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代理人の代理人 

今日は『Valkyrie』のライブがある。
リーダーの宗を見ても想像がつくように、彼らのステージは格式高く、ち密な計算が為されている。それゆえに一見さんお断り……とまではいかないものの、限りなく取っつきにくくはある。しかし一度引き込まれれば、あとはもう信奉者になるのみだ。コアなファンの多いユニット、という具合だろうか。

信奉者。実に物騒な言葉だ。

「うわああん、あかんよぉ騎士の姉さ……んと、兄さんっ!」
「え、なぁに〜?」

宗に許可を取り、今日は『Valkyrie』の手伝いをしに来た私。とはいっても、メンバーの衣装チェックなど、私が手を出す分野ではない。特になずなくんは、いまだに私と言葉を交わしたことがないくらい手厚い『調律』を受けているので、私の出る幕はない。

「やっぱ緊張する……」
「はいはい、リラックスして〜」
「おん……」
「観客席にいるのはカボチャだからね〜」
「おん……ってなんでやねん! カボチャに見えへんがな! それにお師さんのステージは理解あるファンに見てもらわなあかんわ!」
「あはは、その意気で頑張れば今日もいけるって」
「せやろか? なんかいける気してきたわぁ」

にぱぁ、と笑う影片くん。とりあえず今日の仕事は、影片くんの緊張を解くことが一つ。

もう一つは……。

「お、そろそろ始まるみたいよ。行ってらっしゃい、影片くん」
「おんっ! おれ頑張るから見とってなぁ!」

宗がイライラした顔でこちらを見ている。早く影片を連れてくるのだよ、と言いたげな顔だ。分かったよと目線で返し、影片くんを送り出す。そして私は、――ハンマーを取り出した。

ハンマー。そう、工具の。

「えっと、確か消火器の裏に……あった」

ステージの裏手は暗く埃っぽい。薄ぼんやりと赤い色が目立つのでそこまでたどり着き、消火器を動かす。
すると見つけたのは、五芒星のマーク。消火器のあった場所の壁に、星が刻まれている。

「よいしょっと」

トントンと数回叩き、壁をぐっと押す。すると、一部分がもろく外れてしまった。
その中に入っているものは、記憶が正しければ……

「って、めっちゃ増えてるし! 夏目くんめ……」

ここで懐中電灯一つがコロンと転がり出ればダンジョン感があったのに、現実は厳しい。転ばぬ先の杖、の精神で夏目くんが新たに詰め込んだであろうアイテムが、所狭しと入っていた。

仕方なくアイテムを分別して、なんとか懐中電灯を取り出す。しまうのが少々面倒だ。せっかくだし、もう一個何か持って行っちゃおうかな。

「えーと、水に食料あらかた、うわぁスタンガンまで入ってる。男の子って物騒だね〜……ん? お、これいいじゃん」

良いモノを見つけたので、それも拝借して、丁寧に取れた壁で蓋をする。カチッ、という小気味良い音と共に、壁は元通りの様相を取り戻した。

さて、向かう先は音響を制限する部屋である。

「……絶対いるな」

『Valkyrie』の音響の担当者は、今日は風邪で欠席。クラスメイトのレオが代打を頼まれたらしいので、私がさらにその代打だ。つまり……音響室には、私以外の人がいてはおかしい。

なのに、物音がする。

「……事を荒立てても問題かな?」

中に居るのは紛れもなく侵入者だが、逆上して暴れられても困る。なので、私は懐中電灯を消し、なんの前ぶりもなく扉を開ける選択を選んだ。

部屋に入って初めて懐中電灯をつけ、すぐに部屋の電気をつける。ぱっ、と静かについたLEDは、ぼんやりと部屋の中を照らし出した。中に居たのは、一人の男子生徒だった。低い声で咳ばらいをし、喉の準備をする。

「んー? あれ、今日は自分が担当ですよね?」
「……!」
「先輩ですか? えっと、遅れてすみません! あとは自分がやるんで大丈夫ですよ!」

ヘラヘラと、少し低い声で笑って話しかければ、中に居た男子……三年生だ……がチッと舌打ちをした。しかしそれ以上は何も言わず、私の隣を通過して出て行ってしまった。

「物騒だね、ほんとに」

ぽつりと呟き、中に入る。机に置き去りにされていたのは、生徒会の腕章だった。……どうせそんなことだろうとは思ったが。

機材を弄る手順は、既にレオのクラスメイトからメモを送られている。言われた通りにやればいいだけだ。そうすれば少なからず、音響を弄られる――あるいは止められる、といった野暮な事態は防げる訳で。

「危ういなぁ。今日は事前に感づいたから良いけど、これ、ぶっちゃけ何度でも挑戦できる妨害だしネ?」

今日はただの『風邪』でのトラブルだが。この物騒ぶりだと、いずれ五体満足の正常な委員が、無理矢理交代させられる〜なんて事態も起こりそうだ。
剣呑な話は好きじゃない。……男装してこんなところに居る時点で、あんまり説得力はないが。

「あ」

しまった。音響室からじゃ、影片くんの様子がよく見えない。
ちゃんと見てあげられなくてゴメン、と心の中だけで謝った。機械を円滑に操作するのが、いま『Valkyrie』に出来る最大の協力なのだ。今日のところは許してほしいな。
あとで飴ちゃん買ってあげるから。

そんなことを思いながら、ポケットに入っていた影片くんの飴を口に含んだ。


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