「何、作ろっかなあ」

 綾乃は手持ちの料理本をテーブルに広げると、パラパラとめくりだした。
 基本のチョコレートから生チョコ、フォンダンショコラまで様々なチョコレート菓子のレシピが載っていた。

「コーヒーに合う奴が良いな。あ、でも仕事しながら食べれる奴のが良いかな……」

 綾乃はページに付箋をすると、立ち上がった。どうやら決まったようだ。
 後は何人分を作るかだった。毎年あげているのは二人。草薙と、刑事だった父親の親友だけだった。しかし今年は違う。
 女性だが内海にもあげたいし、湯川のゼミの学生も仲が良くなったお返しに渡したい。しょうがなく栗林にも渡してやろう。後は――

「先生なら、何が一番喜ぶか」

 湯川の好きな物といえば、難題と理論的な物とコーヒー。それに、納豆のような粘り気のある食べ物。
甘い物が好きなのか嫌いなのかは聞いた事はない。しかし内海の差し入れのショートケーキを食べていたから多分嫌いではないだろう。
 どうすれば、喜んでくれるだろう。そればかりを考えてしまう。
 笑った顔がみたい。
 嬉しそうな顔が見たい。
 照れるところが見たい。
 何を考えてるんだ自分は!綾乃は顔をぶんぶん振った。頬に手を当てるといつの間にか熱くなっていた。
 いつもお世話になっている人にあげるのに、湯川の事ばかり考えている自分に混乱した。
 不意に、テーブルに置いていた携帯電話が振動し始めた。
 まさかこんなタイミングで湯川からの電話かと、恐る恐る着信の名前を見てみると内海と表示されていた。

「はい、」

「綾乃ちゃん……助けてえ…………」

 ホッとして電話に出たがのだが、内海の様子がおかしい。
 電話の向こうから涙声で話しかけてきたのだ。

「どうしたんですか内海さんっ!?」

「綾乃ちゃんにしか、頼めないのよぉ……」

 その声はいつもと違って覇気がなく、今にも消えてなくなってしまいそうな声。

「わ、わかりました!今から行きますから、待っててくださいね!!」

「本当!?大学の前で待ってるから!!」

 綾乃が行くと言った途端、内海は今度は切羽詰まったような言い方で、綾乃の返事を待たずに切ってしまった。
 嫌な予感がする。何か悪い事でも起こったのかと思い、綾乃は急いで支度して家を出たのだった。

「一体どうしたんですか?そんなに目を腫らして……」

「――見てくれればわかるわ」

 電車でかなり距離があるのでタクシーを捕まえて向かうと大学の前に、内海はいた。いた、というよりも置かれていた、のが近い気がした。全身の力が抜けていていつもの元気な姿が幻だったかのよう。目が赤く充血していて、まぶたも少し晴れている。
 綾乃の顔を見るやいなや仏と崇められる始末。一体何があったのか聞こうとしたら、間髪入れず車に連行されたのだった。
 そして連れて来られたのは内海の家。湯川の家より高さも劣るが、それでも刑事だからだろう、綾乃の家よりもはるかに綺麗なマンションの一室に内海は住んでいた。エレベーターも外が見えないから安心だった。
 部屋にあがると何やら焦げ臭い。恐る恐る入ってみれば、キッチンは粉や生クリームで荒れ放題、リビングは本やリボンなどが散乱していた。

「あ、空き巣の仕業ですか?」

「あたしの仕業です……」

 違う意味で、嫌な予感が的中してしまった。内海はぐったりとうなだれてへたり込む。
 話を聞くと、どうやらバレンタインのケーキを作っていたのだが、勝手がわからず大惨事になってしまったらしい。

「――メレンゲ!?角が立つ!?グラサージュ!?わけがわからない!!」

「薫さん、落ち着いて、」

「もう駄目よ!明日のバレンタインには間に合わないー!!」

 内海は頭を抱えて叫ぶ。ここまで手酷くなっているのには驚いたが、どうにもならないというわけではないだろう。綾乃は意気込むと、座り込んでいる内海の肩を叩いた。

「大丈夫ですよ薫さん、まだチョコレートもありますし、今から作れば間に合いますよ!私も手伝いますから」

「うぅ……綾乃ちゃぁあん」

「と、いうか。その為に呼んだんですよね?」

 「え、えへへ」内海は照れ笑いをして頭をかいた。この惨状を見て大体想像はしていたが合っていたようだ。綾乃は腕まくりをして周りを見回した。

「とりあえずは、この部屋をなんとかないとですね」





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