」
「誰なの北斗くんって……というか、なんでいきなり演劇部に入ることになっちゃったの!?」
だいたい、部活動なんて入れる訳ない。私は正式なアイドル科の生徒ではなく、モグリなのだ。部に所属できる訳もなく、生徒会のメンバーがいるとも知れない場所には入れない。……まぁ、渉にとっては生徒会も一般の生徒も変わりなく、等しい観客でしかないのだろうが。
「いずれ来るときの為、とでも言いましょうか」
「……どういうこと? って、今は聞かないほうがいいか」
演劇の為に、助っ人が欲しくて入れた……という訳でもないようだ。誇らしげにネタ晴らしをしようとしないので、まだ言うべき時でもない、ということだろう。
「ウフフ。貴方の察しの良さには感謝してますよ」
「協力して欲しいなら素直に言って欲しいよ……」
「零も私も、みだりに切り札は披露しないタイプでして」
「はいはい。どう足掻いても、退部届は出せないっぽいしね」
手札ゼロで振り回されるこっちの身にもなってほしい。
……と五奇人に言ったところで意味をなさないのは承知済みだ。人生諦めも肝心、という訳で見事! 演劇部の部員になりました! なんでさ!
「で、何か練習をするの?」
「ええ。貴方に有益なことをレクチャーさせてもらいますよ」
むむ? どうやら雑用とか調整とかの下っ端役を任されると思っていたけれど、違うみたいだ。むしろ今の発言だと、私が主体のような……。
「あっ。もしかして、男の振舞い方を教えてくれる?」
パチン、と渉の指が鳴らされる。
「その通り! ああ、なんと羨ましいことなんでしょう……貴方の放課後は毎日が演目です! であれば、より美しく完璧なふるまいを覚えて頂きたいと思うのが、演劇部員の性……!」
「そういう事なら有難く指導を受けるけど。あ、そだ。渉って女の人の役もやるよね? 声の変え方とかも分かる?」
「んふふ……多少ならば見識はあります。どころか、私の得意技は声帯模写ですよ」
「えっマジで!?」
「んふふ。マジ、ですよ?」
それは知らなかった。声帯模写? そんなことが出来る高校生、普通科ではお目にかかれない人材だ。やはりアイドル科は、奇才の集まりらしい。
「じゃあ、低い声の出し方を教えてもらいたい」
「構いませんよ。ボイストレーニングもやってみる価値はありそうです」
「いいの? ありがとう!」
いきなり攫われ、訳の分からないことをやらされると思いきや、結構有用なことを教えてもらえるらしい。
なぜ『Knights』の身内である私にそこまでしてくれるのか疑問だけど、まぁパシリとして重用されるよりは100万倍マシ。貴方のことだぞ零さん!
「じゃあ、ご指導ご鞭撻のほどよろしく。演劇部員さん」
「ええ。――歓迎しますよ、新入部員さん♪」
▼ ちよ は えんげきぶいん に ジョブチェンジした!
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