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ハイエナと女王様 

『Knights』に外部の仕事が舞い込んでくるのは、そう珍しいことじゃなかった。
今回は少し遠出のアリーナで行われる、大型のライブイベントに参加するのだ。もちろん今日は日曜日、普通科の私は「休みFOOOO!」とか友達とやっていたのだが、泉の無慈悲な「明日十時、(中略)現地集合」というコピペ文が送られてきたので、雑用係として駆り出されているのだ。

で。一人で満員電車なう。

「レオ、結局どこの車両に乗ったのよ……?」

家を出るまでは一緒だったけれど、途中でインスピレーションが降りてきたらしい彼は、先に駅に行って楽譜書いてくる! と猛ダッシュで去ってしまった。そのまま合流すること叶わず、電車にそのまま乗ったのだけれど……。

まさか、乗り過ごした……なんてことはないよね? 連れてこなかったら、泉にどやされる気しかしない。大変だ、と思って深刻な顔でスマホを睨んでいた。

「……?」

何か、少し違和感を感じた。
いや、具体的に言うと、……太ももの方に違和感を……。ま、まさかね。事故だよね、分かります。

なんとか自分を落ち着かせ、さぁレオにメッセを送ろうかと、スマホの上で指を彷徨わせていた。けれど、

「……っ!?」

まただ。……触られているような感じが。
え、ええ? 嘘でしょ、だって今日は――ああああ、しまった。普通科の制服で来てるから、一応生物学上は女に見えてるんだ。だからと言って、まさか自分が痴漢の対象になるとは思わなかった、けど!

(気持ち悪い……)

嫌な汗が、首筋を流れた。早々に対処しなきゃいけない……が、幸いにも私は次の駅で降りるのだ。このまま、なかったことにしてしまおうか……?

どうしよう。でも、さすがに、これは。
震える指先が、レオの居場所を聞く文面を削除した。何を思ったのか、私はその指で『助けて』と一言打って送信してしまう。ああ、もう……満員電車で助けに来れるはずもないのに。余計な面倒ごとを増やしてしまっただけ。

生理的な嫌悪感が勝り、心臓が重苦しく拍動する。たすけて? いや、違う。自分でどうにか、しなければ――

「……っ、やめ……」

その時、私の正面から腕が伸びてきた。

「オッサン。オレの彼女に何してくれるんっすか?」
「!? な、何を言っているんだね」
「いやいや、分かりますって。あんた、さっきから彼女に触ってましたよね? すんませ〜ん、どなたか駅員さん呼んでほしいんすけど。次の駅でコイツ引きずり降ろしてくれませんかねぇ〜?」

車内がざわめき、周囲にいたサラリーマンが、私に触れていた男の人の腕を取り押さえた。混雑していた電車内は、駅員さんが来るとさぁっと道を作り、すんなりと彼を通してくれた。

どうやら正面に立っていた人が、彼女と偽って私のことを助けてくれたみたいだ。

「ありがとう、ございます……」

一応、まだ彼女のフリをしていた方がお互いに不都合じゃないと判断し、小声でささやく。若干涙でにじんだ視界をぬぐい、恩人の顔を確認した。

「あ〜……いや。さすがに目の前で、泣きそうな顔されたら、寝覚め悪いっていうか。当然のことですし」

紺色の髪に、狼のような金色の瞳の、精悍な顔立ちの少年だった。すこし鋭い目つきだけれど、今は照れくさそうに目じりを下げているため、比較的取っつきやすい印象を受け取った。ベージュ色のブレザーに、赤いチェックのスラックスの制服。これは……

「玲明学園の人、ですかね……?」
「そっちは、夢ノ咲っすよね。ワザワザ遠出したっていうのに、こんなバカに絡まれて……」

小声で会話しあっている最中に、玲明学園の子は、痴漢していた男を睨み上げた。男は小さく悲鳴をあげたが、それも仕方ないだろう。彼はかなり、その……貫禄がある。

本当にありがとうございます、と言おうとしたとき、駅員さんが私たち二人に声をかけてきた。

「大変申し訳ありません、お客様。今から報告を行いますので、次の駅で降りて頂いてもよろしいでしょうか」
「あ、はい!」
「ありがとうございます。でしたら、お連れの方とお降りください」
「あ」

いや、お連れの方ではないんです……と思ったけれど、

「わかりました」

と彼はなんと了承した。しまった、迷惑をかけてしまったのではないだろうか……。と思っていると、

「あ、平気っすよ。オレも次の駅で降りる予定だったんで」
「ほんとですか? ごめんなさい……」
「いや、謝る必要ねえんで……それよかオレこそ、勝手に彼女とか言ってすんません」

律義に頭を下げてくる玲明学園の子。慌てて手を振って、顔を上げてもらった。

「い、いいの! 助けてくれてほんとうに嬉しかったから!」
「そっすか。お役に立てて良かったですよ、」

そこまで言うと、彼はハタとセリフをとめ、首を傾げた。

「……えっと、何さんでしたっけ」
「あ、まだ名乗ってませんでしたね。私、夢ノ咲の二年生で、日渡千夜って言います」
「日渡さん、っすか。オレは漣ジュンって言います。一年生なんで、先輩っすね」
「そうなんですか! あはは……後輩くんに情けないとこ見せちゃいましたね」

私がそう言うと、彼は少し眉をしかめ、たしなめるような声色で、

「そんなことはねえっすよ。あれは、男の方が悪かったんすから。日渡さんはそんなこと言わなくていいっつ〜か」

と言ってくれた。なるほど、顔は少し怖い感じがする子だけれど……とても真っすぐな子らしい。好感が持てる性格だった。

「漣くんは、良い子なんだね……」

思わずぽろっと、本音が出てしまった。あ、と思って彼の方を見ると、彼もびっくりした顔をして、こちらを見つめていた。ヤバい、いきなりタメ口で喋ってしまった!

「ご、ごめんなさい! いきなりタメ口でっ……」
「あ、いや……良いんすよ。日渡さんのほうが先輩ですし、全然普通のことと思いますけど」
「そ、そうかな……? でも恩人だし、やっぱり……」
「良いんすよ、そのままで。つーかそっちのほうが良いっす、気さくな感じするんで。……それに、彼氏彼女が敬語で喋ってたら、駅員さんも不思議がるでしょ」

彼も少し、本音を見せてくれたのだろうか。ふっと力を抜くように微笑んだ姿は、なんだか安心させてくれるような、不思議な感じがした。

電車がゆっくりとスピードを落としていく。次の駅名がアナウンスされた。



「意外とそんなに時間かからなかったっすね。三十分くらいか?」
「そうだね。あ、でもごめんね!? 漣くんの時間、三十分も消費しちゃって! レッスンとかあるんでしょ!?」
「あはは。良いんすよ、オレはどうせ一般の生徒っすから、まともなレッスンの機会は得られないし」
「でも、日曜日でも学校行ってるんだね。ほんとに真面目で頑張り屋さんなんだ……すごいよ」

待合室でそこそこ待たされる時間があったので、お互いに自己紹介をして雑談もしたところ、すっかり彼と打ち解けあうことができた。駅員さんが来る頃には、全然違和感なく恋人っぽく見せられた気がするとは、漣くんの弁である。玲明学園は何の仕事でも基本的に受けさせるので、演技力も培っておいて損はないそう。
夢ノ咲はあんまりそういう話を聞かないなぁ、と思った。せいぜいモデルと兼業の、泉と鳴ちゃんくらいだろうか。

「日渡さんも結構、打たれ強いっすよね。ほんとにもう、平気なんすか? 無理して空元気してる方が、精神衛生上よくないって聞きますけど……?」
「うん、大丈夫。漣くんと話してたら、大分落ち着いたから」

それによくよく考えてみると、私はほとんど全裸の姿を一部の友人に見られているのだった。しかも片方は、採寸で超至近距離まで来たし。そう思うと、急速にSAN値が回復した気がする。

私が本当に平気であることを察したのか、漣くんは安心したように笑った。

「なら、良かったっすよ。心配だったんで、アリーナまで送っていっても良いんすけど」
「いやいや、ほんと迷惑かけまくったし! これ以上付き合ってもらったら悪いよっ」
「……そっすか?」
「……ぶっちゃけ道に迷いそうっていう心配はある」

さっき思いっきり、駅から出る時に逆方向に進もうとしていたのを、漣くんは覚えていたようだ。うん、確かにたどり着けないかもしれない……。

いや、でもこれ以上レッスン時間を奪うのは、アイドル科の友人を持つ者としてやってはいけない気がする。

そう説明すると、漣くんは苦笑して、スマホを差し出した。

「日渡さん、TwitterかLINEやってますかね」
「両方やってるよ」
「じゃあ、両方交換しときますか。道に迷ったら、連絡入れてください」
「え、いいの? ありがとうっ、漣くん!」

まさに天の助けだ!
喜んで連絡先を交換してもらい、駅からアリーナまでの道順を軽くメッセージで書いて送ってもらった。地図まで添付してくれたので、彼は本当によく気の利く子だ。

「じゃ、オレは行くんで」
「あ、うん。ありがと、また会えたらいいね」
「そっすね。そんときは、よろしくお願いします」

彼はそう言うと、礼儀正しく一礼して去っていった。
本当に、何から何まで助けてもらって、ありがたい。感謝しながら、彼に送ってもらった道順を眺めていると、

「千夜!!」
「おわっ!? レオ!?」

突然、遠くから自分の名前を叫ばれ、反射的に振り返る。ものすごい剣幕で、レオが走ってきた。息を切らしているので、相当走ったのが分かる。

「おまえっ、どうしたんだ!?」
「え、何が」
「助けて、って!」
「あ……ううん、なんでも」
「でもさっき、玲明学園の奴に絡まれてなかったか!?」

『人相悪いせいで、普段は悪事働く側と勘違いされて参っちまいます……』と言っていた漣くんの苦労が、なんとなくわかった。彼の名誉を守るため、私は何でもないように笑った。

「なんでもないよ。さっきちょっと、困ったコトがあったんだけどね。彼が助けてくれたの。だから、むしろ恩人だよ」
「そうなのか? ふうん……」
「なに、その不満げな顔は」
「……べつに」
「……ふふ」

おれが助けられなかったのが悔しいって、顔に書いてあるよ。なんて言ったら拗ねられそうなので、言うのをやめておこう。今度から置いてかないでね、と言うと、レオは少し反省したように頷いた。

「今度はちゃんと、一緒に行ってね?」
「そうだな。おれはお前のナイトだからな!」
「あはは、突然こっぱずかしいこというなぁ」

満足げなレオに、少し恥ずかしいけど微笑んだ。

――ちなみにこの後、めちゃくちゃ漣くんに電話で道順を聞いて、ほったらかしにしていたレオが拗ねたことをお伝えしておこう。


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