「ねぇ、千夜! もっと早く歩いて!」
「わ、分かったよ……」
「男のくせに遅い! ボクみたいな軽い子供も運べないなんて、鍛え方がなってないんじゃないの!」
だって男じゃないから、しょうがないよネ!
……と、このピンク髪の愛らしくも悪魔的な謎の美少年に向かって言いたかったけれど、いちいち身の上を説明するのが面倒なのでやめた。なので、言われるがまま、奴隷よろしく彼を背負いなおした。
なぜ見知らぬ美少年を背負いながら、ショッピングモールを練り歩く羽目になっているのか。事はほんの数十分ほど前に遡る。
久しぶりに『Knights』のメンバーも早めに帰宅、零さんからの呼び出しもなし。……という天国のような状況が降って湧いたため、私は自分へのご褒美の為に、アイスクリームを買おうと思ったのだ。いわゆる三十一なアイスクリームを。
この辺でその店があるのはショッピングモール内だった為、チャリで二十分くらいの距離を、鼻歌交じりに漕いで訪れたのだ。平日はそこまで人が多い訳でもなく、主婦のママチャリに混ざって自分の自転車を留め、いざ三十一へ参らん! と神崎くんよろしく意気込んでいたところ……。
『ちょっと! そこの庶民!』
『はいいっ!?』
このファーストコンタクトである。ね、酷いでしょ?
あっけにとられた私をよそに、ピンク髪くんは言葉をつづけた。
『お前、ここに詳しいのか?』
『えっ? 詳しいって……まぁ、土日はたまにここに来ますけど……』
『ふん、良いだろう! ボクのための水先案内人として奉仕する栄誉をやるっ! だからおんぶして?』
『ゑ?』
思わず旧字体のゑで発音してしまったレベルの唐突さであった。どうしよう……保護者の方はいずこへ……と私が迷っていると、次第にピンク髪くんのくりくりお目目が潤み始めてきたので、慌てて抱き上げたのだった。
すると、今にも涙が零れ落ちそうなほど悲しそうな顔をしていた美少年は、涙をぬぐって僅かに笑った。どうやら、迷子か何かのようだった。
とりあえずは名前を尋ね、落ち着いたら迷子センターに行くか……と思い名前を尋ねると、
『ふん……庶民に名乗る名はない! ……とはいえ、ボクを敬って呼ぶなら許してやろう! ボクは桃李だよ』
『わぁ、かわいい名前だね』
素直にそう言うと、抱っこしている少年は少し照れくさそうに眼を反らした。
『ぼ、ボクが可愛いなんて当然のことでしょ? で、おまえは?』
『え? ああ、私は千夜。よろしくね、桃李くん』
『……凡夫にしては可愛い名前だね? まぁいい、ボクを抱えて歩く程度の甲斐性はある男のようだしね』
『あー……どうも』
男、と言われてハッと気づく。
そういえば、アイドル科の男子制服のまま、しかも宗の貸してくれたウイッグも付けっぱなしで自転車をこいでいたことを忘れていた。
しまった……宗にどやされる……と明日のわが身の儚さを憂いたかったが、まずは少年の相手が先決だった。
どうやら彼は名のある名家のお坊ちゃんで、使用人の『奴隷』さんとはぐれてしまったそう。
……ってどういう名前なんだそれは。絶対本名は別にあるでしょ。
『えっと、桃李くんと『奴隷』さんはどこに行く予定だったの?』
『時計屋に行くつもりだったの。『奴隷』のお気に入りの腕時計が壊れちゃったから、ボクが慈悲で修理してやろうと思ったのに……『奴隷』が僕の後をちゃんとついてこないから……』
『ああ、桃李くんはしゃいで走っちゃった訳ねぇ』
『ち、ちがうぞっ! 庶民のくせに生意気っ!』
『走って疲れたから、おんぶされてるんでしょ〜?』
『ぐ、ぐうっ……! そ、それより千夜は? 千夜はこんなところになんの用だったのさっ』
『私? 私は、アイスクリーム食べに来たんだ』
アイスクリーム、という言葉に桃李くんが目を輝かせた。
……うーん。私一人だけ、この子の前でアイスクリームを食べる……なんてことは出来るはずもない。
『このショッピングモールにはアイスクリーム屋さんがあってね、期間限定のフレーバーが昨日から発売されてるから、食べようと思って』
『ふ、……ふぅん? こんな場所まで来ないとアイスが食べられないなんて、庶民は可哀そうだね〜?』
『……桃李くんも、食べたい?』
『うんっ♪』
さすがにアイスクリームの前には、子供は無力だった。
なるほど、これはこれで可愛いものだ。しかし、こんなのでホイホイ人についていくようで大丈夫なのかも懸念される。『奴隷』さんって、もしかしてボディガードとかなのかな。私を誘拐犯だと思って、襲ってこないといいけど……。
……というやり取りの後、冒頭に繋がる訳だ。
『奴隷』さんの仲間入りできるんじゃないかな? レベルに頑張って桃李くんをおんぶして、やってきました目的地。私は期間限定のフレーバーを。桃李くんは散々迷ったけれど、定番のバニラを選び、一緒の席に座る。
「ふふーん。ボクの正面に座れる栄誉を、ちゃんとかみしめるんだよ〜?」
「はいはーい。ふはあ、やっと座れた〜!」
「無礼だよっ! もうっ!」
「あはは、そう大きな口開けて怒んないで。ほうら桃李くん、あーん」
「はぐっ!?」
私の選んだ、期間限定・綿菓子味を食らえー!
という意気込みで、桃李くんのお口にスプーンでアイスを食べさせた。目を点にして驚いていた彼だったけれど、もぐ、と咀嚼していくうちに、その表情は緩み切っていく。
「お、おいしいっ……!」
「あ、ほんと? コットンキャンディって、すごい気になってたんだよねぇ。どれどれ……ん〜、うまー!」
「ちょ、ちょっと千夜! もっとコットンキャンディを献上してもいいんだぞっ!」
「えー、どうしようかなぁー? 桃李くんのもちょっと欲しいなぁ」
ちょっとからかうような口調で言えば、桃李くんはむむっ! とかわいらしく言ったあと、彼のスプーンからバニラアイスを一口ぶん掬い上げた。
「ほ、ほら! 庶民にボクが施しを与えてやるんだから、泣いて喜びなよっ!」
「えへへ、ありがと……ってむぐぅっ!?」
「ふふーん! さっきのお返しだよっ!」
いきなり突っ込まれたスプーンに驚きつつも、桃李くんと同じように咀嚼していく。やっぱり、定番のバニラもおいしかった。
こんなじゃれあいのようなことを何度かすると、桃李くんは少し落ち着いたのか、ぽつぽつと自分の話をし始めた。
「えへへ、美味しいなぁ。『奴隷』はこういうお菓子、ぜったい食べさせてくれないんだもん〜。来る日も来る日も健康食品かな? って感じの地味ーなお菓子ばっかり!」
「へぇ……『奴隷』さんは、きっと桃李くんの健康を気遣ってるんだね」
「そうかもしれないけど、たまにはこういうアイス食べたい!」
「あはは。もし桃李くんが私と同じ学校だったら、また放課後にこうやって遊びに来れるのにねぇ」
っていうか、そもそも桃李くんって小学生? 中学生?
という疑問を感じ取ったのか、やや不服そうに彼が
「ボクは中学三年生だよっ! 来年からは高校生なんだからなっ」
と言ってきた。おお、こんなに可愛い高校生が誕生するのか。世の中って広いね。
「おまえは……千夜は、その服は夢ノ咲でしょ?」
「あ、うん」
「アイドル科なんだね。ふうん」
「あはは……まぁ、そんなところかな」
少なくとも『制服は』アイドル科だ。
「そこ、来年からボクも入るから。おまえみたいなどんくさい奴は、すぐに追い抜いちゃうかもね」
「え、アイドル科志望なの? ああでも、桃李くんは確かにアイドル向いてるかも」
「ふふん、当然。まぁ、ボクは慈悲深いからね。おまえが底辺ではいつくばってたら、助けてあげる程度の施しはしてあげるっ」
「お、ほんと? ありがと」
底辺どころか、枠組みの中にもいないのだけれど。
でもまぁ、同じ夢ノ咲学院には在籍しているのだ。縁があったら、彼とこうしてまた、放課後遊びに行くことがあるかもしれない。
「また一緒に、アイス食べに行こうね」
思わずそう言っていた。
桃李くんは少し驚いた顔をして、けれどすぐに弾けるような笑顔を浮かべてくれた。
「今度はボクがおごってあげる! だから約束してやってもいいぞ!」
「ふふ……はーい」
小指を出すと、小さな小指が絡められる。
庶民でも高貴な人でも、指切りげんまんは共通だったようだ。
prev / next