「……です。だから、これを」

「わかった。では貰うとしよう」

 聞きなれた声が踊り場に響いた。階段を下りようとした綾乃の足は止まる。踊り場から見えないように覗き込むと、女学生が湯川にチョコレートを差し出していた。
 湯川はためらう事なくそれを手に取った。綾乃は息をのんだ。
 二人は互いに目を合わせて笑いあっている。

「それじゃあ失礼します!」

 女学生が階段を上がってくるのを見て綾乃はすぐ近くにあった掃除用具の影に隠れた。パタパタと足音が遠ざかっていく。
 綾乃はユルユルとその場に座りこんだ。嘘をつかれた事はどうでも良い。湯川が目の前でチョコレートを手に取った事がひどく衝撃的だった。
 別にたくさんの中の一人でもいいじゃないか。
 ――隣を歩いてくれるなら。
 特別じゃなくても良いじゃないか。
 ――今までのように笑いかけてくれるなら。

「一人占めにしたいだなんて、なんて欲張りなんだよ」

 綾乃は膝に顔を埋めると、ひとりごちた。


***


「帰ってこないね。綾乃ちゃん」

 ゼミの学生は荷物を置いたまま戻らない綾乃を待っていた――というよりも、湯川が綾乃を待っているせいで帰れないのが正しい。
 内海を追いかけて出て行ってから、かなり時間が経っていた。
 その間、栗原の鞄から見えていた可愛らしい包装された箱の差出人を聞いて、湯川の機嫌が急降下していく事件が起こっていた。もちろん犯人は、すでに逃走済みだった。
 沈黙が重くのしかかる。どうしたものかと学生達が顔を見合わせていると、湯川はこれ見よがしに読んでいた本を閉じた。

「君達は帰ってよろしい」

 森が何か言おうとしたのを、小渕沢は口を抑えて止める。「失礼します!」と言って全員でそそくさと研究室から逃げ出した。

「湯川先生まじこわっ!!」

「あんなに機嫌悪い先生、初めて見たよ」

 小渕沢はため息をつきながら眼鏡の位置を直す。
 森が笑いながら言った。

「つか、先生ってもしかして綾乃ちゃんが好きだとか!?」

「まさか。きっと機嫌が悪かったのは栗原さんはもらったのに、自分は誰からもチョコレートが貰えなかったからですよ」

 「そ、そうだよきっと!」冷静にそう言う小渕沢とは対象的に村瀬は頭ごなしな物言いだ。

「まあ、そうだよね。だって二人は先生と生徒だもん」

 最初に言い出した森はケラケラと笑う。
 後からついてきている渡辺と谷口はニヤニヤ笑いながら小声で話していた。

「先生と生徒……」

「禁断の愛ね!」

 「違うだろ絶対!」二人の会話に、村瀬は慌てて言い返した。
 五人が校舎から出ようとした時だった。昨日からくずっていた天気がついに泣き出した。
 大粒の雨が乾いていた空気を一気に湿らした。

「――雨すげー」

「こりゃ、やまなさそうだな……」

 傘を持ち合わせていなかった五人はこれを見て途方に暮れたのだった。 ]



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