第七幕
矜持‐pride




 牢屋から抜け出した三人は、三蔵を探して迷路のような廊下を走っていた。

「三蔵!どこだよ、三蔵ー!!」
「もう、食べられちゃってたりして」
「――それはねーべ。だってあの三蔵様だぜ?」

 冗談を言い合う二人に、悟空は真剣な眼差しで言った。

「三蔵が喰われるわけねーよ八戒!だって、三蔵ガリガリで食うとこねーじゃん!」

 悟空の発言に二人は笑顔のまま顔が引きつった。

「……お前、そんな目で見てたの?」
「冗談で言ったつもりだったんですが……」
「いやちげーし!?食うわけないだろ!?でも、ガリガリなのは確かだろ!!」
「もう少し肉つけた方が良いとは思いますけどね。延朱共々」
「そりゃ賛成だ。延朱ちゃんなんて折れそうな脚だもんな」
「延朱もまずそうだよなあ」

 指をくわえて言う悟空に、さらに二人は絶句。

「……もう何も言いません」
「あ、あぁ……」
「なぁ、三蔵こっちだ!匂いがする!!」

 奥の角を指差す悟空に、既に野生の勘以上のものが備わっているようだと思いながら、二人は着いていく。

「ぎぁああぁあぁ!!」

 角を曲がったところで絶叫が聞こえてきた。

「なんだァ!?」
「三蔵の声じゃあありませんね」
「でも、あそこの部屋だ!!」

 声が聞こえた部屋の扉を、三人は勢いよく開け放つ。
 三人がドアを開けて見たものは、血まみれの妖怪に尚も銃弾を打ち込もうとする三蔵の姿だった。

「――何やってんだよ。三蔵!?」

 悟空の声に眉をピクリと動かして、三蔵はゆっくりと顔をあげた。三蔵の腕を掴んで悟浄はその仕打ちを止めさせる。

「こんな拷問めいたこと、お前らしくもねぇ……!」
「俺らしくない……?俺らしいってのは、どんなだ?」

 暗い闇に引きずり込まれそうな三蔵の瞳に、八戒と悟浄は押し黙る。
 悟空は無言で三蔵の横まで歩いて行くと、三蔵の足を蹴りあげた。

「痛ッ、ってぇな! 何すんだてめぇ……!?」
「――殴れよ。このバカ猿って言って、ハリセンで殴れば? それが、俺の知ってる三蔵だ」

 悟空の鋭い視線に、三蔵は我に返る。
 ――こんな小さな鉛玉一つで、手に収まる程の小さな武器で、人差し指を動かすだけで容易く生命を奪うことができるなんて、滑稽だと思った。
 それと同時に馬鹿らしくなった。
 こんなに簡単に命がなくなるのなら、皆生きている価値なんてないのではないか。それならば他人の命を奪ってまで生きている、自分が一番いらないのではないかと。
 そう思っていた矢先に、悟空の瞳に見つめられる。その瞳は、まるで追い求めていた光のようだった。
 三人は、黒く刺々しい殺気を纏っていた三蔵の雰囲気が、いつもと同じに変わったのを感じて安堵した。
\ 
「――おい。ひとつ聞きたいことがある。俺がつけていた経文と、それから貴様が喰った三蔵が所持していた経文。――どこにやった?」
「経文、だと?前の三蔵の経文は、この城のどこかに捨て置いてある筈だ。お前のなら、その後ろの棚に――」

 妖怪の指差す方を見ると小さな棚があった。三蔵が棚に近付こうと妖怪に背を向けた時だった。

「――危ねえ、三蔵!!」

 悟浄が叫ぶよりも早く、三蔵の背には鋭く伸びた妖怪の爪が突き刺さっていた。三蔵は血を吐いてその場に倒れ込む。

「三蔵……!?」

 悟空は倒れた三蔵を抱き起こす。

「三蔵!!」
「傷塞げ、八戒!!」
「わかってます!!……これは、」

 八戒が気功を使おうと三蔵に駆け寄った。しかし、何かがおかしいことに気付く。刺されただけならこんなに筋肉は硬直しないはずだし、三蔵の傷口は赤黒く変色し始めていたのだ。普通の傷口ではない事に八戒は狼狽える。
 その様子を見た妖怪はしてやったりという顔をして、息も絶え絶えだというのに卑しく笑って見せた。

「……俺の爪は、サソリの毒針になってるんだよ。もちろん、致死量のな」
「―――てめェ…!!」





TOP
栞を挟む

69/118
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -